見出し画像

「ふわふわで、弱々しくて、新しい」

「ふわふわで、弱々しくて、新しい」  園田汐
 
 朝、紙で小指を切った。
 すーっと、切った。あ、っと思ったら、もう血が出ていた。あらあら、と思っている間に読んでいた小説にポタポタも赤い斑点が落ちた。小説に溶けた私の一部は思っていたよりも明るい色だった。
 じっ、と眺めていると血は静かに流れていった。小指の先から手首まで流れていった。音も立てず地球の中心へと向かっていった。
 
 昼、晴れていたから外に出た。
 散歩をしている時はポッケに手を入れて、その小さな傷口を世界から守ってあげた。行きつけの喫茶店では、普段は絶対にしないのに小指を立ててコーヒーを飲んだ。折に触れては絆創膏の上から傷口に触れた。撫でてみたり、ちょっと押してみたりした。傷口はヒクッとしたり、ドクッとしたりして、私に応えてくれた。
 
 夜、お風呂から出て絆創膏を外す。
 傷口は白くふやけていて、優しい形に皮膚が裂けている。小指の先は産まれたての赤子みたいにふわふわで、弱々しくて、そして新しかった。
 スマホがブブッと鳴って彼氏から連絡が来る。
 明日のデート、予定通り代官山に十一時でいい?
 とのことだった。
 一日中、小指のことばかり考えていて、明日のデートのことなんか忘れ去っていた。そういえば彼氏がいたんだったと、急いで返信をしようと文字を打ち込む。
 うん!楽しみだね!と送信する。
 続けて、今日小指を紙で切っちゃった。と送ろうと文字を打ち込んでみたはいいけど、全部消す。なんか、別に伝えなくていいかと思ってしまった。
 んー、明日別れるか。
                   了

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?