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遺留分というおかしな制度

遺言を残しても自分の意思が全て反映されない

自分の死後に自分の財産をどのように相続してもらうか、贈与してもらうか等を遺言に残していても、100%意思とおりにならないことがあります。
それが「遺留分」(いりゅうぶん)という制度です。

遺言を残して自分の財産の分配等について自分の意思を残していても、法定相続人の相続分の何割かは「遺留分」として保護されることになり、その遺留分を侵害されたとして遺留分侵害額請求を主張されるおそれがあります。

相続人

人が亡くなると、相続が始まります。
その亡くなった人の財産(プラスもあれば債務のマイナス財産もあります)を相続人が承継することになります。亡くなって相続される人を「被相続人」といいます。
相続人は法定されており、配偶者(夫・妻)がいれば配偶者は必ず相続人となります。
配偶者の他、次の人が存在する順番に相続人となります。

  1. 子(既に亡くなっている子の場合など、直系卑属が相続人となります。子の子つまり孫がいればその孫。孫がいなくてひ孫がいればそのひ孫。めったに無い場合として、ひ孫も先にいなくて玄孫がいればその玄孫。)

  2. 直系尊属(親の代の人がいなければ、祖父母の代の人。祖父母の代の人がいなければ曾祖父母の代の人、というようにさかのぼります。)

  3. 兄弟姉妹(兄弟姉妹で先に亡くなっていて甥か姪がいればその甥か姪)

遺留分を主張できるのは、相続人となる配偶者、子(直系卑属)、親(直系尊属)です。兄弟姉妹には遺留分はありません。


相続財産(遺産)をどの割合で相続するのかという相続分は、次のとおり決められています。子などが複数いる場合は頭数で割ります。
・配偶者と子が相続人の場合は、配偶者2分の1、子2分の1です。たとえば子2人と配偶者が相続人の場合は、2人の子それぞれが4分の1づつで配偶者が2分の1ということになります。
・配偶者と直系尊属が相続人の場合は、配偶者3分の2、直系尊属3分の1となります。
・配偶者と兄弟姉妹は相続人の場合は、配偶者4分の3、兄弟姉妹4分の1となります。

遺言が無ければ、上記の相続人が相続分にしたがって相続することになります。(相続人間での遺産分割協議で相続分と異なる分け方をすることはあり得ます。)

遺留分

自分の財産を自分の死後にどのように処分するのかは、本来は当人の自由に決められるはずです。この自分の財産の処分を自由に決められるはずというのは、私有財産権が保障されていることや、個人の尊重の観点から認められるべきものです。

しかし、上記の相続人・相続分で自分の財産が相続されないように、遺言を残しても、その遺言が100%反映されないのが遺留分の制度です。
遺留分は、相続人が兄弟姉妹の場合にはありませんから、自分の相続人となるのが兄弟姉妹(または甥・姪)だけの場合は、しっかりと遺言を残しておけば兄弟姉妹(または甥・姪)に自分の財産が相続されることはないです。

遺留分の割合は、直系尊属だけが相続人となる場合は3分の1、その他の場合は2分の1とされています。
たとえば、相続人が子2人だけの場合でその子2人に自分の財産を相続させたくないと考えて遺言書を残していても、相続財産の価額の2分の1については子2人は遺留分を主張できることになります。遺言書で自分の全財産1000万円をどこかの団体に寄付するとしていても、相続人となる子2人は、それぞれ1000万円の2分の1(遺留分)のさらに2分の1(相続人の頭割り)の250万円を自分の遺留分であると主張できることになります。

遺言によって自分の遺留分を侵害された者は、遺留分侵害額請求という金銭の支払い請求を遺言によって多めに相続を受けた他の相続人や遺言で贈与(遺贈)を受けた者等に対して請求することができることになります。

遺留分制度の根拠

遺留分は、自分の財産をどのように処分するかの意思を残した遺言の内容に一定程度の制限をする制度です。そして、遺留分は、主張されると金額で争うことができたとしても遺留分そのものは否定しがたい強力な制度です

どういう理由で遺留分の制度が設けられているのかについては、教科書的な説明だと、①相続人に遺産の潜在的な持ち分があること、②相続人の生活保障のため、の2つの理由で説明されているようです。
しかし、どちらの理由付けも、亡くなった人の遺した意思に反して一律に2分の1あるいは3分の1の遺留分を認めるだけの理由としては説得力が無いと考えます。

