機巧の姫と東国の宝石

 また、同じ夢を見ている。
小さな背丈の私が、うんと背伸びをしてドアノブに手をかける。
 扉の奥は、見たことのない不思議なかたまりがいっぱい。壁には工具類が整理整頓されている。
 奥で作業している人物がこちらに気づく。お父さんだ。
 私は小さな歩幅でお父さんの元へ歩みよる。そういえば、色んなものが置いてあって危ないから、入ってはだめだよと言われてたっけ。
 顔につけた安全ゴーグルを額に上げて、お父さんが私の胴を抱えて抱っこしてくれる。大きな手と、薄汚れた作業着。無精ひげの生えた顔。
 ただ、いつも父の顔だけは白のペンキで塗りつぶしたように真っ白で、目も鼻も口も読みよることはできなかった。
 思い出せない。大好きなお父さんのことなのに。私の表情を見ているのか、父が首を傾げる。
 すぐ近くにいるのに、離れ離れになってしまったような気がして、私はきっと泣きそうな顔をしている。
 お父さんの名前を呼ぶけど、この声は届いているのだろうか。
 視界が白くなる。近くにいるはずのお父さんが遠くなっていく。静かに浮き上がるように、私の意識は目覚める。

「……んん」
 いつの間にか、眠っていたらしい。私はリビングのソファの上で目を覚ました。
 かけた覚えのないタオルが一枚、私の身体を覆っていた。腕を天井へと思いっきり伸ばして、背筋を伸ばす。首筋が少しぺきぺきと音を鳴らした。
 窓のほうに人の気配がして目を向けると、窓を覆っていたカーテンが一気に開かれた。
 急に差し込んできた朝の光に一瞬怯み、目を細める。そこに立っていた少女の金色の髪の毛が光で照らされて、磨かれた宝石が光をかき混ぜるように一時だけ輝いた。
「おはようございます、アキハさん。もう朝ですねー。よく眠れましたか?」
 こちらに振り向き、挨拶をした金髪褐色の少女が僅かに微笑む。
「……おはよう。ライラがかけてくれたのか、これ。ありがとう」
「はい。アキハさん、昨日はお話しながらお船を漕いでましたから。お顔を洗ってきてください」
 そうか。昨日は打ち合わせの途中で寝てしまったらしい。私達のユニット、『ロボフレンズ』の次のライブ出演の話し合いをしていたんだった。
色々話しているのが楽しくて、ついつい夜更かしをしてしまった。今日は土曜日で学校も休みだからいいのだが、美容と健康にはあまり良くない。
 私も一人のアイドルだからな。少しは気にしている。
 ソファから立ち上がって洗面所へ。顔を洗い、下した髪を櫛で梳かしていく。
 髪の毛を結うのは、頭の高い位置と決まっている。赤いリボンは小学生の頃から使っているお気に入りだ。
 眼鏡をかけて、鏡の前で自分自身とにらめっこをする。昔は意識したことなんてなかったが、アイドルになってからは違う。
 今日も私は可愛いのだと鏡の中の自分に言い聞かせるのだ。さすれば自然と立ち振る舞いも可愛くなるという。アイドル輿水幸子の受け売りだ。
 そもそも髪の毛のセット一つにしてもアイドルになってから色々な方法を教えてもらった。機械いじりとなれば天才たる私だが、女子力となると話は別だった。
 この道では私より優れた才能の持ち主が事務所にもゴロゴロしている。同じ人間かと疑うような美しい肌、流れる水のような髪、女神の如き立ち振る舞い。そんなアイドルがごまんといる。
「よし。今日も一日、池袋晶葉を頑張るとするか」
 天才アイドル、池袋晶葉である。まだまだ駆け出しだが、決して腐らず地道な努力だ。その辺は、エンジニアと同じであると心得ている。

