かぐや表紙NOTE

第4幕 第2場 竹取の翁の家

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宵の口。
上手に一間、奥へと続いている。中央と下手は庭。前栽、置き石などが見える。舞台後方に築地(ついじ)、その向こうは竹林。
庭の部分にスポットが当たっている。庭では、翁、高野の大将はじめ侍達が数名、ものを食いながら談笑している。築地(ついじ)の上にも侍の姿。侍女たち、給仕している。
犬の鳴き声。
竹林にかかる――望月。

侍A  おおい、こっちにも茶をくれないか。

翁  はい。ただいま。( 侍女を指図する)

侍B  こっちも一つ頼みます。

侍C  こっちもだ。

   はいはい。みなさん、そう急きなさるな。お茶はたんと用意してあります。いくらでもおかわりしてくだされ。

大将  ( 一口飲んで)実に有り難い。宮中でも貴重この上ない茶というものを、まさかここでいただけるとは思わなかった。さすが竹取の翁殿。聞きしにまさる長者ぶりですな。

  なんのこれしき。家内が舶来びいきでござりましてな。太宰府の知り合いを通じて宋国より取り寄せたのでござります。この茶というもの、もとは地面より生えておる草の類でして、立春から数えて八十八夜の頃に摘んだ嫩葉(わかば)に湯を注ぐと、このような翡翠色した香り高い飲み物になるのですじゃ。何とも言いようのないゆかしい味わい。宋国では心を落ち着かせる薬として重宝されておるようです。その上、これを飲みますと不思議なことに目が冴えてくるのでござります。飲めば飲むほど眠気が失せる。こうした非常の折にはもってこいの飲み物というわけでござります。

大将  なるほど。そのような効き目が・・・。確かに頭がすっきりして心が落ち着いてきた。戦さ前の余計な気負いが抜けていく。みんな、そうではないか。

侍達  ( 口々に)本当だ。胸がスッとする。この渋さがまたいい。力が湧いてくるぞ。オレもだ。

大将  よいか。宮中に出入りしている殿上人でさえ、めったに味わえぬ有り難い飲み物だ。ようく感謝しておしいただくのだ。翁殿の期待に背かぬよう、平常心を保ち、一致団結し、月から来る男どもを迎え撃とうではないか。

侍達  おお!

侍A  ( 椀を差し出して)そうと決まれば、もう一杯!

一同、笑う。

翁  頼もしい方々じゃ。わしもあと十年若ければ一緒に戦ったものを・・・。( 大将に)ところで、お伝えしておいたほうがよいかと思います。娘の申すには、月からやって来るのは男ではなく女ども、それも天女だというのです。

侍達  ( 驚いて口々に)女だと! 冗談じゃない。女相手に戦さができるか! 話にならん。

大将  翁殿。本当ですか、それは?

  実際に現れてみないことには何とも。娘の話もどこまで本当だか知れません。一応お耳に入れておくばかりですじゃ。たとえ、女が相手だとしても、どうかお気を抜かずに成敗してくだされますよう。

大将  心配ご無用。女の姿をしていようとも、この世の者でない以上、敵にかわりはない。

侍A  なに。月の者か火星の者かは知らないが、しょせん女は女。女をやっつけるのに弓矢は要らぬ。オレの刀の一振りで腰も抜けるほどひいひい泣かせてやるさ。

侍B  おぬしのモノで役に立つか?

侍C  いざとなったら鞘から抜けずじまいと違うか?

侍達、笑う。

侍A  ( 怒って柄に手をやり)なんだと!

大将  ( いさめながら)まだ女と決まったわけではない。早合点するな。

侍A  まあ、美女の群れが拝めたら、それはそれで結構なことだ。

  ( 満足げに)頼みましたぞ、みなさん。敵をやっつけていただいたあかつきには、今度は琵琶湖が干されるほどの酒を振る舞いますからな。男の何たるかを見せてやってくだされ。武士の力を存分に示してくだされ。

大将  翁殿。まかせるがよい。武力こそ、この世のすべて。武力の前にはあらゆる者がひれ伏すのだ。

庭を照らすスポット、一段暗くなる。
上手の部屋、明るくなる。屋の奥より夢円法師、続いて媼、盆を持った侍女、登場。

媼  さあ夢円さま。こちらにお座りくだされ。お茶でのどを潤してくださいませ。

侍女、夢円の前に椀を置いて退がる。夢円、椀に口をつける。媼、扇を広げ夢円を扇ぐ。

夢円  あ、いや、結構。

  ( 扇をたたんで)ただ今の夢円さまの念仏を聞いて大層心強い気がいたしました。無知なもので何を言っているのかよう分かりませんものの、言葉の調子の尊さと素晴らしいお声に、すっかり心を奪われてしまいました。言葉の一つ一つが小さな仏様のお姿となって宙に漂うのが見えるよう。ほんにありがたいことです。

