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9月24日のマザコン8

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土曜に続いて、日曜もまた別の不動産屋を訪ね、部屋の内見に連れて行ってもらう。
この2日間で実家から近い賃貸物件はあらかた見た気がするので(単身用の部屋に限り)、その中で場所と広さと家賃を並べて総合点が1番高いところへ申し込みをした。

なんでも、近年の傾向としては連帯保証人はつける必要がないが、その代わり保証会社と契約をしなければいけないそうだ。保証会社というのは、いざという時に私の代わりに家賃を払う会社で、私と保証会社の間の契約が成立すれば部屋の契約もOKになるらしいが、保証会社と契約できるかどうかは、保証会社の側が審査をして決まるらしい。
不動産屋さんに「審査ってどういうことを審査するんですか?」と聞いてみると、「まあ借金とかがなくて、普通に会社に勤めてる人だったら全然問題なく通りますよ」ということだった。
なるほど、フリーランスの私は全然安心できない。

なにかの口座を開く時とかカードを作る時とか、部屋を借りるとかこういう時に、フリーランスという立場がいかに世間的に弱いものかということを思い知らされる。
フリーランスというのは世の中的には「フリーターとどっちがどっちかよくわからない」という印象を持たれている気がする。むしろ、フリーターの方が職場にきちんと在籍確認ができるので、身元が固いと思われる面すらあるのではないか。
私の場合は職場が自宅なので在籍確認もクソもないし(しかも今はもう自宅にも帰れないしなっ)、こんな本を書いていますと著作を見せたところでそれを書いているのが私だということは証明のしようがないという……。だいたい、著作もできれば見せたくない。他人に見せられるタイトルの本じゃないんだよ……。
まだフリーランスという職業だと「審査が難しくなる」程度だが、これが反社会勢力となると「問答無用で審査が通らない」ことになるわけで、反社の人たちは普通に生きていくことすら果てしなく大変な時代なんだなあと思うと同時に、私も作家であると同時に暴力団員でもあるという事実は絶対に不動産屋には知られないようにしなければと、静かに気を引き締めた。それは冗談。
ともあれ、引っ越しなんてしたくないとはいえ自分だけの空間は命綱だし、この「精神的惨状の中での部屋探し」という苦行を一刻も早く終わらせたいので、どうか審査が通りますようにと私は祈った。

部屋の内見をして夕方になったが、家に帰るのが辛い。
ビジネスライクではあっても不動産屋のスタッフさんはごくまともに会話が通じる人だった。でも家に帰れば、本来家というのは外から帰って来て1番くつろげる場所のはずなのに……そこには会話を通じさせるのも難しい両親がいる。
ただいまと入ってみると、なにより家の中のオーラというか、負の空気感がすごい。心を病んだ高齢者が2人いる家というのは、そこに立ち入った途端にこっちも精神的にひっくり返りそうになるくらいどんよりした暗さが漂っているのだ。その辺の刑務所の方がまだずっと明るい雰囲気だろう。どちらか選べるというのなら、私は刑務所の独房の方に帰宅したい。

私はなんとか自分だけでも空気を持ち直そうと、スーツケースからプレイステーション4の本体を取り出して、リビングのテレビに接続した。
根っからのインドア気質なので、私はゲームが大好きだ。
こういう状況下では、少しでも自分を楽しませなければいけないのだ。少しでも好きなことをして、その間だけでも現実から逃避し、少しでもメンタルを回復させる。そうしないと、私までこの家の精神崩壊の雪崩に巻き込まれることになってしまう。
ソフトは「トゥームレイダー」というアクションゲームを持って来ている。古代遺跡などを探検し、敵と戦いながら太古の秘宝を探すというような、インディージョーンズふうのゲームだ。映画にもなった人気ソフトだ。
ほんのひととき現実を忘れてゲームをプレイしていると、隣のダイニングにいた母がうろうろしながら「怖い! 怖い!」と呟き出した。一緒にいた父が「なにが怖いのか」と聞くと、「ツヨくんがバンバンいう音が怖い!」と言う。
トゥームレイダーは銃で敵を倒しながら進めていくゲームで、私はアイテムの拳銃やライフルでバンバンと敵を撃っていたのだ。その、銃声が怖いとのこと。
…………私はそっとプレイステーションの電源を切った。
逃げ場がない。わずかな時間テレビゲームをやるくらいの現実逃避も私には許されないのか。

その後、なんとなくリビングに家族3人集まってしまったので、また母が私と父に不安をぶつける時間が始まった。
そうなるから同じ部屋に集まることを避けなければいけないのだが、広い家でもないし、1階は全部部屋が繋がっている(部屋は分かれているが壁やドアがない)のでなかなか逃げることが難しいのだ。それに、特に母は目の届かないところにいてもそれはそれで私が不安になるし……。

