見出し画像

なつかしきモッチャン時代

『日本にいないエッセイストクラブ』スタート!
世界各国に住む物書きのみなさんでリレーエッセイをはじめました。その名も『日本にいないエッセイストクラブ』。第一回目のテーマは「はじめての」。1人目はベトナムのネルソン水嶋から、2人目は記事の最後に紹介。告知記事はこちら、随時エッセイをまとめているマガジンはこちらです。

***

「モッチャン!モッチャン!?」

ベトナム人同僚は、私の顔を見ながらそう叫ぶ。いやいや、カルロス(ニックネーム)よ、俺はモッチャンなんてあだ名じゃないし、そもそも俺らは一週間前に出会ったばかりだろ。「まさかあいつ、モッチャンか?」「モッチャンで間違ない!!」とでも今確信を持ったっていうのかい??

というアメリカン風ジョーク(想像)は冗談で、その「モッチャン」が「一気飲みしようぜ」と意味することはすぐわかった。彼の右手にはなみなみと注がれたビールジョッキがあり、左手は親指と人差し指をグーッと広げていて、指の形は「ぜんぶだぞ!」と物語っていたからだ。ふ~ん、ベトナムは一気飲みをモッチャンっていうのか…というか、一気飲み文化あるのか…。

「モッ、ハイ、バ~、ヨー!」

さっき教わったばかりのベトナム式乾杯を叫び、ジョッキをぶつけ合うと、ドムッと質量のあるプラスチック製品独特の音がする。喉元を広げてビールを腹へ流し終えたらうつむきウ~と呻き、顔を上げるとカルロスは「俺たちは仲間だ」と言わんばかりの満面の笑みを浮かべていた。そんな調子でモッチャンを繰り返し、翌日の午前を返上覚悟で私の歓迎会は成功に終わった。

そんなモッチャンは同僚をはじめとしたベトナム人青年と飲むときは中盤から終盤にかけてのお約束となった。なったというか、そういうものらしかった。青年は厳密にいうと女性もふくまれるそうだが、本当に男性ばかり。フルーティな味や香りも多いクラフトビールが入ってきた昨今はビールを飲む女性も増えているが、2011年当時は少なくともモッチャンに応える女性を私はひとりも見なかった。今書いてみて、きっとモッチャン文化は国産ビールが安いこと(ジョッキ100円以下とか)も理由にあるだろうなと思ったが。クラフトビールをモッチャンせよと言おうものなら二度と飲んでくれまい。

なおモッチャン、直訳すると"一気飲み"ではない。そして正確にはモッチャンではなくモッチャム(một trăm)だ。騙していたようですまない。でも最後には口が閉じられモッチャンと聴こえるのでそう通す。意味は"100%"で、飲みの場では「ぜんぶ飲もうぜ」(意図せずしてドラクエの「さくせん」っぽくなった)。ハイチャン(200)と聞いたときは「200%!?どうすんだ」と構えたが、それは"1/2"、つまり"50%"という意味だと分かって安堵した。

半分が許容されるあたり、一気飲みに対して"漢を見せる"(もはや時代錯誤な言い回しになりつつあるかもしれないが)というイメージのある日本よりも、"みんなでチャレンジしよう"ということなのかもしれない。まぁ、ひとりでもやらされることもあるんだけど。「半分でもいいよ」というオプションが明確に提示されているあたり、体育会系的なノリはうすめと言えよう。

しばらくして「モッチャンって実は"やさしい飲みニケーション"なのかも」と思ったのは、それほど酔わないということだ。一気飲みなのになぜ?というと、これにはカラクリがある。ベトナムのビールには(南部などの暑い地域を中心に)氷を入れて冷やして飲む習慣がある。冷蔵設備が普及していなかった時代に根付いた習慣だろうけど、今もオープンテラスで飲むことが多いベトナムでは、いちいち冷蔵庫と往復してられないので氷入りがふつう。大人数だと、ビール箱と、ウィスキーの氷入れのようなものが出てくると。

これがどう酔わないのというと、それこそ中盤から終盤にかけると氷が溶けてもう薄い薄い。ビールとしては明らかにまずいけど、溶けだした氷の分量を考えると、アルコール度数でいえばせいぜい1~2%はざらにある。自分のジョッキはさっき注いだばかりだからと、そのへんに放置された氷が溶けてかさ増しされたもので乗り切ったことも。酔わない割に、飲ミニケーションはシッカリとれる。言葉で満足にやりとりできない外国人にはありがたい。氷入りビールとモッチャンは、最高に合理的な掛け合わせだと思った。

しかし、ベトナムにいた8年を思い返すと、時間の流れとともにモッチャンは減っていったように思う。その職場は会社側といろんな行き違いがあってたったの4カ月で辞めてしまって、自分がプライベートで付き合うベトナム人は元留学生や日本在住者とよくもわるくも「多数派のベトナム人」ではなくなった。個人的には大好きな友人たちだけど、ある意味ではベトナム人ばなれしている。それから一度就職したもののそこは女性社員ばかりだった。そんな自分の状況もあるが、世間的になんとなーく減っていった気も…??

日本の一気飲みは、急性アル中などの理由から根本的に悪習ということでほぼ潰えようとしている。一歩踏み外せばパワハラとアルハラの合わせ技一本でやった方は懲戒なり辞職だ。まぁ、そこは日本のことなので知らんけど、ベトナムのモッチャンもなくなる日が来るのだろうか。最近日本で若いベトナム人青年たち40人くらいと飲む機会があり、あいかわらず「モッ、ハイ、バー、ヨー」の大合唱だったが、そういえばモッチャンは聞かなかった。ひょっとするとそのへんは、「氷なしで、日本の濃いビールを飲むとさすがにヤバイぞ」ということを冷静かつしたたかに判断しただけかもしれないが。

いろんな人が「学生時代はバカやって楽しかった」と振り返る。うちの母校はキャンパスらしいキャンパスもなく、ただ校舎があるだけの簡素なつくりだった。というのは言い訳で、自分が楽しもうとしなかっただけかもしれないが、そんな思い出を語る人をよくうらやましく思ったもの。でももしかしたら学生ならぬ「モッチャン時代」は、自分にとってのそれかもしれない。


次の2人目はイタリアのすずきさんです
ふと数えてみると、モッチャンと21回も言っていた。スマホだったら確実に予測変換に自動登録されて微妙にまいっているところだ。という訳で、『日本にいないエッセイストクラブ』、「はじめての」というお題で、イタリアのすずきさんにお渡しします!公開は2/17あたりを予定しております。

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

note.user.nickname || note.user.urlname

「ネルソンがんば!」と思われたら、たまにベトナムビールをおごってください。大衆ビール"333"は50円。なんと100円でビールが2杯も飲めます。300円なら接待用"サッポロプレミアム"を即買いです。

\超吉/
13
ベトナムに詳しめの文筆業、編集者、企画好き、ふざけたがり。大阪出身。海外の日本人街と日本の多文化社会化に興味しんしん。2011年からホーチミン市を拠点にさまざまな人物文化場所を取材。ブログ「べとまる」のほか、「デイリーポータルZ」「エキサイト」などで執筆。ただいま起業準備中。
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。