かぐや表紙NOTE

第4幕 第1場 宮中の某所

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夕暮れ。背景の空が朱い。
帝、武装した高野の大将より報告を受けている。

大将  仰せのとおり、左右の近衛(このえ)、左右の衛門(えもん)、左右の兵衛(ひょうえ)の六衛府より、併せて二千の兵を集めましたほか、都中の検非違使(けびいし)より剛(ごう)の者五百を選びより、竹取の邸(やかた)に遣わしております。

この二千と五百の兵を五つに分けまして、邸の東西南北をそれぞれ五百ずつで固め、残る五百を廷内にくまなく配置し、十全に警戒させております。兵どもは弓胡簶(やなぐい)はもとより、みな太刀を腰に差しております。とくに力のある五十の者には、空との戦に備え、四町先の的を射抜く強弓(こわゆみ)を持たせております。いかな百戦錬磨の武将といえど、これだけの固き守りを破って押し入ることはできますまい。憚りながらこの高野大国(おおくに)が保証いたします。

  高野の大将よ。そちの東国での手柄、今さら言い立てるまでもない。地方の豪族どもの反乱を見事に抑えたそちの力量、何より信頼している。力を持って力を制す。これからは武士の時代が来るのかもしれない。武力がすべてを決する時代が・・・。

だが、大将よ。今度(こたび)の相手は人間ではない。月の都に住まう得体の知れぬ族(やから)だ。どのような武器を持って闘いをしかけてくるか皆目分からぬのだ。油断は禁物ぞ。廷内に配した五百のうち、百を屋根に、二百を築地(ついじ)に上げるのだ。空からの攻撃に備え、今のうちに楯の向きを変えておくがよい。

大将  はっ。仰せのとおりに。

  それで・・・翁たちの様子はどうであった?

大将  ここに文を預かっております。( 懐より結び文を取り出し帝に献上す)

翁殿には意気軒昂のご様子。自らも兵に混じって戦いたいと息巻いておりましたところをどうにかなだめ、陛下ご到着の支度に専念するよう申し渡しました。媼殿は昼つ方より女どもと邸(やかた)の一等奥まった部屋に籠もり、かぐや姫を見守られております。周囲を壁で塗り込めたその部屋は、普段は蔵として使っているところで、小さな明かり取りが一つついているきりです。一つしかない鉄の扉には頑丈な錠が下ろしてあります。私もしかとこの目で確かめましたが、あれなら大江山の鬼とて押し破るのは不可能でしょう。

  よかろう。引き続き指揮を取るがよい。

大将  ( 頭を下げて)はっ。

大将、下手に退場するところ、夢円法師を連れた貴族A、Bとすれ違う。大将、立ち止まり礼をする。貴族Bは鼻にもかけない様子。貴族Aは、去っていく大将の後ろ姿を悩ましげな目つきで追う。帝は文に目を通している。

貴族B  ( ちらと振り返って)ふん。風流を解さない無作法な輩(やから)がずうずうしくも・・・。

貴族A   まさしく。もの騒がしきご時勢かな。しかし、なんとも逞しい容子をしていましたな。二の腕などこんなに太い。全身に若さと力が漲って、気負されんばかりでした。

貴族B  またあなたの悪い癖が・・・。あのような無骨者を相手にしたところで歌が詠めるわけでなし。面白くもなんともありませんよ。

貴族A  いかにも。私はまだまだ悟りには遠いらしい。のう、夢円殿。

帝、三人に気づき、文を畳んで袂に納める。貴族A、B、礼をする。

  おお、そち達か。( 夢円を見て)そこにいるのは・・・?

貴族B  こちらが噂に高い夢円法師殿でございます。このたびの一大事、及ばずながら私共にも何かできることはないかと思案しまして、夢円殿の並々でない法力こそ、と思いついたのでございます。

貴族A  夢円殿は皇后さまのご依頼で関白殿ご病気平癒のご祈祷に入られるところでした。そこをたってお願いいたしまして、今宵ばかりの猶予を得たのでございます。敵は人間ではないと聞きました。人の力なら人の力を持って打ち破ることもできましょうが、人でない者の力には、こちらも人界を越えた力で対処しなければなりますまい。夢円殿の法力こそ、まさに奇跡と呼ぶにふさわしいもの。武装した侍どもにまして頼りになること間違いございません。

  好意ありがたく受けよう。確かに武力だけでは心許ない。夢円よ。そなたの噂は聞いている。深遠な言葉により人心を捉え、火を操る風のように、民衆をなだめるも燃え立たせるも思いのまま。比類ない法力によりて数々の奇跡を行い、貧しき者病んでいる者の崇拝をもっぱらにしている。空海上人の再来と言う者もいる。

