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思ったことを口に出すって、案外むずかしい。

映画鑑賞が好きだ。そして、その映画鑑賞代は絶対に自分で払いたい。それが、わたしのポリシー。
デートとかで映画を観に行くと「いいよ。出すよ。」なんて言ってもらうこともあるけれど、映画代だけは自分で出したい。
理由はただひとつ。面白くなかったときに「面白くなかったね」っていう感想が言えなくなっちゃうから。
「お金を払ってもらったもの」に対して文句を言うなんて筋違いだ。でも、自分が払う映画鑑賞代の中にはその映画に関する感想を自由に言えるだけの権利が含まれていると思う。学生時代に仲の良かった友人のこの持論、結構納得がいくものがありまして。それ以来、絶対に映画代は自分で出している。

先日ある友人から、一緒に出かけようと誘われた。この日、ミラーレスカメラを持っていたわたしは「写真を撮ってくれ」と頼む彼女の写真を100枚近く撮った。でも、撮る度に「sanmariの撮る写真、好きじゃない」と言われ続けた。お気に召さなかったならしょうがない。風景を中心にカメラを構えていると、また、彼女に写真を撮ってくれと頼まれる。そして、貶される。そんなことが続いた。

確かにカメラを始めたばかりだし、まだまだ下手くそなのはわかっている。でも、なんで文句を言いつつも写真を撮られたがるんだろう。不思議でしょうがなかった。
それでも、この日は彼女が案内役を買って出てくれたこともあり、黙って写真を撮り続けた。

お出かけが終わりに近づいた頃、彼女から衝撃的な一言が飛び出した。
「わたしは、sanmariのために案内してあげたんだから、ちゃんと感謝を示してほしい。」

。。。。
見返りを求めて、案内をしてくれていたのか。見返りとして、自分を被写体としたポートレートを求めていたのか。
それだったら、役不足だ。ちゃんと、プロのカメラマンを雇ってLovegraphのようにお願いして撮影をするべきだ。

そういえば、旅の予定を立てる間は相談があったけれど、お出かけ当日にルート変更や交通手段の相談とかなかったな。ちょっと違和感があったけれど、聴こえにくいわたしには慣れっこな流れだった。昔から、話し合いの過程は分からなくて結果だけ教えられてきた。だから、決まったことに従ってとりあえず付いていくことをある意味「しょうがない」と思ってしまう自分がいた。

あああ。
「案内してあげた」っていう思考で一緒に行動してたのかー。見返りを期待されてたのかー。わたしの、言動で彼女を不快にさせてしまっていたのかー。でも、それ、どこだったんだろう。。。
正直、ものすごくショックだ。あんまりにもショックで何も言い返せなかったし、わたしが唖然としている間、彼女はプリプリ怒っていた。謝ったんだけど、聴く耳を持ってくれなかった。
せっかく一緒に出かけたのに、嫌な思いをさせてしまって残念だな。

地元の友達を東京に迎えることも東京の友達を地元に迎えることもわたしはとっても大好きだ。これからも、そんな予定がたくさんあってワクワクしている。でも、案内側になる時って相手より距離感だって予算感覚だってある程度考えがつく自分がどう考えても有利。だからといって、自分が上の立場だと勘違いしてしまっていないだろうか。ホストとして迎える側の意識を常に考えていこう。ちゃんと、相手がマイナスなことも呟けるような環境を整えていこう。

今回ぷりぷり怒ってしまった友人には、どうしたら良いのかな。みなさんだったら、どうします?

#エッセイ #お悩み相談 #旅しゃぶ更新部 #まいにち日記部

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sanmari

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❇︎音の世界と音のない世界の狭間に住んでいます。(右130↑左65)/手話と日本語のバイリンガル❇︎旅と写真と文章と❇︎書くことと読むことがすき。すきを生活に。なんでもない日常の、でも、誰かにとって特別なものたち。