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ショートストーリー「レンズの使い方」

※この物語は、史実をもとにしたフィクションです。


17世紀、オランダ。
私は、ここで眼鏡職人として生活している。
眼鏡は良い。レンズ越しの世界は鮮明で、ありふれた日常も輝いているように見える。

ある雨の日のこと。
私の店に、ひとりの男が訪れた。年齢は30代くらいだろうか。深く被った帽子が影になり、顔はよく見えない。

「あの、レンズが欲しいのですが……」

どうやら眼鏡を買いに来た客のようだ。

「かしこまりました。ご希望の形などはございますか?」

多様な眼鏡のフレームが並ぶ店内中央のディスプレイに案内しようとすると、客は慌てたように手を振りながら説明を加えた。

「えっと……、眼鏡ではなく眼鏡のレンズの部分が欲しいのです。接眼レンズです。できれば、凸レンズと凹レンズを、数種類ずつ……」

眼鏡屋に来て、眼鏡を買わずにレンズだけを注文するとはどういうことだろう。予想外の言葉にあっけに取られている間に、客は「また来ます」と言い残し雨の中を去っていった。

かくして私は、意味もわからず大量のレンズを用意することになった。
何の目的に使うレンズなのか。大きさは?度数は?客は「接眼レンズが欲しい」と言った。となれば、目で覗いて使うのだろうか。

(大きさはある程度目で覗けるくらいに揃えて、度数をいくつか変えて用意しておこう……。気に入ってもらえなければまた作り直せばいい)

製作中のレンズに作業台のランプの光が当たる度、レンズはキラキラと光を反射させた。難しい注文を受けた不安よりも、彼がこのレンズたちをどう使うのかという好奇心の方が強かった。

数日後、その日は晴れていた。
例の客がレンズを受け取りに来た日だ。

「お待ちしておりました。レンズはこちらです」

さて、私が作ったレンズは気に入ってもらえるだろうか。少し緊張しながら様子を伺うと、客は凸レンズと凹レンズを一枚ずつ手に取り目線の高さに掲げていた。帽子の影から覗く口元は、微かに笑っているようだった。

「あ……、ありがとうございます。これとこれを、ください」

客は、最初に手に取った凸レンズと凹レンズを購入していった。

「お買い上げありがとうございます。またのお越しをお待ちしております」

ところで、レンズを購入する前のあの不思議な動作は何だったのだろうか。私は客の姿が見えなくなったことを確認してから、残ったレンズを使って真似してみることにした。

まず、レンズの中から凸レンズと凹レンズを一枚ずつ選ぶ。次に、二枚のレンズを目線の高さに掲げ、凹レンズを手前、凸レンズを奥にして二枚のレンズが目線の先で重なるように配置する。そして、二枚のレンズの間隔を加減しながら凹レンズを覗くと、遠くにあるものが近くに見えるということに気付いた。

今までたくさんのレンズと共に暮らしてきて、二枚のレンズを重ねるという発想はなかった。この原理を使えば、屋根の上に留まる鳥の模様も見えるだろうし、海に浮かぶ船の様子もわかるだろう。

もしくは、夜空の星を見上げてみるのもいいかもしれない。


あとがき

最後までお読みくださりありがとうございます。

この物語の台詞などは、天文宇宙検定3級の試験対策として望遠鏡の勉強をしていたときに思い浮かんだものです。

ある日、オランダの眼鏡職人リッペルヘイの店に、謎の客が訪れ、何種類かの眼鏡レンズを注文していった。
(中略)
そして、彼は2枚のレンズを1本の筒にはめこんだ望遠鏡を製作し、1608年10月に国会に特許を申請した。

天文宇宙検定 公式テキスト 2021 〜2022年版 3級 星空博士

二人はどんな言葉を交わしたのだろうか。望遠鏡を製作するまでにどんなストーリーがあったのだろうか。そんなことを考えていたら頭の中で抱えきれないほど想像が広がってしまったので、この度文字に起こしてみようと慣れないショートストーリーを投稿することにしました。

拙い文章ではございますが、望遠鏡を最初に開発したのは天文学者じゃないんだな〜ということだけでも伝われば嬉しいです。

参考

・天文宇宙検定委員会『天文宇宙検定 公式テキスト 2021 〜2022年版 3級 星空博士』恒星社厚生閣、2021年

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