『きみがくれた名前』
とある雨あがりの翌日のこと。
とおるくんが公園をお散歩していると、一匹のスズメくんが広場の真ん中に座っていました。なにやらちいさな木の葉の上にのって、うつらうつらしています。
「あ、スズメさんだっ」
とおるくんはゆっくりと近づき、スズメくんの前にしゃがみました。
「お昼寝してるのかな……?」
とおるくんがそうつぶやくと、なんと、スズメくんがチラッとこちらを見上げました。
「もしかして、ぼくのことば、わかるの?」
びっくりするとおるくんに、スズメくんはこくん、とちいさくうなづきました。
「すごい!鳥さんとお話できるんだ!」
とおるくんはおもわずぴょんぴょんと飛び跳ねました。
「きみ、お名前はあるの?ちなみにぼくはとおるっていうんだよ」
「名前……」
スズメくんはすこしのあいだ目をキョロキョロさせました。そして、
「……名前……なんだとおもう?」
と、とおるくんの顔をじっと見ながらききました。
「うーん……」
突然の問いかけに、とおるくんはスズメくんの姿をじっと見つめました。
「そうだなあ。スズメさんだから……スーちゃん、とか!」
自信満々にいうとおるくんの顔を、スズメくんはじっと見つめます。
「ううん、ちがうよ。スーちゃんじゃないんだ」
「そっかあ」
とおるくんはまた考えはじめました。
「じゃあ、スズちゃん、かな?」
スズメくんが目を伏せながら、「ちがう……」とつぶやきます。
「なんだろう?名前を当てるのってすごくむずかしいんだね」
スズメくんはちいさな首を一生懸命横にふりました。
「ちがうの。じつはぼく、名前なんてないんだ」
「えっ、そうなの?」
とおるくんは、人間とおなじように、生き物すべてに名前がつけられていると思っていたのです。
「じつはぼく、だれかに名前をつけてもらうのが夢だったんだ」
スズメくんはすこしさみしそうにそういいました。
「ぼくたち自然界に生きてる鳥のほとんどは、名前を持たずに一生を終えるんだ。それがわるいことだとは思わないけど、でも、だれかに飼われてる子が名前で呼ばれてるのを見ると、ちょっぴりうらやましくなっちゃうんだ」
「そうだったんだ……」
とおるくんはすこし空を見たあと、ぽん!と手をたたきました。
「よし!じゃあぼくがスズメくんにお名前つけるんだ!」
とおるくんの提案に、スズメくんは目をぱちくりさせました。そして、
「……いいの?」
と、うれしそうにいいました。
「うん!どんな名前がいいかなあ」
とおるくんは一生懸命スズメくんのことを観察しはじめました。たくさん見つめられて、スズメくんは恥ずかしそうにもぞもぞとからだを動かします。
「あっ!」
とおるくんが急に声をあげると、スズメくんはびっくりして、思わず「ピッ」と一声鳴いて羽を広げました。そのひょうしに、一瞬空を飛んでしまいました。
「な、なあに?」
とおるくんは、「おおきな声出しちゃってごめんね」といって、スズメくんのほっぺたをそっ、とさわりました。
「あのね、きみのほっぺたにあるうすい黒いもよう、おもちみたいだなっておもって」
「ほっぺた?おもち?」
スズメくんは、いままで自分のほっぺたを見たことがありません。だから、仲間の黒いほっぺたを見ることはできても、自分がどんなもようをしているのかわからないのです。
「うん!ぼくね、おもちが大好きなんだ。もちもちしてて、すごくおいしい食べ物なの。ぷくーってしてるのが焼きたてのおもちに似てるから、きみの名前はおもちくんにしよう!」
「おもち……くん」
スズメくんはちいさな声でそうつぶやいてみました。
「おもちくん、おもちくん……」
なんどもなんども、その名前をつぶやきます。
「……もしかして、気に入らなかったかな?」
とおるくんが心配そうにきくと、スズメくんはパッと顔をあげました。その顔はキラキラとかがやいていました。
