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「全能的な母親という空想物語」と「支配と承認をめぐる戦争」について

母親は、自分が欲しいものを与えてくれる万能な母親ではなかった。

と、子どもが発達段階においてそのように母親を知覚することは、心的次元における「良い母親」と「悪い母親」を統合し、「ほどよい母親」として母をひとりの人間としてみていくことができる大切な契機です。

ジェシカ・ベンジャミンは「母親の主体性の中には、母と子の両方が母親は現実の人間なのだから不完全であると容認することが含まれねばならない」と述べます。

そして、こうした知覚は「現実生活で何が起きたか」であり、「母親が実際にそのような存在である場合に限られる」と述べています。

どういうことなのでしょうか。

ジェシカ・ベンジャミンが問うているのは、恐ろしい母親による子どもの支配、男性による女性の支配、そして、北村婦美さんの言葉を借りれば、ジェンダーをめぐる戦争はなぜ終わらないのか、などです。

そのためには、ベンジャミンは男性支配の正当性を支えているものが万能的、全能的、完璧な母親という理想化された空想のパラダイムであることを鋭く指摘しています。

私たちが、理想化された母親に対する信念から降りて、「母親も失敗もするし不完全なひとりの人間であった」という現実を知覚していくことが、支配と承認をめぐる戦争を終結させる手がかりになると考えられているのです。

これは、精神分析の観点からすれば、ナルシシズムの克服を意味することでもあります。自己愛性パーソナリティの治癒といってもよいかもしれません。

子どもが欲することのために、我が身を捧げる母親が多くいます。そうした母親が、のちに子どもにとって恐ろしい母親として体験されることがあります。

あるいは、自分の母親に投影すること、投げ入れるすらできなかった不安や恐ろしさを、本来は何の関係もないはずのパートナーや親密な他者に投影することもあります。実の親と対決できるのは健康な方で、それができずに、夫婦関係や親密な関係で暴力的な関係を取り結んでいることも、現代には多くあります。非常に難しい問題です。

ジェシカ・ベンジャミンは、「母性がもつ慈しみ」が子どもの健康において重要であることを乳児精神分析等から明らかにするとともに、「母性がもつ慈しみ」を発揮するために「母親がほんとうの主体性をもつ」ことを述べています。

支配と承認の戦争を終結させるためには、「非-男性(男性に非ず)」というかたちでしか認められてこなかった男性以外の者たちが、そしてまた、男性たちが、「完璧ではない」という現実を受け入れるとともに、だからこそ相互承認するという、主体的な関わり方を学んでいくことにあるようです。

何だか、難しい話になってしまいましたが、ジェシカ・ベンジャミンの本はパラダイム転換の鍵を握っているように思えていて、少しご紹介しました。

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