 支度をしてリビングに戻ると、先ほどの金髪の少女――ライラが台所に立っていた。
 アイドルユニット『ロボフレンズ』の相棒である彼女はドバイ出身、美しい金髪に水を湛えたような碧眼、そしてそれらを引き立てるなめらかな褐色の肌を持つ、浮世離れしたような美少女だ。
 彼女は幾度かこの家に遊びにきている。昨日は打ち合わせをするために泊まりがけでこの部屋に来ていたのだ。
 テーブルの上には既にオレンジジュースと野菜サラダが用意されていた。冷蔵庫の中身まで把握されているわけだが、昨日は事務所からの帰りがけに買い出しも一緒にしたのだから当然ではある。
 パンの焼ける匂いが部屋に広がって、食欲をくすぐる。お手製のウサちゃんトースターは同時に2枚のパンを焼ける。
『ヤケタゾ!』という人工音声とともに、焦げ目のついた食パンが斜めに二枚飛び出した。このトースターはパンが飛び出すとそれを耳に見立てて、ウサギの顔ができるのが特徴だ。
 それ以外はとりたてて普通のトースターである。ボイスだけつけた。

 冷蔵庫で余っていた葉物の上にミニトマトを乗せたサラダと、トースト。ドレッシングはお好みで。昨日買っておいたオレンジジュースと烏龍茶をテーブルの上に出す。
 ……見れば、テーブルの上は既に整頓され、昨日出しっぱなしにしていた資料類などは作業机の上にまとめられている。
 物の位置を動かすとわからなくなるから、と言ったことがあるのだが、ライラは見事というか、昨日使ったものだけを積み方は変えないまま、綺麗に片づけていた。
 私よりも先に起きて朝の支度を済ませたのは見ればわかった。彼女の動きはまるで鳥の羽がひらひら舞うように、重さを感じなかった。
 本物のお嬢様というのはこういうものか、と私は感心しきりだった。以前仕事で西園寺財閥のご令嬢にお嬢様のイロハを教わったことがあるが、ライラは自然体でそれができる。
 小さい頃からよほどきちんと躾けられたのだろう。彼女が怒ったのを一度も見たことがない。そうあるべきと育てられたからだと思っている。
 テーブルを囲んで座る所作もなんというか、面倒くさがらずにきちんとやるのだ。厚い座布団に適当に座る自分と比べてしまい、私は目線を床に落としてやや反省した。
 そういえば彼女は眠ってしまった私にタオルをかけてくれて、その上朝は私よりも早く起きて自分の支度を済ませている。
 彼女なりの気遣いだろうか、それともそうあるべきと思っているのか。いずれにせよ、こうやって他人の好意に甘えられるのも、アイドルになって友達ができたから。
 (今度、何かの形でお礼をしておこう。親しき仲にもというし)
 私は頬がちょっと熱を帯びるのを感じて、少し気恥ずかしくて俯いた。

