ニーアオートマタ

日本でゲーム開発者ってもう少しリスペクトされても良いはず

なにやっても”ネガティブ”な風潮

私はゲームウェブサイト、セマフォの屋根裏部屋の管理人である。そして、元大手ゲームパブリッシュ/ディベロップ会社の末端スタッフでもある。

先日、Twitterにて「ニーアオートマタ」の続編の可能性について示唆するような内容が開発者・ヨコオタロウ氏とスクエアエニックス・斉藤陽介氏の間で話されていた。

これに関して、同じくTwitterでは「やったー!」などというファン、プレイヤーの声が目立ったが中には「金儲け」というネガティブな発想を持つゲーマーもいた。

これをきっかけに今回、このようなタイトルの記事を投稿することになった。正直なところ、これを理解していない人がまだまだ多い。

本題に行く前にセマフォの屋根裏部屋では毎日、インディーゲームニュースを中心にお伝えしているほか、「Dead by Daylight」「Portal Knights」「PROXIMA ROYALE」などのゲーム開発チームへインタビューを行っている。

ぜひ、お越し頂けることを期待している。

https://semapho.net/

「ニーアオートマタ」続編から伺う ディベロッパーとパブリッシャー

まず、話題となったツイートを紹介しよう。続編を熱望するファンの「続編よろしくお願いします。お願いします。お願いします……」というツイートに対してのヨコオタロウ氏のツイートがこれだ。

そして、斉藤陽介氏の反応が火を付けた。

これは言うまでもなくファンは歓喜するツイートである。ただ、中には大ヒットゲームの続編について快く思わない人々もいるようだ。その多くの人々が勘違いしているのは「ニーアオートマタ」が売れたから続編を出すことになったという点。恐らく、そういう人々は「ドラッグオンドラグーン」シリーズと「ニーア ゲシュタルト/レプリカント」を知らないのかも知れない。「ドラッグオンドラグーン」は2003年にリリースしている作品であり、もう15年も前のことになる。別に「ニーアオートマタ」から続編が始まったわけではない。もちろん、ヒットしなければ続編を作られない可能性はあるが、これに関しては後述する。

上記の作品は全て世界観を共有しており、淡い何かしらの繋がりがある。しかし、ストーリーは全てのタイトルで独立しており、全て完結している。もっと言うならば「ニーア ゲシュタルト/レプリカント」「ニーアオートマタ」については”プレイヤー自らが完結させる”という残酷の先にある仄かな幸福を選択できる。プレイ済みの方はお分かりだろうが、本当に完結させるのだ。

もし、これを知ったうえで続編をリリースすることに否定的な人は「Final Fantasy」シリーズも「ドラゴンクエスト」シリーズをはじめ、FPS作品で言うと「レインボーシックス」シリーズ、「Battle Field」シリーズも否定することになる。

「ゲームにおけるストーリーの有無で違うでしょ!」と言う意見があるならもはや頭が痛い。先ほども言ったようにヨコオタロウ氏の作品は全てストーリーはそれぞれ完結しているため、続編とは言えまた新たなストーリーを作っていくことになるだろう。というか「レインボーシックス」はトム・クランシー原作だ。「Battle Field」にだってキャンペーンモードがある。

というように、いつだって否定的な人の方が実はその面白さへの理解が及ばないことが多い。これはスタジオ・ジブリの鈴木氏の言葉からのサンプリングだ。

その素敵なインタビューはこちらから

もっと言うならば、単にお金稼ぎならばゲーム開発は正解ではないと思う。何年も開発するのだから、人件費だけでも相当かかる。そして、ヒットすれば良いがそればかりは保証されていない。というか、仕事なのだからお金を稼ぐことがそもそも悪いとは思わない。パブリッシャー/ディベロッパー全ての家族を含めた生活がかかっているのだから。売れたら続編はダメなの?売れなかったら続編OKなの?そういった考えこそ、お金にまみれていて健全ではない。

それでも”自分の好きな表現”のために汗水垂らす人々をどうしてネガティブな言葉で汚すのだろう。教えてください。

開発までの”パワーバランス”のようなもの

「ニーアオートマタ」で言うと、ヨコオタロウ氏はディベロッパーである。スクエアエニックスがパブリッシャーである。パブリッシャーが販売元になる。ディベロッパーが開発を行う。もちろん、パブリッシャーも開発に関わるのだけれど、その辺りは会社によって違う。

