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寝かしつけのブルース

あらやだ、私としたことが、夜な夜なパラビで義母と娘のブルースをみていたことがばれてしまうタイトルにしてしまった。

お昼寝をしなくなって、すっかり寝かしつけが楽になった。もうすぐ3歳の娘。これもいっときかもしれないが、しみじみ感慨深くなる。
お陰で8時半くらいから大人の自由時間ができ、すっかり義母ムスにはまってしまった。

そんな私が1年前の2歳児検診で、保健師さんに相談していたのが、“寝るのが遅くなる”という悩みだった。
あの頃、お昼寝をしたりしなかったり、うっかり夕方寝ちゃったりで、リズムぐずぐず、ママはイライラだった。

保健師さんは言ってくれた。
「今は丁度過渡期だから、寝なかったら眠くないだけだから気にしなくて大丈夫。お昼寝なくなったら早く寝るから」
と。
心が軽くなった。
今なら分かる。そういう時期あるよねー。でも、1年前の私は、真剣に悩んでいたのだ。

赤ちゃんオペラとスクワット

 思えば、娘は赤ちゃんの頃から寝てしまえばよく寝るが、寝付くのがなかなか下手くそな子だった。
小さい頃から意志がはっきりしている子で、抱っこじゃないと寝ないと泣いた。
抱っこされてからも、寝たいから寝るというより、完全に落ちるまで目を開けていて、少しでも何かいつもと違う動きがあると覚醒する。
ある時期はスクワット100回、ある時期は縦だきでゆらゆら。背中スイッチが敏感すぎて、ようやく寝た…とそーっとベビーベッドに寝かせ、腕を引き抜いたとたん、はい!振り出しにもどるー……ということも少なくなかった。

私はあきっぽいので、黙々と寝かしつけるということができず、寝ろー!と思えば思うほど寝ないのもあり、その両手がふさがった長い時間に自分を楽しませる技を試行錯誤していた。

☆中高生の時好きだった、なつかしソングを子守唄にする

☆定番の子守唄をオペラ風に歌ったり、演歌風に歌う(人としゃべる回数が減っていたので口の筋トレ兼ねる)。

☆スクワットの数をひそかに数える

☆心のなかで、ひとり古今東西をする

☆心のなかで、ひとり実況中継する

思えばアホみたいなことをやっていた。だから寝ないんだよっという突っ込みがありそう。
だが、とても人には見せられない形相の、大きな口の「顔面ゆりかご」が意外と寝たり、
どうしてもディズニーキャラクターの名前が出てこずに、とっくに寝た娘を見ながらうぐぐと唸ったりしていた。あのアラジンに出てくるサルの名前なんだっけ。

して、あの頃、辛かったかと問われると、実はそうでもない。
腰は辛かったが、寝付くまではもうずっといくらでも抱いていてあげたいという気持ちでいた(なのに寝たら一刻も早くおろしたくなる。そして背中のリセットボタンを押してしまう失敗を幾度繰り返してきたことか!謎だ……)。

なぜか。
ひとつには赤ちゃんが泣く声に抵抗感がなかったからかもしれない。
保育士としていろんな赤ちゃんがいることが分かっていたし、
それが「眠くても眠れないんだよぅ」というひとつの表現方法だと知っていたし、
それが異常ではないと分かっていたからだと思う。 

知識や経験や一般論は時に人を助ける。

2歳の演歌と顔面頭突き

 して、2歳の時のイライラママの方が、格段に辛かったと思う。
見るたびに針がすすんでいる壁掛け時計を薄目で見ながら、ため息が出たり、怒ってしまったり。

なぜか。
保育士としていろんな子をみてきたなかで、勝手に早寝している子を標準とし、宵っ張りの子の母に、アドバイスなんぞをしてしまっていたから。
それが我が子となれば焦る。あるべき2歳から外れてしまうのではないかと不安だった。
こんなに宵っ張りで、大丈夫か。規則正しく早寝早起きさせないと、この先寝不足とか体力低下とか、何か不具合が出てきてしまわないか、不安があった。

子守唄、トントン、マッサージ、何をやっても2時間以上寝ない。
もういっそこっちが寝てしまおうと、寝たふりを決め込んでいたら、娘はいそいそと立ち上がって、私の顔面にダイブした。頭突き。そのときは鼻が折れそうに痛かった。

それでも私は8時には布団に入らなければと、かたくなに思っていた。焦りながら布団に入り、時計をみては焦りながら寝かしつけていた。

むかし、望ましい姿を目指すガッチガチの保育士だったから、それが足かせになっていたと思う。ここまでもっていきたいというレベルを勝手に決めてしまい(子どもは少なくとも9時までには寝かせたいとか)、自分で追い込んで母子ともに苦しくなっていた気がする。

浅い知識と経験と一般論は時に母を苦しめる。

知識と経験と一般論の使い道

2歳児検診のあと、保育園の園長先生になった友人に相談した。いっつも寝付くのが10時過ぎてしまうと。
彼女は言った。
「私だったら、10時に布団にはいるかなー」
私にとって、ひっくり返るような答えだった。
そこ、娘に合わせていいのか!

保健師さんに、園長の友人、二人とも共通していること。遅くなっちゃっても大丈夫だよ。
そうか。我が子の場合、遅くてもいいのか。焦る必要はないのか。

お昼寝してもしなくてもいい。夜遅くなっちゃうことがあっても良い。リズムが大幅に崩れなければ、大丈夫。

大丈夫。

私は改めて回りのお母さんたちをみてみた。知識は少なくても、我が子をよく見て他人にとらわれず必死で愛情深く育てている、他のお母さんたちに学ぶことが多かった。

そしてどんな子も、保護者が一生懸命向き合っていさえすれば、すくすく育ってる。

だから大丈夫。

母になってわかった。
知識や経験は、他人や自分を間違ってるというためにあるのではない。
むしろ根拠をもって、大丈夫だよ、というためにあるんだ。

その人が辛いとき、困ったとき、こうすればより大丈夫になるよ、頼れるところはここだよ、こういう考え方をすると母子ともに楽だよと、伝えるために知識はある。その根底に、その子の存在を認め、大丈夫だよというメッセージが大切なのだ。それで母はどれだけ救われるか。

お母さんそんなんじゃだめだよというためではなく。
根拠をもってあなたのお子さんちゃんと育っているよ、大丈夫だよということ。
そこにプロの言葉がある。

そしたら母はイライラママにならなくてすむし、母から子にも、伝えられる。
「これから悩む事沢山あるかもしれないけれど、あなたは大丈夫だよ!」

親子の笑顔が増えれば、心が豊かになる。

昨日、夜寝る前に、「ママ!ずっと一緒にいる?」と娘に聞かれた。
ドキッ!娘が寝付いてすぐに部屋を出て、夜な夜な義母ムスを観ていたことがばれたか……。
娘は私の首に手を回して、抱き締めながら言った。「ずっとずーっと、おっきくなっても一緒にいる?」

その瞬間に、これまでの寝かしつけが走馬灯のように流れ、ああ、きっとこの時間も終わりが来るのだと悟った。手をかけなくてもひとりで寝付ける日が来て、いつか娘の方からひとりで子供部屋で寝ると言い出すときが来るだろう。

手をかけられる今を、幸せとちゃんと感じられて、大事に思える、環境とまわりのサポートと。
根拠をもった、大丈夫、の魔法。

それこそ寝かしつけの極意だ。

それこそ子育てにおける豊かさだと思う。

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