「「いただきます」」
「ですねー」
 私は焼けたトーストにマーガリンを塗る。ライラはブルーベリーのジャムを選んで、スプーンで少しそれを掬って、小さく塗っていく。
 さっくさくに焦げ目のついたトーストの食感が気持ちよく、私達は一口食べて顔を見合わせ、ニコニコする。誰かと一緒の食事は楽しい。これが少し前であったら適当に栄養バーでも口に入れて終わりだったのだが。
「アキハさん。テレビ、つけてもいいですか」
 ライラが神妙に私に尋ねた。私は返事をする前に、テレビのリモコンを彼女へ渡す。
「どうぞ。今の時間じゃニュースくらいしかやってないけど」
「それでいいのです。少し音があったほうが賑やかで、楽しいでございますから」
『次は特集です。今話題の和のスイーツの情報をお届け。インスタ映えするあんなものも……』
 おおー、と感嘆の声が上がる。始まるのはCM開けらしい。ライラはキラキラした目で私に話しかける。
「ワのスイーツ、気になりますね。ドーナツのことでしょうか。ノリコが喜びます」
 胸の前に両手で輪っかを作って笑顔だ。でも、ちょっと違う。
「ああ、ワっていうのは和風ってことだよ。和菓子を使った、みたいなやつだ」
「そうでしたか。ちょっと間違えましたねー。アキハさんは好きですか、そういうもの」
 んー、と私は少し首を傾げて考えた。特段、意識したことはない気がする。思考の助けにチョコレートでもと思って食べることはあったが、和菓子はあまり馴染みがなかった。
「よくわかんないな。普段あまり食べないし……」
 ミニトマトを口に放り込みながら、目を泳がせる。だが彼女の反応は少々予想外だった。
「おー。おーですね。では今度是非和のスイーツを求めて、遊びにいきましょう。あ、はじまりますね特集」
 ぐっと身を乗り出してきたものだから、私は背中をリクライニングさせたように後ろに傾いた。そう思ったらもう彼女の視線はテレビである。
『今日ご紹介するのはまずはこちらのお店、創業百十年の老舗ですが、若い女の子が沢山訪れています……』
 アイスとわらび餅を使った新作スイーツの紹介だ。商品が紹介されるたび、一つづつリアクションをとるライラである。
 キラキラした瞳と薄く紅を帯びる唇が楽しそうに揺れる。最初に彼女に会った時には、現実感のない整った姿がまさに人形のように見えたものだ。
 彼女の反応は見ていて楽しい。テレビに真面目に返事をしている様子はお人好しというかなんというか。
「みんなで食べに行きたいですね。ナターリアさんとか、レイナとかをお誘いしたいです」
「そうだな……でも、カロリーを摂りすぎるかもな。アイドルとしては気をつけなければ」
 そう言うと、ライラは一気に顔をしょんぼりさせてしまった。首を傾げて両手の人差し指をくるくると糸車を作るように回している。我ながらトレーナーさんみたいなことを言ってしまった。
「いや、その分トレーニングすれば大丈夫だろう。きっちり消費すれば……」
「アキハさん!名案ですねー。いっぱい運動して、たくさん食べると大きく育つでございます。がんばりましょう」
 ……なんだか、この後もこの笑顔に色々流されてしまいそうな気がする。
私がしっかりしたほうがいいんだろうか、と思いつつ、全身からキラキラ光を放つようなその姿を見ていると心が和んだ。

