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他人の気持ちを考えるということ

他人と言っても家族だ 夫と息子そして私自身

うちの息子は昨年の9月から学校に行かなくなった

行かなくなった当初は起立性調節障害という立派な症状があった

朝起き上がれないのである

眠っているときには「冷蔵庫で冷やしました」みたいな顔色をしている

時折不安になって顔を触ってみたりした もちろん彼はいつも温かかった

が、実はそれは隠れ蓑(実際に症状はあったが)で 彼の本心は

「父親に復讐したい」「父親が喜ぶような自分にはなりたくない」

「父親を許せない」

だからもう「学校に行かない」「勉強ももうしない」と思っていたのだ

うちの夫はかなりの教育パパでとても熱心に息子に勉強をさせた

「させた」のだ 息子はしたかったわけじゃない「させられた」のだ

息子が小学生になってすぐから息子の毎日は勉強漬けの日々になった

夫は自分が帰宅してから 息子が寝るまでぎっちりと勉強をさせたのだ

夫が帰宅するまでにやっておかなければならない課題がたくさんあったので 

息子は放課後にお友達と遊んだことがほとんど無い

私が専業主婦なら隙を見て遊ばせてやることも出来たのかもしれないが

私は仕事をしていたので なかなか配慮してあげることが出来なかった

私は私で目の前の日々をこなすのに精いっぱいで余裕がなかったのだ

私は私で一生懸命やったつもりだったが 

もっともっと息子の心に寄り添うべきだった

息子は時折文句を言いつつも素直に父親の要求に応じ続けた

そして中学受験をし 父親の望む学校に合格し

そして学校に行かなくなった

学校に行けなくなってしばらくした頃

一度だけ息子が父親対し「恨んでいる」と告げた

その時に夫は「一生懸命にやってやったのにそんな事を言われるなんて」

「無一文で出て行け」と言い放った

息子は近くにあった物を片っ端から投げつけ 夫の家具を壊した

あの時に息子に対して夫が謝ってくれていたら と 考える

謝ってくれてさえいれば… と 強く思う 後の祭りだが

夫は息子が学校に行かなかなった理由を

「スマホを買ってやったせいだ」と「スマホで馬鹿になった」と

ずっと私のせいにして 私を執拗に責め続けている

起立性調節障害もスマホも根本の原因ではないのに

根本の原因から目を逸らし続け 私を罵倒する日々だ

夫は私のせいにして 自分の理性を保とうとしている

息子は父親のせいにして 自分の明日を捨てている

そんなふたりを私は見守り続けている 為す術もなく

他者の気持ちを思い計るのは難しい

それぞれに辛い思いを抱えている

受け止められる内は受け止めようと思う

いつまで出来るかわからないけれども

だがちょっとここで 正直に言おう 

息子も夫もたまには私がどう思うかを考えて行動してほしい

それが他者と共に生きて暮らすということの根幹だと思うから







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