「ううん……!」
スズメくんは羽をぱたぱたさせながら、とおるくんに一歩近づきました。
「ぼく、すっごくうれしい!おもちくんってすてきな名前初めてつけてもらったから、なんだかくすぐったい……!」
スズメくんは顔をくしゃっとさせました。そのことばをきいて、とおるくんも顔をくしゃっとほころばせました。
「えへへ、よろこんでくれてよかったあ」
「ありがとう、とおるくん!」
そして、スズメくん、いいえ、おもちくんが遠慮がちにとおるくんの顔を見上げました。
「ねえ、とおるくん。また明日、ここにきてくれる?」
「もちろん!一緒に遊びたいの?」
「一緒に遊びたいし、あと、あと……。ぼくの仲間たちにも名前をつけてあげてほしいの。とおるくんがつけてくれたら、絶対みんなよろこんでくれるとおもう!」
おもちくんのおねがいに、とおるくんは目をぱちぱちさせました。でもすぐに笑顔になって、おもちくんの目をじっとのぞきこみました。
「まかせて!ぼくがおもちくんの仲間たちにも名前つけてあげるよ」
「うわあ、ありがとう!じゃあ、じゃあ、今日戻ったら仲間たちに伝えるね!」
「うん!じゃあ、明日またおなじ時間にここに集合ねっ」
「うわあ、楽しみだなあ。ありがとう、とおるくん!」
そういっておもちくんは元気に仲間たちのもとへもどりました。
✽
そして次の日。
「よーし!みんな、1列に並んで!」
広い公園のなかに、とおるくんの元気な声がきこえてきました。そのまわりには、20匹くらいでしょうか、たくさんのスズメたちが集まっています。そして、みんなお行儀よく、とおるくんの前に1列に並びはじめました。
「じゃあ順番に名前考えていくからね。うーん、きみは……。からだがまんまるですごくかわいいから、まるちゃん!」
とおるくんに名前をつけてもらえたスズメさんたちの、「ピッピッ!」というよろこびの鳴き声が公園中に響きわたります。つけてもらった名前をおたがいに教えあう子、うまく発音できなくてなんども声に出しながら練習する子、恥ずかしそうに、でもうれしさを隠しきれずにほっぺたがゆるんでいる子。みんな、とってもうれしそうな顔をしていました。
そして全員に名前をつけ終えたとおるくんとスズメさんたちの顔には、とてもキラキラした笑顔が浮かんでいました。
「じゃあみんな、これからは名前で呼び合ってあげてね」
とおるくんがしゃがみこんで一匹一匹の顔を見ると、スズメさんたちはピッピッと一斉に鳴いて、
「とおるくん、どうもありがとう!」
「もらったお名前、大切にするんだ!」
「へへっ、なんだかやっと認められた感じがして気持ちいいや!」
とそれぞれおおきな声でお礼をいいました。
「みんなによろこんでもらえてよかったあ。じゃあみんな、気をつけて帰るんだよ」
「「「はーい!」」」
スズメさんたちの大合唱に、公園にいたひとたちはびっくりしました。
そのとき、足元に一匹のスズメくんが近づいてきました。おもちくんです。
「とおるくん、本当にありがとう。これからもぼくたちに会いにきてね」
そういって、とおるくんの靴にほっぺたをすりすりとくっつけました。
「もちろん!今度もまたみんなでお話しようね。約束だよ」
「うんっ、約束!じゃあまたね、とおるくん!」
そしてスズメさんたちはそれぞれの名前を大事に胸にしまいながら、まるで手を振るかのように羽をおおきく広げ、空へと元気に飛び立っていきました。とおるくんも、スズメさんたちの姿がみえなくなるまで手を振りつづけました。
おしまい。
✽おまけ✽
ここでひとつ豆知識。
スズメのほっぺたには黒い模様がついていて、これを【黒斑(くろふ)】と呼ぶそう。大人になるにつれ、その色が濃くなっていくようです。
最後までお読みいただきありがとうございます✽ふと思い出したときにまた立ち寄っていただけるとうれしいです。