「そういえば、アキハさん。私ちょっと考えましたですね。昨日のお話ですけどー」
「おお、何かアイデアを思いついたのか。流石私の相棒だ」
「えへへーですね。えーと、昨日は私がお姫様をやる、というお話でございましたね」
 次のライブは複数のユニットが出演する比較的大きなステージだ。そこで、演者である私達にもある程度、演出に裁量を持たせてくれることになった。
 テーブルに出しっぱなしであった資料類は、ライブに向けてのアイデア出しのためのものだ。今まで私が制作したロボ類なども使えないか検討していた。
 ライラにはもう一つ、ソル・カマルという大事なユニットがある。ブラジル出身のナターリアと組んだ、ミステリアスで美しい二人の魅力を引き出すユニットである。そのユニットで以前使った衣装を流用して、お姫様役をできないかと思ったのだ。
 そして、同じく以前に事務所の先輩である安部菜々さんに提供したロケットも使い、ステージを月面に見立てて演出しようというものだ。
 月の姫に扮したライラを、ウサギの執事である私が迎えにいくというストーリーを仕立て、歌と踊りで楽しませようというアイデアである。
 大がかりなようだが多くの舞台装置を流用できるから、とりあえず提案してみようと思っていた。
「それなのですがー、アキハさんにお姫様をやってもらいたいなと思いますのです」
「……え?私が?お姫様を?マジで?ほんとに?」
 私は目を丸くして停止した。非常停止ボタンを押されたかの如く固まって視線を正面に向けたままになっている。いやいやいや。そんな柄じゃないって。アイドルたるもの日々挑戦……と思ってはいるが、こっ恥ずかしい気持ちがまだ勝る。
「マジのマジでございます。アキハさんならきっととびきり可愛いお姫様になれますですね。よいアイデアですねー」
「待って待って待って。その、なんで?り、理由は?そのなんだ、科学的な解説をお願いしたいぞ」
 声が思わず上ずった。我ながら科学的にというのはおかしいと思うのだが、物事に理屈を求めるのは発明家の性だ。多分。
「んー……そうですねー、ライラさんはこう思います」
「うん」
「迎えに行く練習をしたいのでございますね。ライラさん、いつも誰かに迎えに来てもらってました。待っていればパパやママが来てくれました」
「わたくし、日本に来て、初めて大切な友達ができました。事務所の皆さんも本当によくしてくださいますですね。でも」
 少しだけ彼女の笑顔が陰ったように見えて、胸がぎゅっとする。   ……それはずっと続くわけではない。わかってはいるのだ。私が大好きな父親との時間が永遠ではなかったように。
 彼女もいつか、自分の境遇と向き合う日が来る。
「……ライラは、故郷に帰りたいと思うか?」
「いいえ。今は日本で暮らすのがとても楽しいです。メイドさんも、プロデューサーさんも、アキハさんもとっても大事です。だから」
「私が迎えに行きます。その日が来たら、私の足で皆さんのところに行きたいのです。アキハさん、ダメでしょうか」
 私は正直面喰らっていた。普段はぼんやりしてるように見える彼女がこんな風に考えているなんて、思ってもみなかったからだ。
「……私はライラと離れたいなんて思ってない」
 意地が悪い返事だ。でも私の中ではそれを確定させたくなかった。いつかくるものから目を逸らしてるだけだとしてもだ。
「アキハさんは優しいのでございますね。わたくし、日本が大好きでございますし、たくさんのものをいただいてますね」
「わたくしの居場所はやっぱりここだと思います。この先何かがあっても、必ず戻ります。この気持ち、忘れないようにしたいのでございます」
 彼女は少しだけ、語気を強めた。柔らかな表情を崩さないまま、その視線は私を真っすぐ見つめていた。
「そうか……もし、自分で戻ることが出来なければどうする?」
 言ってからしまった、と思った。この質問はきっと無神経だ。彼女の触れられたくないところかもしれなかった。だが、ライラはパッと目を細めて笑う。
「その時はアキハさんが。ダメなら、プロデューサーさんが迎えにきてください。待つのは慣れてるのでございます」
「それだけではありませんね。ナターリアさんも、フォー・ピースのみんなも。一緒にキャンプのお仕事をした皆様もいますから。心配ご無用ですねー」
 それを聞いて、私は肺から一気に空気を吐いた。彼女は周りをちゃんと信頼しているのだ。じゃあ、私も信頼しないとダメじゃないか。
「ごめん。ちょっと怖かったんだ。……その、大事な人がいなくなるのを想像するのは、心細くなる」
「わたくしも同じです。それを乗り越えるのは、勇気でございます。アキハさんと一緒なら、辛いことは半分、おいしいことは倍でございます……おいしいで合ってますかね」
 私は思わずクスリと笑う。わからない、という顔の彼女がとても愛おしく見えた。
「大体、合っているさ。わかった!この天才池袋晶葉の辞書に不可能の文字は可能な限りないのだ。どんな役でもこなしてみせるぞ」
 二人しかいない部屋にライラの拍手がぱちぱちと響いた。ステージの万雷の拍手もいいが、私だけに向いた親友の拍手はそれにも匹敵する。
「あ!アキハさん、そのまま。ストップです」
 急にライラが手のひらを私に向けて、動きを静止させた。そのまままじまじと私の顔を眺めて、何やら考え込むような顔をしている。
 彼女は私の背後に回り込むと、両手を胴に回して抱きついた。急なスキンシップに理解が追い付かない。
「えへへー。アキハさんの身体、暖かいでございます。それにいい匂いがしますね……」
 いきなりである。私は正直少し戸惑った。彼女の腕は細く、寄りかかる身体は少し骨の固さを感じさせた。細っこくてすぐに壊れそうな、繊細さがそこにあった。
 彼女の吐息が少し耳にかかって、身体がぞわぞわした。待て、私にはそっちの気はないぞ。少なくとも今はない。
 しかし次の瞬間、彼女はパッと離れた。そして、私の頭のツインテールを触り始めた。
「アキハさん、ちょっとツインテールの位置がずれてますね。左側が少し高いです。わたくしが直しますから、そのまま動かないでいてくださいまし」
 彼女の細い指がするすると私の髪の毛を整えて、あっという間に結び直した。
「はい、できましたですね。さっきよりも、もっと可愛くなりましたですよ。……どうしましたか、アキハさん。固まってしまいましたね」
「え、いや、いきなりだったからびっくりしてしまったぞ。ともかく、よく見てくれていたんだな。その、助かる」
「はい。ライラさん、実はちょっとお姉さんみたいなことをしてみたかったですね。妹のアキハさんもいいと思います」
 なんともまあ、頼りになるのかならないのかわからない。でも、こんな姉なら悪くないと私は思った。


