シャワーと訪問者

 深夜2時。アパートに一人。外には雪が積もっています。雪が積もった夜はいつにも増して静かです。雪が音を吸収してしまうのでしょうか。このアパートに越してきたのは先月のこと。大学への進学を機に一人暮らしを始めたのでした。

 わたしは浴槽に浸かっています。四方は白い壁に覆われており、耳に入るのは手でお湯をかく音のみです。温まってきたし、そろそろシャワーを浴びようかな。

 腰をあげると、水が大きな声で鳴き、冷めた空気が体を覆いました。私はシャワーの口をひねります。

 ザーーーーーーー

 シャワーの音は無機質です。雨水とは違って、拘束されているのです。最初の水は冷たく、床に当たって反響します。私はこの時間が嫌いでした。コンクリートに埋まっているような気分になるのです。

 ザーーーーーーーーーー

 最初は冷たかった水も徐々に暖かくなってきました。私は軽く頭に水をかけ、シャンプーをつけ、再びシャワーを浴びます。シャワーの音で耳がいっぱいになります。シャワーに閉じ込められたような感覚です。

 コンコン

 突然、シャワーに紛れて音がしたような気がしました。ドアをノックする音でしょうか。しかしこんな時間に来客があるはずがありません。あったとしてもまとも人なはずがありません。私はこっちに越してきたばかり,そんなに仲の良い友達もいないのです。気のせいだと自分に言い聞かせ、シャワーを浴び続けました。

 コンコンコン

 再び音がしました。はっきり聞こえます。誰かがドアをノックしている。玄関のドアは風呂を出て左手にあります。すぐ近くです。このシャワーの音も外に聞こえているはずです。私はシャワーを浴び続け、聞こえないふりをすることにしました。

 コンコンコン

 シャワーを浴び続けます。

 コンコンコン

 音が大きくなって行きます。

 コンコンコンコン、コンコンコンコン、....ドンドンドンドンドンドン

 シャワーを浴び続けます。体が全部心臓になったような、そんな感じでした。シャワーを持つ手に力を入れます。震えというより痙攣しているようでした。わずかでも気を抜けば落としてしまいそうでした。

 ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン

 頭を殴られているような音がしばらく続きました。一人孤独に空襲に耐えているような気分でした。どれほど時間が経ったかわかりません。突然、ぴたっ、と、音が止みました。それでも私は恐ろしかったのでしばらくシャワーを浴び続けました。どこからか、見られているような気がするのです。しかし、ずっとシャワーを浴びているのも考えものです。心臓の鼓動も収まってきた頃、私はシャワーをとめ、浴槽に入りました。音を立てないように恐る恐る入りました。戦時中の暗闇ではわずかな光が敵を見つける手がかりになったそうです。今ではこの水の音がわたしを見つける手がかりになっているような、そんな気がしました。浴槽の水はぬるま湯になっていました。ああ、さっきのはなんだったのだろう。
 わたしは大きく息をつきました。

 コンコン

 背筋が凍る。

「ごめんください」

 生ぬるい男の声とともに、ドアが開く音がした。

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