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『陰でじゃないほうの田口って呼ばれてるらしい』の回

自分は今まで生きてきて、同じ所属集団に自分と同じ名前の人がいた経験がないから、名前が被るといった感覚がよく分からない。佐藤に山田に田中といったよくある名字の人たちは、事あるごとに自分と同じ名字の人と出会っては互いにほんのり意識し合ってきたのだろう。そんなことを想像するが、いざ友人の佐藤、山田、田中に『自分と同じ名字の人って、やっぱりなんか意識する?』なんてことを聞いたことはない。佐藤や山田、田中側じゃないわたしたちは、勝手に2人の佐藤それぞれを区別するために、例えば「大きい方の佐藤」だとか「賢い方の山田」だとか「元気な方の田中」だなんて言ったりする。そんな風にして区別されている当の本人たちも自分たちで自分のことを「おれはイケてる方の佐藤」だとか「おれはムキムキの方の山田」だとか「おれはチャラい方の田中」だなんて心の中で思ったりするんだろうか。なんとなく被りやすい名字の人たちは、あまり被らない名字の人たちよりも、自分のキャラと向き合わされる機会が多いのかもしれない。

そう思うと佐藤どうしの仲がいいとか、山田どうしで親友だとか、田中どうしではしゃいでるとかあまり見たことがない。「明日、田中と中田と3人で遊ぶけど田中も来る?」と同じ仲良しグループに田中がいる田中が誘われているところを見たことがない。あかん、意味分からん文を書いた。まあ要するに、同じ名字だと妙に互いを意識してしまい仲良くなりづらいこともあるんじゃないか。普段、友人間でどっちがイケてるだとかはあまり意識することはないが、名字が一緒になってしまうと、それとなく自分たちの間でどっちが上の佐藤であるかを意識してしまうのではないか。それ故にあまり仲良くならないみたいなことも起きたりして。なんてことを考えたけれど、せいぜい高校の1クラスにいる男子の数は20名くらいで、そこで同じ名字の生徒なんて最大3人、大抵は2人くらいだろう。仲の良いグループがだいたい3、4人編成になると考えたら、佐藤どうしが一緒のグループになること自体がそうそうあることではないのかもしれない。

たまたま2人の名字が同じ佐藤なだけで、これがもし永井と牧山だったら、こんなに比較されることはないのだろうな、という当たり前のことを、なんだか妙な感覚を抱きながら考えてしまった。別に平等を主張したいわけではなくて、名字が同じだから比較してしまっているけれど、名字が異なっていたならばそもそもその2人を結びつけることすらなかったんじゃないかと。そう考え出すと、名字が同じって大したことではないように思えてきた。う〜ん、この感じが上手く伝わっていない気がする。こういうときは逆に考えよう。永井と牧山が互いに別のグループに所属していたとするならば、その2人のどっちがイケてるかをあえて比較することはそんなにないだろう。しかし、それが同じ名字の佐藤どうしになるだけで、互いに別のグループに所属しているにも関わらず、やたらとその2人は比較されることになるだろう。でもさ、別に2人の名字が一緒なだけやで?ってことです。これ逆に考えることができてる? もう一回同じことを言っただけじゃない? まあいい。

同じ名字どうしの人物のように意識的に個性を区別をされてしまうのとは反対に、個性をまとめられるといったこともある。アイツらは印象が薄いだとか。でも、今まで出会ってきた印象の薄い人たちは、誰一人として全く同じ印象の薄い人として被っていることは決してない。印象が薄くてもAさんにはAさんなりのオーラがあるし、BさんにはBさんなりのオーラがある。別にAさんとBさんはどっちがどっちでもよくて、交換可能な存在であるなんてことはない。そういう意味では我々は別に個性的であろうなんて思わなくても、充分確固たるひとりの人間として存在している。あいつ地味やなあなんて言われたって、地味は地味でもそいつなりの地味さがある。だからわざわざ区別しなくても、自然とそれぞれ違う人間だと認識できる。そのはずであるが、この世はキャッチコピーやキャッチフレーズに溢れている。M-1でもエンタの神様でも爆笑レッドカーペットでも各お笑いコンビにキャッチフレーズが付けられている。さらには映画のポスターや本の帯などにも。できるだけ短時間で分かりやすく伝えることが正義になったこの社会では、わたしたち人間も早々に『コイツはこういうやつやな』といった判決を下されることもある。だけどさあ、もっと時間をかけて互いのことを分かり合おうよ。無理やり急いで仲良くなったり、アイツは違うと早々に見切りをつけたりするのはやめようよ。時間をかけて気が合うかを確かめ合えばいいではないか。「人は見た目で決まる」なんて言うけれど、正確には「人は見た目で決める」だろうよ。決まるじゃなくて、そっちが勝手に決めてんねやろと。わたしはそんな風に思ってしまう。


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