夫の名義の財産だが夫婦で協力して財産を作ってきたとして潜在的な持ち分があると考えるのであれば、遺留分としては配偶者にだけ認めれば足ります。そもそも夫婦で協力して財産を作ってきたというのは実態として正しいのか疑問がありますし、遺産となる財産は夫婦で協力して積み上げてきたものとは限りません(結婚前からの財産や結婚してから相続で承継した財産などもあり得ます。)。
さらに、夫婦としては破綻しており数十年の別居・別生計だったとしても、戸籍上は夫婦であれば遺留分は認められてしまいます。
また、子や孫が、あるいは親や祖父母が亡くなった人の財産に潜在的な持ち分があると考えられるような状況は相当特殊な場合に限られるでしょう。遺言によって子あるいは親に遺産が相続されないようにしたいというのは、遺言した人にとって子あるいは親と関係が断絶しているとか絶縁したいほど悪い関係(虐待など)である場合も考えられます。そのような場合でも遺留分を正当化するような潜在的な持ち分というものは遺産にあるとは考えられません。
したがって、強力な制度である遺留分を正当化する理由としては、潜在的持ち分を主張するのは不十分です。
遺留分制度を設けるのであれば、せいぜい、夫婦共有財産といえる範囲の財産について配偶者にのみ遺留分を認めれば足ります。

相続財産で生計を立てている相続人の生活保障ということも遺留分の理由として挙げられます。
しかし、相続は、多くの場合は高齢になった人が亡くなって生じる場合が多いです(日本人の平均寿命は男女とも80歳を超えています。)から、相続人となるのは子の場合が多いと考えられ、子も成人してから相当の年齢になっているものといえます。成人している以上は、自分の生活は自分で賄うべきでしょうから、相続人の生活保障の必要性のある場合は少ないのではないかと考えられます。

相続人となる配偶者や、亡くなった被相続人より高齢の直系尊属(親)の生活保障の必要もあり得るかもしれません。
しかし、配偶者や親の生活保障のために遺産の一部を遺留分とする必要が必ずあるとは限りません。亡くなった人の配偶者や親が生活するのに困らないだけの自分の財産を持つ場合も少なくないでしょうし、そのような場合にまで遺留分を認める必要は無いでしょう。
破綻して戸籍上の夫婦でしかなかった配偶者や、事実上絶縁した子や親の生活保障のために自分の財産の処分に一定の制限を加えられることにもなる遺留分は不当であると考えます。

遺留分の根拠を考えると、遺言を残した人の意思を制限する遺留分の制度には、正当化できるだけの理由は無いのではないかと思われます。持分の確保や生活保障の必要を一定程度認めたとしても、認められるべき持分や生活保障と比べて現行の遺留分は過大なものと考えます。

私としては、遺留分は、合理的に正当化する理由が弱く、財産権の保障・私有財産制(憲法29条1項)や自己決定権(憲法13条)から違憲の問題があると考えています。
破綻していない夫婦の場合の配偶者や未成年の子の保護に限って、遺留分制度は大きく見直されるべきだと思います。

遺留分対策

自分の生きている間に遺留分制度そのものが憲法違反で無効だなどと裁判所で争うというのは費用や時間もかかりますし、実際に遺留分制度の違憲判決が出されるのは難しいでしょう。国会に対する問題提起として意義があるとしても、国会が民法改正してくれる期待は大きくないと思います。(費用を出しても良いから最高裁まで闘ってみたいという方がいれば良いとは思います。)

遺産を残そうという方としては、自分が亡くなった場合に遺産を残したくない相続人がいるのであれば、できるだけの対策を打っておく必要があります。(もちろん、自分が亡くなった後のことは知らん、というのも一つの考え方です。)

対策として行うべきは、まずはしっかりとした遺言を残すことです。
遺言を残した上で、遺留分対策としてできるのは大きく2つです。一つは、遺産となる財産を減らしておくこと、もう一つは相続人予定の人を増やすことです。
あと、あまり使われない方法として、遺留分の放棄、相続人の廃除があります。

信託が遺留分対策に使えるかについては、遺留分を免れるような信託は裁判で争われたら認められないおそれがあります。


なお、オーナー経営者の方は、株式をどうしておくかとか、会社の使用している財産が個人名義になっていないか、帳簿上の社長貸付金・借入金は残ってないか等、会社の事業の維持存続や事業承継のために対策しておくことは多いです。

