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人生で一番最悪な日、木曜日は祖父を思い出す。

『大切な人を幸せにする』人生で唯一決めてる。

 それは、もおこの世にはいない祖父が、21歳のときに教えてくれた。「当たり前じゃん」もしくは「ちっちぇな」とおもうかもしれない。でもぼくにはそれしかないんです。そう思えたのは、大学生のころ友人と飲んでいたとき。

『人生で後悔したこと』をテーマに話をしてて。高校野球でレギュラーになれなかったこと、彼女を傷続けたことなど、どれも嘘じゃないけど、どこか違和感を感じていた。おそらく、後悔というものは誰も思い出したくないから心の奥底に閉まっているのだろう。タンスの奥底にある季節外れの洋服のように。

酔っ払ってから、ぼくは思い出した。
「小学校4年生のときだ」と。それは祖父の死である。まぁ生きていれば誰かの死は経験するし、親族にとってみれば上の方が先に死ぬのはむしろ幸せなことでもある。ただ祖父の死は、少し意味がちがった。その祖父にたくさん遊んでもらったし、おもちゃ屋さんでたくさんカードも買ってもらった。でも、ドラマのようにおじいちゃんに育てられたとか、悲しいときに一緒にいたとかはあまりない。ではなぜか?というと、約束を破ったからだ。

祖父がなくなる一週間前の木曜日、母と病院にお見舞いへ行った。祖父が入院して以来、毎週木曜日は祖父のお見舞いの日と決まっていた。お見舞いに行ったある日、思春期だったぼくは、なんかはずかしくて病室の祖父と話せなかった。まさか、これが最後だったなんてしらず。病室を出たあと、母から「ちゃんと話せないかんよ」と言われた。おそらく祖父が長くないことを知っていたのだろう。「よしっ、じゃあ来週はちゃんと話そう」と何も知らないぼくは心に決めた。昼休みに友達とドッジボールをしたこと、野球の練習でヒットを打てたこと、祖父との思い出、振り返れば話したいことはたくさんあった。

そして、お見舞いの木曜日。ぼくはいつもより急いで、走って家まで帰った。「ただいま」というと、一階に母の姿はなかった。「あれ、お見舞いの日なのにな、仕事遅くなったのかな」と思って、二階に上がると喪服姿の父がいた。

涙を隠し、父に車の鍵を借り一人になった。取り乱したように暴れた。体の痛みなどまったく感じなかった。とにかく、泣きじゃくった。そこから先の記憶は全くないー。

そんな経験を酔っ払って思い出した。
『人生で後悔したこと』は小学校4年生の祖父の死で、まなびは「大切な人を幸せにできなかったときに後悔するんだな」だと。

だから、大切な人は幸せにすると心に決めて生きている。今年の夏は、大学で一緒に過ごしたサークルの友人14人で旅行に行く計画を練り、実行した。年末年始は親族みんなで旅行に行く計画も練っている。仕事で疲れて家に帰っても、友人がインスタグラムで悩める投稿をしてたら連絡するし、電話もする。今も悩める後輩とタバコを吸っている。

死んだ祖父には何も返せなかったから、生きている大切な人にはちゃんと何かを返せるように必死に生きてます。おじいちゃん、大切なことをおしえてくれてありがとね。これからもよろしくね。

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24歳の男の子。wittleな言葉を。wittle = warm + little 「ちょっぴり、暖かくする」
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