例えば、私が在籍していた会社がディベロッパーとしてタイトルを請け負う時は、ブログラム周りや骨組みとなる部分をほぼ制作していた(はず)。そして、素材となる部分はパブリッシャー側が制作していた。もちろん、これはざっくりとした一例。

開発現場におけるパワーバランスというのは他の会社の現場を知らないので、多くは言えないのだが、私の知る限りあったりなかったりする。けれど、それよりも社内のパワーバランスがえげつないので、自分に与えられるプレッシャーがパブリッシャーからのものか、上司や別の部署からのものなのか判別できなかった。

「ニーアオートマタ」の続編についてヨコオタロウ氏が「スクエニに言って下さい」というツイートについては本当にそうするしかないのが本音だと思う。ディベロッパーとしては「作る」とも「作らない」とも言えない。

これは私がゲーム業界に入るきっかけとなった松野泰己氏にも言えることだ。名作「タクティクスオウガ」は松野泰己氏が紡ぐ”オウガ バトルサーガ”の7章に当たる作品だ。発表されている同シリーズは5章にあたる「伝説のオウガバトル」6章にあたる「オウガバトル64」であり、それ以降(または以前)はまだ開発どころかアナウンスもされていない。

ファンは「松野さん続編を!」と言うが氏自体も自分だけで続編を作ることはできないし、発言についてもできないというのが現実。

つまり、パブリッシャーが「よし、作ろう!」と企画しなければゲームの原案をデザイナーが持っていても作れないのだ。

ここで、ヨコオタロウ氏と斉藤陽介氏の話題に戻ろう。つまり、あのツイートにはそういう背景があり、ファンの声がパブリッシャーに届いたため、話題になったのだ。

車を作る際にも全てがAudiだけで作っている訳ではないはず。Audiに納品する車体の”ねじ”や”ばね”はきっと、どこかの会社が製作しているのでは。もしかしたら、それは日本の会社かも知れないし、知らない国の会社かも知れない。そのようにエキスパートたちが集まり、一つの製品を作り出す。

ゲームは総合芸術だ。ゲーム開発者はゼロからなにかを作り出すことができる。日本の風潮として非常にネガティブなものをよく感じる。もちろん、分かっている人は分かっている。分かっていない人は分かっていない。

Steamのアーリーアクセスゲームは「製品版リリースに先駆けて遊べるけど、バグがまだあるよ」「バグ報告したり、要望出してね」というのが大前提。けれど、日本人が書いているアーリーアクセスゲームのレビューを見るとそれを理解していないレビューを書いているユーザーをすぐに見つけられるはず。

これが日本人特有の風潮なのかどうかは分からないけど、正直彼らはもう少しリスペクトされるべき人物だ。セマフォの屋根裏部屋はそういう風潮へのカウンターから始まった。

実際にこれまで20本を超えるゲーム開発チームへのインタビューを掲載してきたのだが「ゲームの情報を伝えよう」ということだけでやってない。「クリエイターのこだわりを伝えた上で、情報を届けよう」というアプローチで全てインタビューをしている。

根幹となるシステムがユニークならば「どうして、そのシステムを採用しようと思ったのか?」「どうやって、そのシステムを思いついたのか?」ということを聞いている。これはシステムの向こう側にある開発者のこだわりを分かっていた方がユーザーにとってはゲームがどこへ向かっているか理解しやすいからだ。それにシステムや世界観など、そのゲームが持つ”最もユニークなモノ”の背景にクリエイターの人間性が出ていると筆者は思っている。

宮崎駿氏のアニメーションに対する情熱や姿勢を知ると……正しい表現かどうかは分からないが楽しいと感じないだろうか?すごいな、こんなこともやってたんだ!みたいなワクワクが生じることはないだろうか。

時々、インタビューを日本語に翻訳している時にクリエイターのこだわりがすごくて思わずニヤニヤしてしまうことがある。もし、この記事を読んだ方はインタビューを読みに来て欲しい。

それから、少しで良いのでクリエイターがその仕事にかけた情熱を心で理解してもらえたら私は嬉しい。

セマフォの屋根裏部屋 フリーライター/Semapho

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ゲームウェブサイト「セマフォの屋根裏部屋」を運営するフリーライター。20本を超えるゲーム開発者へのインタビューを掲載。

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