遺言作成のポイント

遺言についてのお勧めポイントは、ざっと次のものが挙げられます。

  • 自筆証書でなく、公正証書遺言にすること

  • 弁護士か司法書士に相談してできれば依頼して作成してもらうこと

  • 全部の遺産について遺言に残すこと

  • 遺言能力の検査を受けておくこと

遺言で不利な内容になる相続人が偽造された遺言だなどと遺言そのものに疑義を主張するようなことのないように、公正証書で遺言を作成しておいた方が良いと考えます。

弁護士や司法書士であれば、遺言や相続に関する法律問題について処理できる能力を資格試験によって担保されていますので、弁護士か司法書士に依頼することを勧めます。
もちろん、弁護士でも司法書士でもダメな人はいます。
弁護士や司法書士以外の資格、民間資格の相続ナントカ士では相続に関する法律や実務についての能力の担保が弱いでしょう。
誰に依頼するかは依頼者の責任ですので、きちんとした国家資格を有している専門家に依頼するのを勧めます。

遺産の全部について遺言で言及できていないと、言及されていない財産について相続等を主張する人が現れて紛争の元になりますので、遺産の全部をどうするのかについて遺言で残しておくべきです。

なお、遺留分に反する内容の遺言でも有効な遺言となります。

遺言の内容が不利な相続人としては、遺言作成時には遺言をするだけの判断力が無かったなどと主張して問題になることがあります。遺言を作成する際には病院で遺言能力の検査(認知症の検査)を受けて検査結果も残しておいた方が良いです。

遺産となる財産を減らしておく

遺産そのものが減っていれば、遺留分を主張する人に確保できる遺留分は当然少なくなります。自分の生存中に財産を減らしておくというのが、一つの対策になります。よくある対策としては次のものがあります。

  • 財産を有償で譲渡して、対価で得た手持ちの現預金を費消しておく。

  • 生命保険に加入して保険料を支払う

  • 相続人予定の人あるいは第三者に贈与をする(生前贈与)

財産を有償で譲渡、つまり不動産や株式などの財産を売却して代金をもらうことで財産を費消しやすいお金にする方法があります。
売買代金が財産の価値に比べて不当に低い場合は、実質的には贈与だったのではと遺留分権者等から主張されるおそれがあります。
現預金を自分の楽しみのために使って財産を減らすのは自由です。しかし、多額の現預金を使って何に使ったのか記録に残っていないと、使途不明金として近親者が疑われることになりますので、注意が必要です。

相続人の誰かが受取人となっている生命保険の保険金は、相続財産ではないと考えられています。そこで、保険料を支払うことであらかじめ相続財産を減らしておいて実質的に特定の相続人に保険金を得させようという方法があり得ます。
しかし、生命保険を利用することで相続人間で著しい不公平が生じるということであれば、相続財産に含まれると裁判所で判断される可能性があります。
なお、生命保険金については相続税の計算においては相続財産とみなされます。相続税の計算と遺産分割とでは相続財産の範囲にズレが生じます。また、相続税については非課税額もありますし、税金の見通しについては相続税を専門とした税理士に相談する方が良いでしょう。

生前贈与と遺留分

遺留分の金額は相続開始の時(つまり死亡時)の被相続人(亡くなった人)の財産の価額に贈与の額を足したものから、債務の額を引いたものを基準に計算します。
この加算される贈与の対象期間は、次のとおりとなっています。

  • 相続人以外の者 相続開始前の一年間にした贈与

  • 相続人 相続開始前の十年間にした贈与

相続人に対する贈与は、婚姻もしくは養子縁組のためにしたものか、生計の資本にしたものに限られます。

上記の期限1年間より前の相続人以外の者に対する贈与でも、贈与した人(被相続人)と贈与を受ける人の双方が遺留分権利者に損害を与える贈与だと知っていた場合は、その贈与は遺留分の計算に算入されます。

生前贈与を利用して、相続させたくない相続人予定者に遺産が渡らないようにするには、第三者(たとえば慈善団体など)に自分の余生に必要な分以外の寄附をしておいて寄附が済んでから1年間は何とか生きていくといったことが考えられます。


