かぐや表紙NOTE

第3幕 第1場  竹林

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夜。
竹林を照らす望月。フクロウの声。

中臣  ( 舞台外から)おーい、おーい。大君さーん。聞こえますかあ? 聞こえたらご返事を。おーい、おーい。

( 辺りを見回しながら登場)ダンナあ、どちらですかあ? もしもーし。

( 舞台中央へ)チェッ。はぐれてしまった。言わんこっちゃない。とっとと馬に乗っけて連れて帰れば良かった。

だいたい時の帝が先払いも護衛もなしに、女のところに通うっつーだけでも前代未聞のことだのに、「今宵は月がめでたい。月を見ながら歩いていきたい」だなんて。まったく正気の沙汰じゃあない。こちとらがちょっと用を足してる間にどっかに消えちまった。

おい、お月さんよ。あんたのせいだぜ。あんたを見つめすぎて、おいらがダンナはおかしくなっちまったんだからな。

しかしダンナもお好きだよな。弟の四十九日も明けてないってのに、これで( 指を折って)ひい・ふう・みい・よう・・・七度目じゃないか。すました顔して、実はムッツリ助平だったのだ。ふさぎ虫のさなぎが孵って、極楽トンボになりやがった。ハッ。今じゃどうだ。寝ても覚めても女のことばかり。何を聞いてもうわの空。センス抜群のおいらのジョークにもニコリとしない。おいらをとみに煙たがる。

いい加減、周りも不審に思っているだろうさ。お后だって、ひと月以上も夜のおつとめ無しじゃ苛立ちもするよな。下々の欲求を満足させてこそ、上に立つ者は威張っていられる。夫婦円満、国家安泰の秘訣はともに同じ。下の乾きを適宜潤してやることなのさ。下の口が渇けば上の口が滑らかになるのが女という生き物。よそに女がいるのでは、と下手な邪推もしようもの。これがたいてい当たっているから始末が悪い。

かぐや姫のところにダンナが通っていることを知ったら、お后はどう出るかな? ヒステリー起こすだろうな。嫉妬深い上に、弟をコケにされた恨みもあるからな。当然左大臣にもばれる。そしたら、監督不行き届きを責められるのは、このおいらだ。

( 左大臣のまねをして)「何でおまえがそばに就いていながら帝をお止め申さない。こともあろうに、そんなしづが女のところにお連れするとは。これはゆゆしきことぞ! けしからん! おまえはクビだ! クビだ! 打ち首だ!」( 自分の首を絞めて倒れる)

おお、こうしてはおれん。早いとこダンナを見つけ出して、首に縄かけてでも連れて帰らなきゃ。お月さんよ。あんたも協力してくれよ。しばらくは雲に隠れんぼなどするなよ。

( 歩き出す)おーい。ご主人どのー。こちら中臣、応答セヨ。おーい、おーい。

( 退場)

月、皓々と舞台を照らす。

  ( ふらふらとさまよい出てくる)どうやら迷ってしまったらしい。中臣の姿が見えぬ。もっとも、あやつには閉口しているから、いっこうかまわぬが。あの嫌味たらしいバカげた物言いと、小姑のように訳知りな目つきがうっとうしくてかなわん。こうして内裏を抜け出す役には立ってくれるから、仕方なく使うてはいるが、しばらく遠ざけておきたいのが本音。ま、そのうち探しに来るであろう。

( 辺りを見回して)それにしても、月を浴びた竹林とは何ともすごい眺めよな。昼は凛と清らかに、うるわしい若武者の隊列を思わせるのに、今はどうだ。清らかさはそのままに何やらえらく神秘的。太古の物語を囁きかけてくるような気がする。