今必要なのは奇跡。そなたの言葉と法力とで、月から来る魔物を退治してもらいたい。

夢円  ( 礼をして)陛下。言葉とは真実の衣、法とは真実の理にほかなりません。それがしの言葉が人々を動かしたとすれば、それは彼らがそこに真実の匂いをかぎとったからでしょう。それがしの法力が奇跡と騒がれるのは、自然の理を見抜けぬ者がいかに多いかの証明でしかありません。

必要なのは真実です。それがしにできるのは、真実の教えによりいつわりを退け、自然の奥深い力をそのままにあらしめることです。

  それを聞いて安心した。月の使いがかぐや姫を連れていくのは、まさに自然に反する行い。そなたの真実が必ずや阻止してくれよう。

夢円  ・・・・・。そのかぐや姫というお方にはいささか思うところがございます。

貴族B  もしや会ったことがあるのですか、夢円殿?

夢円  いいえ。ただ、この世のお方でないことは前々より感じておりました。かぐや姫に会した者はみな不思議な光を身にまとっています。銀色に輝く強い光を。

( と帝を見る)

貴族A  さすがでございますな、夢円殿。会ったことのない者の正体をお見抜きなされるとは。

  ( 自分の回りを見て)なるほど。そなたの目には常人(ただびと)には見えぬものが映るらしい。その常人(ただびと)離れしたところが頼もしい。今宵一晩、竹取の邸(やしき)を守ってもらいたい。

夢円  御仏のご加護のままに。

貴族A、B、夢円、礼をして去る。

  ( 呼び止めて)夢円よ。そなたの真実とは?

夢円   無。ただこれのみです。( 退場)

  無・・・・・か。それならば私もよく知っているような気がする。いや、今の私にはかぐやがいる。かぐやが私の神であり仏であり、真実なのだ。あの法師の力は噂どおりであろうか。この際、わらにも縋りたい心境ではあるが・・・。( ふと笑って)おかしなものだ。これまで加持祈祷の類いはいっさい信じなかった私が・・・。

( 袂より文を取り出して読み返す)おお、かぐや。あなたはこうして別れることばかり嘆いておられる。別れがもう決まったことだとでも言うように。人間の力が、月の者どもの力に叶わないと言うのか。私の愛が、ふるさとの魅力に及ばぬと言うのか。

あなたは悲しんでおられる。いつもは月の面のように冷たく取り澄ましたあなた、夏の日の逃げ水のようにつれないあなた、そのあなたが物も召し上がれないほどに嘆いておられる。その嘆きを私への思いと受け取ってはいけないだろうか。下行く水の湧き返りと思ってはいけないだろうか。

かぐや姫。私の愛。

あなたに会って私は生き返った。鬱々とした重苦しい認識の殻を打ち破り、心を軽やかにする新鮮な大気にこの身をさらしたのだ。澱み疲れた眼(まなこ)を捨て去り、見ることから感じることへ、識ることから跳ぶことへと己を変えたのだ。変わったのだ。

そう、私は生まれ変わった。私の心より湧き出づる新たな血潮は、熱い鼓動を一刻一刻四肢に伝え、情熱の拍子を搏ってあなたの名前を繰り返す。私の胸に点じた強烈な炎は、天をも焦がす柱となって、二人の間にある関所という関所を灰燼残さず焼き尽くす。

おお、かぐやよ。私の魂。あなたを失うなど絶対にできない。あなたのいない生など考えられない。どうあっても守ってみせる。

( 空を見上げ)陽が落ちていく。空が夜を迎えるための化粧をしている。尊大な扱いにくい夜という主人を。

太陽よ。わが太古の母なるアマテラスの女神よ。汝(な)が気高き御姿をあろうものなら永久にみ空にとどめ給え。汝(な)が夜の神ツクヨミの姉君でおられるのなら、姉の力して弟の到来を押しとどめ、凶々しき月の光に地上を統べさせ給うな。

くがねよ。しろがねよ。おまえ達がこの空のどこかにいるのなら、兄の願いを聞いてくれ。おまえ達の若さ、美しさ、ケマリで見せてくれたあうんの呼吸で、天つ神を口説き落としてくれ。今宵一晩、月の道を閉ざすよう、風を起こし、雲を呼び、雨を降らしてもらってくれ。

かぐや姫を行かせぬように。今宵が何事もなく過ぎ去るように。

( 暗転)



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