夢円  南無阿弥陀仏、と申しましてな。阿弥陀仏すなわち御仏にすべてをおまかせしなさいという意味です。我らが先達である空也上人は「ひとたびもこれを唱える者の蓮の上にのぼらぬはなし」 そう説き歩いておられました。

  まあ一回でいいんですか? 南無阿弥陀仏と言うだけで? なんて簡単なんでしょう。

夢円  極楽へ至る道は長く険しい道。そう簡単には参りません。思うに、空也上人はそう説いて回ることで、荒んだ民の心にいささかなりとも仏心を植えつけようと思われたのでしょう。嘘も方便と申しますから。

  そうなのですか。方便なのですか。

夢円  ( うなづいて)いかに空也上人とて自ら極楽を見てきたわけではありません。この世でいかに身を処せば極楽往生できるのか、本当のところ誰一人知らぬのですよ。それ故、俗世間を捨てた者たちですら、迷いが尽きないのです。

( 庭より笑い声が起こる)また外はずいぶんとものものしいですな。

  ( 外を窺って)はい。帝のお心遣いで二千と五百のお侍さまが邸(やしき)を守ってくれています。私どもだけではとてもこうまでは・・・。ほんにありがたいことです。

夢円  かぐや姫への帝のご寵愛をとやかく申すつもりは毛頭ありません。ですが、武力がどれだけ役に立つか・・・。

  とおっしゃいますと?

夢円  相手はこの世の人間ではない。いうなれば物の怪のようなもの。物の怪を退治するのに侍を呼ぶ者がいるでしょうか。僧を招(よ)んで加持祈祷するのが世の習いではないでしょうか。無理が通れば道理は引っ込むと申しますが、その逆も言えます。世のことわり、自然の逆らいがたい掟を諄々と忍耐強く説き聞かせることにより、力では屈しぬ相手を改心させる。それこそ真の勝利、仏のご加護というものです。

  言われてみればそのとおり。これだけの固い守りにも娘がいっこうに安んずる様を見せないのが気がかりなのです。夢円さま。なにとぞお願いいたします。あなたさまの素晴らしいお力で、かぐやをどうかお守りくださいませ。

夢円  ( 手を合わせて)南無阿弥陀仏。御仏にすべてをおまかせしましょう。

帝の到着を告げる先払いの声に舞台全体が一様の明るさになる。地面にひれ伏す翁、大将、侍達。縁に出て座礼する媼、夢円。
帝、下手より侍数名を従えて登場。

  ( あたりを見回して)蟻の這い出る隙間もない。皆の者、ご苦労である。大将よ、抜かりはないな?

大将  はっ。いつ何時でも敵を迎え撃つ用意はできております。

  うむ。( 連れてきた侍達に)おまえ達も守りに加わるのだ。

侍達、一礼して客席のあちこちに散る。

  ( 客席を見回して)これでよい。( 築地の前の大きな岩に気づいて)おや、この岩は邪魔になろう。片づけるがよい。

大将  はっ。それが、先程数人で持ち運ぼうと試みたのですが、どうにも動きません。

夢円  それがしがやってみましょう。( 縁から下りて岩の前に進む)皆さん、少し離れていてください。( 数珠をまさぐり念仏を唱え)やっ!

岩、砕ける。
一同、驚きの声をあげる。

夢円  さあ、これで運びやすくなったでしょう。

  なるほどあなたの評判に偽りは無かった。驚きもさることながら、今はあなたを味方に得た嬉しさをひしひしと感じる。

夢円、礼をする。

  ( 驚きから覚めて)いや、なんと素晴らしいお力でしょう! すっかりたまげてしまいました。まったく心強いことですじゃ。

媼  ( 手を合わせ拝んで)南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。仏様の測り知れないお力をこうして拝見しました上は、私も帰依しとう存じます。

大将  信じられん。信じられんことだ。

侍達、驚きの態で岩の破片を運び去る。

  媼よ。姫はどうしておられる。

  はい。女たちとともに奥の間に。三日前より物をいっさい召し上がらず、ろくろく寝てもいないのです。それだのに、美しさはいや増すばかりで何やら恐いよう。明かり取り一つの部屋が、家のどこよりもキラキラしく目映ゆいのです。実の親の私でさえ、近寄りがたい気がします。

昨日まではそれでも、私どもの姿を見ては嘆き、陛下からのお便りを何度も手に取っては涙を落としていたのですが、今日はどうしたというのでしょう。 朝から一つところにじっと座ったきり、遠い目をしてぼんやりしているのです。これだけの固い守りに仏の力まで得て、恐れることなど何もないはずですのに、あの娘の心ばかりはすでに空へと行っているようで、私は・・・( 泣く)

翁  陛下。どうか娘をお力づけくだされ。月の使者など恐れることはないのだと仰ってやってくだされ。

  ( うなづいて)さあ、皆の者。おのがじしやるべきことをやるのだ。人の力の偉大さを今こそ示すのだ!

一同礼をする中を、帝、翁媼とともに屋の奥へと退場。

( 暗転)


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