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【日記】円覚寺の坐禅会

20年ぶりの円覚寺での坐禅会。
いつもの日常の延長のような感じもありつつ、日々の様々な営みから離れて静かに過ごす良い時間でした。

20年前は、規律や厳しさの中で「速やかに行動しなきゃ怒られちゃう」「きちんと坐禅しなきゃ!」という思いが強く、常に張り詰めた意識の中で、細い糸のような繊細な感性を感じていたような気がしますが、今回はとても自然体でいながらも、静けさの中にある凛とした芯の燈を感じた時間でした。

●一つ一つの振る舞いに心を込めて丁寧にすること
●腰をシャンと立てること

とても大切なことだけど、「緊張状態」で行うか「ゆったりした心の状態」で行うかによって、心身への作用が全く違ってくると思います。
そして、「ゆったりした心の状態」を作るためには、まずは型にはまってみたり、自分を律する中で無駄な動きをなくして、シンプルにしていくことも大切。身体性が無意識的に身についてくると、心に余白が生まれ、力の抜き方が分かるようになり、心と身体がぴったりと合うようになってくる。

今回の坐禅会では、「心身への気づき」を大切にしたご指導も多く、規律重視という僧堂生活のイメージを良い意味で覆されました。
そして、その指導方法の変化として、マインドフルネスから学んだ要素も大きいというお言葉をいただき、日本でマインドフルネスを広めていくことが、「規律」という枠を良い意味で取り払い、調和の取れた自然なバランスへと導かれていく流れの一つになったら良いなぁ思ったり。

そして、何と言っても南嶺老師のお話はいつも学びが多い!!質問にお応えいただく懇談会の時間もあり、実り多い貴重な機会でした。

私が最近思っていたこと。
相手のことを想って、相手の幸せを願って行動したとしても、その想いは私の価値観から生じるものであるから、優しさの押し売りになってしまうこともあるのではないか。
相手が苦しみから解放されたら、、、そのために「私に」何ができるだろうと考えることの中には、理解して欲しいという気持ちや認めて欲しいという気持ちがなかったとしても、「私の価値観の押し付け」という「利己的」な要素が含まれてくるのではないか。だからと言って、離れた場所から祈るだけではなくて、何か役に立てたら嬉しい・・・
そんなことを考えていましたが、「愛を持って、相手を知ろうと(理解しようと)すること」を大切にしていたら良いというお言葉をいただき、なんだかすっと心が軽くなりました。

もう一つ、そう!まさに!と心に響いたことは、
「一人になることで、一人じゃないことを知る」というお話。
人といつも一緒にいるだけではなくて、積極的に孤独になることは、とても大切だと実感していますが、一人になって「今」と向き合う時間を持つことで、「今」の私が一人ではないこと、色んな人の愛や営みがあるからこそ存在できることを噛み締められるのだと思います。

円覚寺は小さい頃から好きなお寺だったけど、マインドフルな心地よい空気感を感じて、更に好きになりました。こんな環境が近くにあることが有難い!!
20年前の学生坐禅会で、「禅」に出会ったから今がある。今の私と、全てのご縁にあらためて感謝でいっぱいです。


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ありがとうございます❤️❤️
自然に囲まれた環境の中でマインドフルに過ごす滞在型コワーキング『ThinkSpace鎌倉 http://thinkspace.jp 』を運営。 Well-Being UP共同代表、WORKATION NETWORK理事、鎌倉マインドフルカレッジ共同代表、一級建築士、宅地建物取引士
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