母は家族の言うことを、ポジティブなものは全否定するようになってしまっている。私は「お母さん、もしこのまま良くならなくて、僕が『入院して』って頼んだら入院して欲しいんだけど。それだけお願いしたいんだけどいい?」と懇願するのだが、「入院したってもう治らないよこれは! 入院なんて、そんなお金どこにあるの!?」と返って来る。
私が近所に部屋を借りようと思っているとオブラートに包みながら(もう具体的に内見をしたり申し込みをしているということは隠して)言っても、そんなお金あるわけない! そんなバカなことやめて!と取り乱す。そして「ツヨシくんももう疲れ切ってるよ。疲れて狂ってるんだ。みんな狂ってるよ」というとても辛い言葉が。
父が「じゃあどうするの!」とやや腹立たしげに聞くのだが、すると母は少し考えて、ただひとこと「このまま」と言った。お金がないので、このまま暮らすという。苦境を脱せられるかもしれない対策をすべて放棄して、このまま……。それは、最悪の道だ。
私はそれに応じて「じゃあ、このままだともう僕も倒れるから、そしたら一家心中しかないね」と言った。すると「どうやって死ぬの?」と聞かれたので、「3人で車に乗って、海に飛び込もう……。それか、練炭自殺が苦しくなくていいかもしれないね」と、私は8割適当だが2割は真面目に答えた。

母と会話をすればするほど追い込まれていく。
これは、そもそもまともに話すことがダメなのだと思う。今の母は「病気の人が病気のせいで目茶苦茶なことを言っている」という状態なので、そういう人の話にちゃんと応対しようとするとこちらもおかしさに巻き込まれていくのだ。
おそらく病院や施設などで働く方なら、専門の方たちなのでこういう時の正しい受け答えの仕方はわかっているのではないか。きっと「まともに相手をする」以外の、なにかふさわしい方法があるのだろう。
しかし、そういう専門の訓練を受けていないド素人の私と父は、まともに相手をしてしまうのだ。
もしこれが見知らぬ相手、赤の他人だったら、「ああ病気なんですねお気の毒に、はいはいわかりましたそうですね~」という一線を引いた対応もできるかもしれない。でも、家族だとできないのだ。40年以上家族でいる母から真剣に話しかけられてしまうと、反射的にこちらも真剣に答えてしまうのである。もうこれはどうしようもない。だって親なんだから。親は他人じゃないんだから……。
だからこそ、こういう局面に至ったらいったん離れてプロに任せるという手段が絶対的に必要なんだと思う。

それにしても、私は木曜日までただただ普通に暮らしていたのに、木曜の午後2時までジムで泳いだり散歩したり英会話をしたり気が乗ったら原稿を書いたりPodcastの編集をしたり呑気に暮らしていたのに、その3日後にまさか「一家心中するならどういう方法がいいか」を両親と話し合うことになっているとはね……。

この日の夜、私は「うちの状況を隠すのはやめて、広く公表して助けを求める」という方向性を取ることを決めた。
具体的に言うと、まず近所の人。
長くここに住んでいるため、母は何人かとても仲の良いご近所さんがいる。私も子どもの頃から知っている人たちなので、とりあえず親が寝たところで車に移動し(家で話すと不眠症の父が起きるので)何名かのご近所さんに電話をして、私が帰って来ていることと、現状を伝えた。何年ぶりかに話すのにこんな内容で申し訳ないけど……。特に今すぐなにかを頼むということはないのですが、もしもの時にはなにかをお願いするかもしれませんと、伝えるとみなさん「大変だね剛くん、いいよ、なんでも言ってよ!」と言ってくださった。ああ嬉しい……

それから次に、Twitter。
幸い物書きという仕事柄、ネットでもあれこれと活動をしているためTwitterのフォロワー数はそこそこ多い方な気がする。
私は、Twitterでなりふり構わず今の状況を書くことにした。7年前は、「うちの個人的な事情をネットに晒すなんて……」という抵抗感があったが、今回はもうそんなことを言っている場合ではない。うちはこのままだと一家全滅する。そうなってもなお守らなければいけない家の恥などないのだ……。
もしかしたら、フォロワーさんの中には似たような病気を経験した方や、医療関係、福祉関係で働いている方もいるかもしれない。もしかしたらそういう方が有用な情報やアドバイスをくださるかもしれない。ここはもう恥ずかしがっている場合ではなく、包み隠さず書いていくしかない。

とにかく私は、今回に限っては可能なものを全部、あらゆる助けを全方位に求めて行くことを決めた。


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