「……というわけで、わたくしのイメージとしてはこの漫画のようなものですねー。髪型は三つ編みをシニヨンにして、後ろでまとめてはいかがでしょう」
「なるほど、フランスの近衛兵か。ベルばらというやつだな。それで私はどうする。同じようなイメージに合わせた方がいいだろうか?」
「アキハさんのカラーをたくさん出したほうが目立ちますねー。こういうのは……」
「そうだ、ウサちゃんロボにも騎士の衣装を着せよう。ライラと同じ衣装を用意して一緒に登場すれば盛り上がるぞ」
「ではアキハさんのドレスは白衣をアレンジしてはいかがでしょう。きっと似合うでございます」
 その日は結局、昼まで私達の話し合いは盛り上がった。本当に集中していると時間を忘れる。発明と同じだ。



 後日。私達の考えたアイデアをまとめて、プロデューサーと検討してみることになったのだが。
「騎士の衣装ならこのゲームみたいなやつはどうかな。ほらこれカッコいいでしょ」
「晶葉さんになら蒸気公演で使った衣装の小物を使うのはどうでしょう。時計とか、歯車がきっと似合います。帽子とかもありましたよね」
「機巧の姫を守るは美しき碧眼の騎士!我が堕天使の輝きが汝らの力になろう!(楽しそう!私も混ぜてください!)」
「騎士……ナイト。お姫様を守らナイト。ふふっ」
 ……私達の用意したアイデアノートに仲間のアイドル達が群がっている。みんな思い思いに意見を言ってくれるのはいいのだが。
「……これはきっと纏まらないぞ。船頭多くしてなんとやらだ」
「そうですね。でもアキハさん、嬉しそうでございます」
 私のニヤついた顔を見て、ライラは不思議そうに言った。
「アイデアは思いもしないところから出るものだからな。発明と一緒だ」
 私はペンとメモ用紙を取り出し、みんなが出してくれるアイデアを次々に書き留めていった。
 そのアイデアに、一つ一つの意見を書き足して図にまとめていく。
 書き留めたメモ用紙はやがてアイデアの紙束になり、その厚みは華やかなステージを予感させた。
 ホワイトボードにはいつの間にか、私達のアイデアが詰め込まれた衣装の予想図が描かれていた。
「これはまたごちゃごちゃだな。これを全部詰め込んだら衣装が重いんじゃないか?」
「皆さんのアイデア、ありがたいですねー。アキハさん、プロデューサーさんもきっと驚きますね」
 私は彼女の顔を見て頷いた。まだ形になるには程遠いが、きっと良いものにできるはずだ。
「そうそう。アキハさん、これを見てください。じゃーんでございます」
 ライラがポケットから取り出したのは一枚のチラシだ。そこに載っていたのは先日テレビで見かけた和菓子のお店だった。
「あ、これこの前の……すっかり忘れてたな。なになに、春のスイーツフェア。新作アイスが今だけ割引……」
 私が読み上げると、あれこれ好き放題に話し合っていた周囲のみんなが一斉にこちらに注目した。
 ステージの上でもないのに視線を一身に集めてしまった。みんな、興味津々という様子でこちらへ歩み寄ってくる。
「皆さん、甘いものが好きですか?よければ、レッスンの後にこちらへ行きましょう。ライラさん、みなさんと食べるアイスは大好きですから」
 笑顔で音頭をとりはじめたライラを横目に、こちらもつられて笑顔がはじけた。
 ……思ったより大人数でのお出かけになりそうだ。だが、それも悪くはない。一人よりも、みんながいい。
「プロデューサーも誘って皆で行こう。そのために沢山レッスンしてカロリーを使うぞ。えいえいおーだ」
 えい、えい、おーの掛け声が揃って上がる。さあ、やることがいっぱいあるぞ。寂しいなんて、思ってる暇はないくらい。


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