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映画日誌’20-31:エレファント・マン 4K修復版

trailer:

introduction:

当時『イレイザーヘッド』でカルト的な人気を集め、のちにツイン・ピークス』『マルホランド・ドライブ』を世に送り出した鬼才デイヴィッド・リンチが、19世紀末に実在した奇型の青年ジョン・メリックの数奇な運命を描き、世界的に大ヒットした不朽の名作。第53回アカデミー賞作品賞など主要8部門でノミネートされ、第34回英国アカデミー賞では作品賞と主演男優賞を受賞した。日本では1981年に初公開され、本国公開から40年を迎えた2020年に4K修復版でリバイバル公開された。本作で英国アカデミー賞主演男優賞に輝いたジョン・ハート、オスカー俳優アンソニー・ホプキンス、名優サー・ジョン・ギールグッドらが出演している。(1980年アメリカ,イギリス)

story:

19世紀末のロンドン。優秀な外科医トリーヴズは、見世物小屋でエレファント・マンと呼ばれる青年ジョン・メリックと出会う。メリックの特異な容姿に興味を持ったトリーヴズは、彼を研究対象として病院で預かることに。何も話さず怯えるだけのメリックを誰もが知能が低いと決めつけていたが、やがて彼の知性あふれる穏やかな優しい人格が判明する。上流階級者が次々に彼のもとを訪れ、人間らしい交流が生まれていくが...

review:

今年5月、毎日アメリカ・ロサンゼルスの天気予報を伝えるYoutubeチャンネルを開設した鬼才デヴィッド・リンチ。「カルトの帝王」が、自室と思われる場所から淡々と今日の天気を伝える様子はあまりにもシュールで、観る者の心をざわつかせた。パンデミックによる外出自粛が続く中、少しでも人々の暇つぶしになればという思いで始めたんだとか、なんとか。ありがとうデヴィッド。

『エレファント・マン』は、そんなお天気おじいさんが若い頃に撮った不朽の名作だ。5年の歳月をかけて製作したデビュー作『イレイザーヘッド』が、ニューヨークのミニシアターの深夜上映企画“ミッドナイトムービー”で上映され一部の熱狂的支持を得たデヴィッド・リンチに、「きみは狂っている。この映画を監督してほしい」と言ったのが、『エレファント・マン』の製作総指揮(ノンクレジット)のメル・ブルックスだったそうだ。

子どもの頃、金曜ロードショーで観て衝撃を受けた記憶がある。美しい心を持つジョン・メリックの哀しい最期だけが強烈に心に残っており、長らく感動のヒューマンドラマのような印象を抱いていた。あれから数十年。あの感動(と思っていたもの)が4K修復版でスクリーンに帰ってきた。ずいぶんと大人になり、ずいぶんとたくさんの映画を観てきた人生を背負って、『エレファント・マン』と向き合う。なんと、子どもの頃に受けたものとは比べものにならない衝撃を受けて打ちのめされたのである。

まず、40年前の映画と思えない。大昔と言われても、あるいは去年撮ったと言われても違和感がない。その芸術性は全く色褪せることなく、金字塔として時代を超越していくのだろう。身近な映画マスター曰く、古典的な映画の文法や撮影技法にこだわって描かれており、台詞の言い回しや所作などもきわめて古典的な演劇のような演技と演出がなされているとのこと。クラシカルなロンドン訛りの英語が使われており、語彙や表現が美しく、格調高いものなんだそうだ(完全なる受け売り)。たしかに、決して多くない台詞で、ジョン・メリックの内面の美しさを際立たせているのは見事である。

まるで怪物のような産業機械、見世物小屋のフリークスたち。色の情報が無いにもかかわらず、匂いまで伝わってくるような映像が素晴らしい。ジョンがどれほど劣悪な環境にいたのか、19世紀末のロンドンがどういうものだったのか、当時の文化や風俗、人々の価値観までも映し出す。そしていつの時代も変わることがない醜悪なる人間の愚かさを、これでもかと目の当たりにするのだ。それなのに、ジョンの清らかさだけがいつまでも心に残る。子どもの頃に受けた印象はあながち間違っていなかったのだと思いつつ、あまりにも残酷で、あまりにも衝撃的だ。美しくて切ない、そして凄まじい。おそらく生涯忘れられないだろう。

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