( 空を見上げて)あの月のせいだ。いったい何という白さ。何という神々しさ。夜空に浮かんだ真珠の珠。つい魅入られてしまう。

( しばらく月を眺めている。ため息を漏らし)おお、かぐや姫。不思議な人。会えば会うほど謎めいて、知れば知るほど分からなくなる。もう幾たびお会いしただろう。その間に月は満ち、欠けて地平に姿をくらまし、こうしてまた満ちて天を統べ給うているのに、あなたの謎は深まるばかり。几帳の陰よりかいま見る類なき顔(かんばせ)。玲瓏たるお声。聞くものを瞬く間に幽玄の世界に引きこむ琴の技(て)。あなたが噂どおりの、噂以上の麗人であることはこの目で確かめ、この耳で知ったというのに、知ったことが少しも安心を与えてはくれぬ。文を送れば返事もくれる。こうして訪(おとな)えば会うて言葉も交わしてくれる。だのに、契りを結ぶことは許してくれぬ。そうよ、そのつれなさこそ、私の心をさいなむ刺草(いらくさ)の棘。

何を恐れて私を拒む。私はこの国の主人(あるじ)。アマテラスの末裔。天が下のことはすべて私のしろしめすところだというのに。身分の違いか。それならば今すぐに翁に位を授け、貴族の列に加えよう。后(きさい)の嫉妬を恐れてか。たとえ後宮に百人の女を住まわせようが、誰に文句が言えよう。嫉妬したところで、何ができるわけでなし。あなたが入内(じゅだい)したら、他から恨みを受けぬよう大切に守ってゆきますのに。

よもやあなたは、私の心変わりを心配しているのか。それこそ笑止千万! そもそも色恋は私の興味の外(ほか)。年端もゆかぬ太子の頃こそ奔馬の如く荒れ狂う若さにせっつかれ、女を欲望しもしたが、それは恋とはほど遠いもの。手にすればすぐに醒めてしまうのだ。いや、それともやはりそれは恋だったのか。望めばたやすく手に入るがために、幻想の抱きようがなかっただけなのか。私の身分が私の恋の邪魔をするのか。だとすると、かぐや姫よ。こんなにもあなたが恋しいのは、あなたが私を拒んでいる、まさにそのためなのか。

いいや、そんなはずはない。あなたはあきらかに他の女とは違うている。汲めども尽きぬ井戸のような、合わせ鏡を覗いたような、不思議な底知れぬ魅力をたたえている。あなたほど心の通じ合うた女もまたいない。あなたと話していると、私の言葉の一つ一つが、透明な水の中にすうっと溶け込んでいくような気がする。そうしてあなたの言葉もまた私の心の隅々まで快く沁みわたり、硬くこびりついたしきたりの殻を洗い流してくれる。あなたに会うたび、新しく生まれ変わるのだ。

今宵はまたどうだ。几帳ごしに話すもどかしさにどうにも堪えきれず、そっとお側に忍び寄ったところが、あなたの姿は煙のようにかき消えていた。つかんだのはただ脱ぎ捨てられた唐衣ばかり。まるで物の怪にあったような心地がした。( ブルッと震える)

ふうー。どうやら竹の香に酔ったらしい。月の光を浴びると気がふれる。誰ぞそんなことを言っておったな。私は妙な気分がする。しばらく休んでいよう。

竹の根元に座り、目を閉じる。
しばらくすると、琴の音が微かに流れてくる。
琴の音、だんだん大きくなる。

  ( ハッとして)姫? かぐや姫か?

立ち上がってあたりをキョロキョロ見回す。
月が一段と明るさを増し、女達の笑い声が聴こえてくる。

  誰? 何者だ! おお、月が! 何と輝かしい! まるで昼のよう。

竹林より竹の精( 遊女)とおぼしき現れる。あるいは大傘を、あるいは鼓を、あるいは笛を手に持ち、みな薄い着物をまとっている。楽しげに笑いながら帝の手を取り、琴の音に合わせて舞い踊る。帝は夢見心地のまま、一人の手からもう一人の手へと。からかわれているかのよう。
この間、月は満月から寝待ち月を経て、新月となり、新月から三日月を経て、満月へと変化する。竹もまた紅葉し、新しい葉に移り変わる。
鶏鳴。
琴の音が止み、竹の精( 遊女)は消える。空明るくなる。
帝、一人残され、ぼっーと突っ立っている。
再び、鶏鳴。

   ( 我に返り)ここは? 私は一体?

( 落ちている傘を手に取る)姫! かぐや姫! 夢か・・・私は・・・。


( 暗転)


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