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ショートショートの悪魔

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創作したショートショートをアップしていきます
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記事一覧

擬音語の散文

擬音語の散文

満員電車。
全く知らない人。
真四角の眼鏡をかけているその人が、
真ん中の電車の車両の扉側に立って、
窓の外を見ている。
真顔のその人の顔と眼鏡の間の隙間から、
まっ青な空と眼鏡の写した流れる景色が見える。

私のものではない世界を
垣間見ることのできたようで、なんだか嬉しい。

ガタンゴトン。

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「ちょっとした知り合いが死んじゃって」
彼が言った。
「この前、共通の友だちから

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ひとりきりのグレーテル

ヘンゼルとグレーテルは、親に捨てられた。ただし一人づつ。森の奥に追いやられ、帰り道がわからなくなった。

グレーテルは、先にいなくなった兄を探し回った。いつか出会えると、森の中をぐるぐると歩き回った。焦燥感や、寂寥感で胸がいっぱいになるのを堪えた。きっと彼も、自分と同じ想いで、自分のことを探しているだろうと思った。雨風は、洞穴や木の根元にかがんでしのいだ。お腹が空けば、木の実や草を食べ、だんだん、

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翼を生やそうとする少年の話

少年は空を飛びたがった。ただ、それだけだ。それも飛行機や気球に乗るのではなく、自分の翼で空を羽ばたきたかった。
それでいつも、暇さえあれば、背中に念力を送って待っていた。

けれど、なかなかその時は来なかった。どんなに強く念じても、背中から翼が生えてくることはなかった。

それでも背中に異様なエネルギーを感じることは多々あった。彼はそれを兆候だと信じていた。

少年は成長し、サンタクロースの存在を

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真実の音

真実の音

夜の街を駆けるタクシーの後部座席で、二つの頭が寄り添って夢を見ている。
彼らの体は重なり、腕と腕は絡み合っている。けれど客観的な目で見ると、そうしてお互いを温め合う二人の様子は、恋人同士というよりも他に拠りどころのない仲の良い兄妹のようだ。
二人は、各々の夢の傍ら、今日の出来事、数時間前のことを思い出していた。

二人は兄妹ではなく、恋人同士でもなかった。単なる異性の友達同士。今日は他の友人たちも

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目が覚めたら別のひと

目が覚めたら別のひと

目が覚めて、私は、自分の体を走る痛みに悩まされた。

あいつの仕業だ、またか

私は、体に残る鈍痛にしばらくベッドから動けないでいた。

やるんなら、いっそ殺してくれればいいのに、中途半端なことをして

私は、目を閉じたまま、体中の痛みと戦っていたが、気を失うわけにはいかなかった。そうすれば楽になれるかもしれないが、次、いつ「私」が目を覚ますかわからない。私が気を失って、また「あいつ」の後だったら

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みどりのかみさま

みどりのかみさま

みどりちゃんの神様の話はしたっけ?

みどりちゃんの神様は、みどりちゃんが思春期真っ只中の14才から、姿を見せるようになった。みどりちゃんの神様は、「かみさまね」「かみさまはね」と自分のことを「かみさま」と呼ぶ。

みどりちゃんの神様は、みどりいろ。姿については、大人の事情であまり言えないけれど、今、君が想像した、まさに、その姿。

みどりちゃんの神様は、みどりちゃんのねがいごとを叶えにきた。それ

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火星と天使

火星と天使

幼なじみの川村由貴が消えたのは、僕たちが15歳のときだった。それからずっと彼女を探している。

「私のお母さんはね、天使なんだ。」

幼いとき、由貴はことあるごとに、そう言った。

二人で公園で砂遊びをしているとき、さらさらと手のひらから砂をこぼして、それを自らうっとりと見ながら由貴は「お母さんは、天使なの。」と言う。

帰り道に僕と手をつなぎながら、彼女は夕暮れの色を背中

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イブクラインブルー

イブクラインブルー

宇宙との繋がりが欲しかったイブ・クライン

自らの力で空が飛びたかったイブ・クライン

ブルーは青

ブルーは憂鬱

ブルーはマリア様の青

学生のとき、心理テストでこう聞かれた。

「青色って、どんなイメージ?」

私は深く考えずに答えた。

「かっこよくて、頭よくて、安心する」

すると心理テストをだした彼は、頬をりんごのように赤く染めて照

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その理由

その理由

私は、困惑している。

情熱ばかりが溢れて、この泉の水が本当に人の渇きを癒せるのか分からない。それでも私が書くのは、単に人生が何事かを成さぬには長すぎるからというのではない。

私が興味があり、手を伸ばして救いたいのは、この世に生まれてから今まで、私自身ただ一人なのだ。

従って、この物語が誰の役にも立たず、無用でありふれた文字の並びにすぎなくても、私のために必要なのである。私は

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魔王の城 あるいは ポストモダン後の世界について 〜後編〜

魔王の城 あるいは ポストモダン後の世界について 〜後編〜

霞に食われるように月が欠けていく。月が完全に姿を消す前に、あの城にたどり着く必要がある。勇者は、そう感じた。ただでさえ女たちの毒気にあてられて、戦う勇気が挫けそうなのだ。しかし、勇者には使命があった。この世界をより良い世界に変える使命が。魔王を倒し、あの悪名高い城を壊し、新たな世界を構築するのだ。新月の一日前に、勇者はようやくその城にたどり着いた。迷路のような街を抜けて、何日か経ってようやく門にた

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魔王の城 あるいは ポストモダン後の世界について 〜前編〜

魔王の城 あるいは ポストモダン後の世界について 〜前編〜

爪をたてて、縁をひっかけば、めくり取れてしまいそうな丸くて赤すぎる月。その下に例の城はそびえ立っていた。その男は勇者となって、幾多の困難を乗り越え、その城の麓の街までやってきたのだ。城は空高く(恐らく権力者に虐げられた奴隷たちの手によって)築き上げられていた。城の塔を螺旋状に取り巻く壁や通路、橋や見張り台。そこには城を守る大勢の屈強な兵士たちと大砲が潜んでいるのだ。しかも、麓の街はほとんど迷路のよ

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