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NO WAY オムニバス

「百物語は怖いからさぁ、奇譚とか奇談にしようよぅ」
「奇譚ってなに?」
「それ面白いわね。でも百も語っていると、朝までかからないかしら?」
「奇譚ってなぁに」
「確かに。一人一話ずつ話せば良さげだよね」
「えー、私読み専だからお話作れないよ」
「ねぇ奇譚ってなぁに!」

 確か、そんなやりとりが始まりだったと思います。はい、修学旅行の二日目でしたね。消灯までの時間を持て余した私たちは、一人一話ずつ即興の物語を語ることにしたのです。そうなんです。あの部屋に泊まった六人はジャンルは違えど本を読ことが好きだったんです。何人かは実際に小説を書いている人もいましたよ。
 あぁ、奇譚の意味は彼女に教えました。

「ほうほう、でもやっぱりよく分からない!だから、みんなの聞いた後がいい!」とか言っていましたね。彼女を除いた五人でじゃんけんして、話す順番を決めました。
 言い出しっぺの子が、部屋の電気を消して、その日買ったテーブルランプに灯をつけました。「雰囲気が出そう」という単純な理由です。部屋が幻想的で柔らかい光に包まれると、私たちはランプの灯にはしゃぎました。ひとしきりランプの光を楽しむと、最初の子が話し始めました。
 お屠蘇に宿る九十九神の話、異空間に浮かぶ話、誰かの元から居なくなる話、人混みと暴動の話。皆話が上手なので、なかなか楽しめました。素人が即興で作るお話だったので、奇譚というジャンルに入るか謎でしたが。彼女はそれぞれのお話にオーバーすぎるぐらいのリアクションを見せていました。普段からそんな感じでしたが、その夜はいつも以上にはしゃいでいたと思います。
 私の話ですか?私は叔父が見た不思議な夢の話をしました。私自身にはお話作りの才能はありませんから。本当は夢の後に起きた出来事を含めての奇談と言うべきかもしれませんが、それを話すとフィクションではなくなりそうで。夢だけの話に留めました。ただ、その話を終えたとき、彼女に心配されたことは印象に残っています。今こうして考えると、彼女らしい言動ではなかったように思います。だから覚えてるんですかね。
皆の話が終わると、最後に彼女が語り始めました。


 六人の娘はお話会をするのが趣味でした。毎回毎回テーマを決めて1人一つずつ、自分の創ったお話をするのです。
 ある時「不思議な話」をテーマにしようということになりました。不思議な話とはいえ実体験がベースになっているこの話達。
 最初の娘は蔵のモノたちが夜な夜な動いているのを目にしました。偶然お皿が跳ねるのを見たことから物語を紡ぎます。実際は日も登る前から掃除をしていたお爺様が、危うくお皿を取落すところを見違えただけのようですが。
 次の娘は溺れた際の記憶を頼り……あーごめんなさい!自身が見た夢ということにしておきましょう!それがいい。次行こう、次。
 三番目の娘はある人から受け取った旅立ちの手紙が元に。その方にはもう少しで会えるのですが、彼女はもう二度と会えないと思っています。
 四番目の娘は兄の起こした騒動が元です。当時未成年という事で表に出なかったのでしょう。実際はその端末を見せた彼が企てたことでした。
 五番目の娘は叔父が見た夢を。夢が覚めたところでお話を結びましたが、その先こそがキモです。本当の結末を語らないことでファンタジー感演出したのですね。
 さて、みんなの話が出揃ったところで、最後の娘は困りました。自分の周りには、不思議な体験など全くないと。何しろみんなは実体験を元にしているのです。ここはやっぱり自身の不思議体験をお話するべきでしょう。
 そこで彼女は考えました。
「この状況を不思議な話にしてしまおう」
……うーん、結びが浮かばないなぁ。


 そこまで一気に語ると、彼女は腕を組みウンウン唸りました。しばらくするとハッとして元気よく言ったのです。
「これから起こる結末に!乞うご期待!」
 やりきった、と言わんばかりの顔をしていた彼女でしたが、私たちは困惑していました。
「なんでそれ知ってるの?」
 私たちは、口を揃えてそう聞きました。いえ、聞かずにはいられなかったのです。お互い……少なくとも私は、誰にも話した事すらない元になった出来事。それを彼女はピタリと言い当てました。それが不思議でならなかったのです。
 彼女はどうだ、と言わんばかりにこちらを見て笑うだけです。どうやら理由を聞いても無駄そうでした。
「待って本当の結末って何?」
「あなた、溺れたって本当?」
「えっあの投稿あんたの身内だったの?」
 彼女が私たちの裏話を言い当てたことも気になりましたが、お互いの語られなかった部分も気になります。私たちはああだのこうだの話を始めました。自然と部屋は、騒がしくなります。
「偶にはこうして人の子と語らうのも、楽しいもんだねぇ」
 ふと、彼女の呟きが聞こえました。多分、私にしか聞こえていなかったのではないでしょうか。私と目が合った彼女は、ニヤリと笑いました。その瞳孔が不自然に歪んだ気がしたのを覚えています。
 私が彼女のそんな顔を確認した直後、部屋全体が明るくなりました。誰かが照明のスイッチをつけたのです。私は先生が来たのかと思って、そちらを振り返りました。
「みんなうるさいよ」
 眠そうに瞼をこする彼女は掛け布団と枕を手に、そう言ってこちらを見ていました。先ほどまで彼女がいた場所を見やると誰もいません。
「せっかくぐっすり寝てたのに。っていうか奇譚ってなぁに?」
「さっき説明したじゃん」
「さっき?私寝てたよ?そこで」
首を傾げる彼女の顔が、みんな一体何を言ってるのだと、そう訴えていました。どうやら私たちが百物語ならぬ六物語に興じていた間の記憶が一切無いらしかったのです。
「奇譚ってなぁに?」
と繰り返していました。では、私たちと六物語に興じていた彼女は一体誰だったのでしょうか。私たちは暗黙の内に、彼女のことについて語るのをやめました。

 これが私たちがあの夜、あの部屋で体験したことです。

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