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「安心してお眠り」

「安心してお眠り」  園田汐
 
 あぁ、もうどうしたの。部屋で小さくうずくまって震えちゃってさ。
「もう疲れた」
 うんうん。そうだよね。
「泣けたら良かったのに」
 泣けないと辛いよね。溜め込んじゃうもんね。
「みんなお金の話しかしていない」
 お金ね、あれって何なんだろうね。
「愛の話をもっとしたいのに」
 そうだね。でも、あの人たちには無理なんじゃないかな?だって、お金を信じている人たちでしょう?存在の価値は目に見えるものじゃなくて心に映るものなのに、わざわざ偽物に変えて売ったり買ったりする人たちに、愛なんて分かるはずがないと思うよ。
「僕は間違ってたのかな」
 キミは間違ってなんかいないよ。
「貧乏じゃ幸せになれない」
 それは、社会の中で、ってことでしょう?
「社会以外、どこで生きたらいいって言うんだよ」
 そうだね。確かに、もう、どうしようもないぐらいにヒトは社会という嘘を大きくしてしまったもんね。
「どうしようもないのかな」
 どうしようもないね。嘘に気がついた何人もの優しいヒトが死んだって、もうこの嘘をつき続けるしかないんだよ。取り返しのつかない嘘ってのはあるんだよ。
「人に生まれなければ良かった」
 可哀想に。
「もっと、自由な、風とか、森になりたかった」
 風とか、森ね。
「ただ、そこに在りたかった」
 風には風の、森には森の悩みがあるんじゃない?
「じゃあ、存在しなければ良かった」
 本当に?
「本当に。朝起きたら僕じゃなくなってたらいいのに」
 本当にそうなっていいの?恋人や夢はどうするの?
「僕がいないなら恋人も夢もないのと同じだよ」
 じゃあ、代わってあげようか?
「いいの?」
 うん。いいよ。
「だって、苦しいよ?ここは地獄だよ?」
 それでもいいよ。ボクはキミを助けるために生まれたんだから。
「本当に?」
 本当さ。
「ありがとう。じゃあ、よろしく頼むよ」
 うんうん。ほら、鏡の前から立ち上がってさ、安心してお眠り。大丈夫にしてあげる。ボクが代わりに生きてあげる。全部が大丈夫になるまで、キミはゆっくりお眠りよ。
 
 翌朝、ボクは目を覚まして首をパキパキと鳴らす。ベランダに出て日差しを浴びてみる。ああ、暖かい。何て素晴らしいんだろう。鼻から息を吸い込む。土の香り、木々の香り、遠くからは白い花の香り。生き物の香り、柔らかでそれでいてとても強い。
「ああ、生きている」
 ボクはヒトのフリをして服を着て街に出る。僕が大丈夫になるまでヒトのフリして笑ってあげる、ヒトのフリして怒ってあげる、ヒトのフリしてアイツをぶっ殺してあげる。
 ウキウキだ。素晴らしい日々がボクを待ち受けている。
                   了

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