水から考える民主主義と資本主義の衝突 <後半>


※この記事は、「水から考える民主主義と資本主義の衝突<前半>」の続きです。前半を読んでからお読みください。

皆さん、こんにちは。3度目の記事投稿になるPN青春野郎です。この記事では前回の記事<前半>に引き続き、岸本聡子さんの「水道、再び公営化!欧州・水の闘いから日本が学ぶこと」(本書のリンクはこちら→https://shinsho.shueisha.co.jp/kikan/1013-a/)の感想およびそれを読んで僕が考えたことを述べていきます。<前半>では、水道民営化の問題点をイギリス・ロンドンの事例をあげながら説明し、「効率が良い」ともてはやされた民営化の実態を述べてきました。<後半>では、欧州の市民による水をめぐる闘いとその成果としての水道再公営化について、そして再公営化の先にあるより持続可能で民主的な経済・社会の可能性について述べていきます。

〇水をめぐる市民の闘い ~水から始まる経済の民主化~

水道の民営化がもたらした様々な問題に対して、欧州の市民は黙ってはいませんでした。欧州各地で市民たちが声をあげ一度は民営化された水道を新しい形で公営化していきました。ただ民営化前に戻すのではなく、市民がより積極的に参画し公共サービスについての自己決定権を取り戻していくことが目指されました。水を「商品」として扱えばそこには買い手‐売り手の関係が発生し、水は使わない(=買わない)ということが不可能なので売り手の力は圧倒的になります。さらにお金がない人は生活に必要不可欠な水へのアクセスができなくなってしまいます。イギリスの水貧困などはこの一例と言えるでしょう。再公営化を求める市民の運動は水を<コモン>として扱うべきだと主張しました。<コモン>とは民主的に共有されて管理される社会的な富のことです。この場合、水道代や水の流通、取水制限などを私企業や国の勝手な判断に任せず自分たちで民主的に決めていくことになります。皆が必要とする財やサービスについて、自分たち自身で決定できる経済は、より本質的なレベルで民主的と言えるでしょう。
本書では、水をめぐる市民の闘いの一例としてスペインのバルセロナで起こった運動を紹介しています。バルセロナでは、過度な観光客誘致による住宅不足と民営化による水道・電力料金の高騰が原因で、普通の人々が普通の生活を営むことができなくなっていました。住民たちは多額の株主配当のために高い電気代や水道料金を払わなければならないことに強い不満を抱き、水や住宅の社会的権利運動に携わる若者たちやNGOのメンバーが中心となり「バルセロナ・イン・コモン」という政党を立ち上げ市議会の第一党にまでなりました(11/41議席)。単に社会運動に携わっていた人が政治家になるのではなく、草の根の活動に残って市民として声をあげる人々との健全な緊張関係が保たれ、水についての成熟した議論がなされています。バルセロナ・イン・コモンは「政治を一部の人のものとせずだれでも参加できるものに」という哲学のもと、市民が政策に意見を述べることができるような様々なプラットフォームの整備にも着手しました。例えば、有権者の1%の署名があれば住民が提起した条例案を市議会に提出して可否を問うことができる制度などです。この制度によって水道再公営化を求める住民投票の提案がなされました。しかし、既得権益層である野党へ水メジャーがロビイングしたことによって一度は市議会でも否決され、住民投票実施が可決されると水メジャーが市民を訴えるという事態まで起こっています。今この時も、水をめぐる市民と企業との闘いは続いています。この闘いは市民が自らの命や生活を守るための闘いであると同時に、企業中心の政治を克服し民主主義を取り戻すための闘いでもあるのです。

