広瀬和生の「この落語を観た!」vol.58

9月6日(火)
「春風亭一之輔勉強会“真一文字の会”」@国立演芸場


広瀬和生「この落語を観た!」
9月6日(火)の演目はこちら。

春風亭いっ休『鰻屋』
春風亭一之輔『強情灸』
春風亭一之輔『天災』
~仲入り~
春風亭一之輔『肝つぶし』

『強情灸』は師匠の一朝も得意とするネタで、峯の灸を据えた男に対抗してもぐさを山盛りに腕に乗せる男は手の甲を上に向ける志ん朝系(小さんは手のひらを上に向けた)。「腕に穴が空くぞ」と言われると、通常は「喧嘩をしても腕でよけながら向こうが見える」などと言うが、一之輔は「金魚を飼ったり四季折々の花を植えたりして心が和む」と、貫通する穴じゃなくて大きな窪みとしての穴で演じた。峯の灸を据えた男の体験談もダイナミックで楽しい。男同士の他愛もないやり取りを豪快に描く一之輔らしい“部室落語”。

『天災』は、紅羅坊の説教に納得した八五郎が嬉しそうに何度も「天災だっ!」と繰り返すのがバカバカしくて素敵。一度このフレーズが突発的に出てきて、そのくだらなさに嬉しくなって繰り返す演者自身がそこにある。ガサツでオッチョコチョイで意外に素直な八五郎の描き方の楽しさは一之輔の真骨頂。最初バカにしていたあくびの師匠に感銘を受けて素直になる一之輔の『あくび指南』にも通じる「教わって嬉しくなるけど上手くできない八五郎」が愛おしい一席。

一之輔の『肝つぶし』は初めて。前半、恋わずらいで床に就いている義理の弟を見舞った男が病気のわけを聞く場面でのやり取りには、落語らしいクスグリを積極的に盛り込んで楽しく聴かせる。医者が来て「この患者を治すにはこれが必要」という話をするところまでは前半の“落語らしさ”の余韻を残しつつ、男が帰宅して妹のお花に出会ってからは人情噺のトーンへ。妹が芝居の話をする中でハッとある事実に気がついた男が、自分達がいかに病床の男に恩義があるのかを語っていくうちに「もしも誰かがお前に手を掛けるようなことがあったとしたらそいつを恨むだろうが、相手も苦しんでるんだ」と言うに至る展開では、兄の苦悩を見事に表現してハラハラさせられる。妹が寝込んだ後、兄の取ろうとする行動はとんでもないが、聴き手は一之輔の語り口に引き込まれ、この兄の切ない心情に共感しながら固唾をのんで成り行きを見守ることになり、ラストの展開で救われた気持になる。サゲがサゲだけに、ヘタすれば「なんだそれ」ということになりかねない噺を、一之輔は兄への感情注入の大きさで説得力を持つ展開としているのが素晴らしい。聴き手を引き込む一之輔の力量に感服した。

次回の広瀬和生「この落語を観た!」もお楽しみに!

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