生前贈与に関する遺留分の規定を見ても、遺留分がおかしな制度であると思います。たとえば、80歳で自らの死期を悟った人が自分の財産1億円のうち、3000万円を手元に残して7000万円をどこかに寄附(贈与)をしたとしましょう。被災地の支援をしている団体に寄附したとします。この人には、配偶者は無く、疎遠になっている50歳の子が一人いるとします。その子(50歳)は自分で生活しているとしても、親が亡くなった場合には相続人となります。親が亡くなって財産は500万円が残っていました。債務はありませんでした。調査してみると、亡くなる前の1年内に親が7000万円の寄附をしていたことが分かりました。その子の遺留分は2分の1ですから、500万円と7000万円を足して、引くべき債務はゼロですので、7500万円の2分の1の3750万円が遺留分の額です。残っていた500万円は子が得ますので、3750万円から500万円を引いた3250万円が遺留分の侵害額となります。その子は、自分の権利だと主張して遺留分の侵害額の支払いを寄附先の団体にすることができることになります。
このように、寄附をした親(被相続人)の意思に反することになる遺留分のという制度に、合理性や必要性があるのか甚だ疑問です。

相続人を増やしておく

遺留分権者となる子に相続させる分をできるだけ減らしたいということで、養子をして相続人の頭数を増やしておくという方法があります。
また、子が無いので親が相続人になりそうという場合は、養子縁組で養子を持てば子が相続人となるので親に相続がされないということになります。
養子となる適切な人がいる場合も限られるとは思います。
なお、相続税の控除額については養子が複数いても控除額が限られることになりますので、相続税対策としては注意が必要です。

遺留分の事前放棄

相続開始の前、つまり遺産を残そうとする人が亡くなる前に、遺留分権者となる者は家庭裁判所の許可を得て遺留分を放棄することができます。
遺留分は事前には自由に放棄することはできません。(相続開始後は、遺留分を主張するかどうかは遺留分権者の自由です。)
被相続人となる人が生前に、遺留分権者となり得る人に強制して遺留分を放棄することを防ぐために家庭裁判所の許可が必要となっています。
家庭裁判所の許可を得るには、遺留分権者の自由な意思に基づく放棄であること、放棄する理由に合理性や必要性があるとか放棄の代わりの利益があるかといったことで判断されています。
遺留分の事前放棄は、遺留分権者となる人が被相続人となる人と敵対的、非協力的であればなかなか難しいでしょう。事前放棄に協力してもらうだけの利益を与えるのは、被相続人となる人の側では相当な負担になるかもしれません。


遺留分は、事業承継の障害になりかねません。民法の事前放棄では、各相続人が家庭裁判所に申立てをしなければならないとか、複数の相続人で許可不許可がバラバラになる可能性があるということで事前放棄は事業承継における株式や事業用財産の分散の防止等には使いづらいと言われています。
事業承継に関しては、経営承継円滑化法(中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律)で民法の遺留分の特例があります。この特例では、旧代表者・旧事業者と後継者と推定相続人の全員で、自社株式や事業用資産を遺留分の算定の価額から除外するとか(除外合意)、価額を固定しておくということができます(固定合意)。この合意については、経産大臣の確認と家庭裁判所の許可が必要です。要は関係者の全員で合意をしなければならず、その合意が有効になるには経産大臣の確認を経て家庭裁判所の許可を得る必要があります。
このような関係者全員の合意、経産大臣の確認、家庭裁判所の許可などということではなく、事業承継のために遺留分の制限を端的に認めた特例を定めれば良かったのではないかと思います。遺留分制度に囚われすぎです。

相続人の廃除

兄弟姉妹が相続人となるのであれば遺言をして相続させないようにすればよいです。しかし、配偶者と子あるいは親などが相続人となる場合は、上記のように遺留分があるので、相続させないようにするのは困難です。
民法には、被相続人に虐待や重大な侮辱を加えた者や著しい非行があった者から相続権を奪う制度、廃除の制度があります。
ただ、実務上、裁判所は廃除を認めるのに消極的な傾向にあります。廃除を認めずに虐待した者の相続権を保護しようという裁判所が何を守りたいのかよく分かりません。

遺留分をなかなか廃止できないというのであれば、廃除できる場合を広げ、裁判所が廃除を認めるように民法の規定を改正してもらいたいものです。

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