〇持続可能性を重視する新たな水道公営化 ―公営事業体オー・ド・パリの活動から―


バルセロナでは水メジャーとの厳しい戦いが今も続いています。しかし、バルセロナと同じように水道や電気の再公営化を望む地方自治体はEUの中にほかにもたくさんあり、それらの自治体と連携して闘い方をブラッシュアップさせています。水道再公営化の事例の成功例としてパリが挙げられます。新しい水道公営化は単に民営化前に戻すのと何が違うのか、本書で述べられているパリの水道公営事業体オー・ド・パリの活動から見ていきたいと思います。
パリは元々、スエズ社やヴォエリア社といった水メジャーの本拠地でもあり、1985年から水道の民営化を導入していました。しかし、民営化前と比べて水道料金が265%も上昇し、水道事業者に対するモニタリングも機能していませんでした。しかし、住民たちの不満が募り再公営化を公約に掲げるパリ市長の精力的な活動もあって2010年に再公営化に成功しました。再公営化された水道事業の担い手であるオー・ド・パリはその革新性で今も注目を集めています。オー・ド・パリはめざましい収益の改善に成功し、初年度から約42億円もの経費の節約ができました。組織の簡略化・最適化に成功したこと、株主配当や役員報酬の支払いが不要になったこと、収益を親会社に還元しなくても良くなったこと、公営なので納税の必要がないことなどが収益改善に貢献し、水道料金は8%下がりました。公社とパリ市の相互監視によって水道サービスのパフォーマンスが向上し、市議や労働者代表、市民組織代表などが理事会に参加しています。市民によるガバナンスを強めるため、水道利用者である市民が意見を述べるためのフォーラムも整備されています。パリ市民ならだれでもこのフォーラムに参加でき、フォーラムの代表は理事会で市民組織代表として議決権を持ちます。称賛を浴びているのは、このような民主的な制度設計だけではありません。オー・ド・パリは長期的・包括的な水源保護活動にも取り組んでいて、単なる水源保全に留まらず農業政策・産業政策・環境政策にも関与しています。汚濁した農業排水や工業排水の流入を防ぐため持続可能な農業・地域開発への支援にも乗りだしています。具体例をあげると、水源地とその周辺エリアの農家に資金を投じ有機農業への転換を推奨し、水質汚濁の原因となる硝酸塩系農薬の不使用などを約束させています。再公営化によって利益の大半を再投資に回せるようになったため長期的な視点を持って水源の管理に乗り出すことが可能になりました。現在、オー・ド・パリは資金のほぼすべてを自己財源で賄っており、環境にとってだけでなく経営面でも持続可能な水道事業が再公営化によってなされているのです。

〇水から考える資本主義と民主主義の衝突 ―持続可能な社会を目指して―

水はあらゆる人の命に関わる大切なものです。資本主義におけるほかの商品と同じように水を商品として扱い民営化した結果は、水道会社の株主や経営陣が暴利をむさぼり住民が苦しむというものでした。どこかの大金持ちが自分たちの命に直結する水の管理を勝手に決めるのは金儲け(=資本主義社会において利潤追求は絶対の目的)にとっては「効率が良く」ても、全く民主的ではなく多くの人々が苦しむことになります。一方で、オー・ド・パリのように水を民主的に管理され共有される富<コモン>として扱えば、多くの水道利用者にとってメリットがありより民主的な社会への活路が開けていきます。まさに水をどのように扱うか、という点で民主主義と資本主義の衝突が起こっているのです。また、企業は原理的に10年後20年後の社会の公益よりも、目の前の利潤を重視します。世界規模で全面化しつつある気候変動も企業の利益(経済成長)を優先した結果といえます。これからの社会をどのようなものにするのか、水道再公営化の実践は大きな手掛かりを与えてくれていると思います。

〇終わりに

本書を読んで特に印象に残ったのは、「社会は変えられる」ということです。欧州の市民運動は確実に彼ら自身の生活や住んでいる社会をより良いものにしています。私たちの住む日本では、海外で水道の再公営化が進む一方で、水道民営化が進みつつあります。十分な国民による議論もなく決定された水道法改正によって多くの人々の水の権利が脅かされています。僕の住む仙台では実態が不透明なまま水道事業の運営権が売り渡されつつあります。一市民として何ができるか、より民主的な社会のためにどんなことをすべきか考えさせられる一冊でした。2記事にわたるかなり長い文章になってしまいました、ここまで読んでいただきありがとうございます。

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