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9月24日のマザコン15

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水曜日、父に施設に入ってもらうという話をしてから、母の具合が余計に悪くなった気がする。
夕方も夜になっても、「そんなこと絶対反対だ、どこにそんな金があるんだ」と私と父を責めてくる。
父と家族が共にこの家に住むことはもう無理だというのは、母自身が1番よくわかっているはずなのに。今の父とたった4,5日一緒に暮らしただけで頭が狂った母が、どうしてこのまま誰も家から去らずにやっていけると思っているのか。
どうしてって、病気だからだね……。わかってるけど。正常な時の母は、父が退院してこの家で暮らすことをしっかり恐れていたんだから。私と2人で、退院はまだ待ってくださいと一緒に病院に頼みに行ったくらいなんだから……。

しかしこうして連日否定的な言葉ばかり浴びせられていると、「もともとうちの母はこういう人だったんだっけ……?」と、息子でありながらこちらも疑心暗鬼になってくる。
私は帰省してからずっと「母はひと月前とまったく別人になってしまっている」と思っていたはずだが、毎日毎日ワーーッと意地の悪いことを言われ続けると、私も頭と心が混乱して「うちの母は最初から意地の悪い性格の人なのだ」と受け止め始めてしまっている気がする。
なんだか母の発する台詞の組み立て方が、相手を確実にイヤな気持ちにさせるように、家族にできるだけ多くのメンタルダメージを与えるように、どんどん陰湿な方に洗練されていっている気がするのだ。
この日は、「施設なんて、どこにそんなお金があるの!? もううちは、行き着くところまで来てるんだからね! あんたたち、お金がどっかから湧いてくるとでも思ってるの!?」と言っていた。
「行き着くところまで来てる」とか、「金が湧いてくると思ってるのか」とか、なんだか頭を病んでいる人とは思えない、わりと文学的というかしっかりした言葉のチョイスではないか? 私や父がどう言われたら苦しんだり悲しくなったりするかを知り尽くして、うまーくそこを突いてくるような的確な責め方。なんとか希望を持って踏ん張ろうと足掻いている息子の、気持ちをへし折るのにふさわしい台詞の組み立て方だ。さすが作家の親……。
優しい人というのは、他人の気持ちを思いやれる人なのだ。だからこそ、なにかの間違いで性格が裏返った時に、今度は他人の気持ちの急所をしっかり突けるような狡猾さを出せるのだろう。
父が騒ぐ母をなだめようと、「お願いだから納得してくれ」と頼むが、即座に「納得できない!」の返事。
なんで施設に入る側の人が、家に残る方の家族を説得しているのか……。私は、母にではなく病気に対しての怒りだと信じたいが、思わず部屋の壁をぶん殴りたくなる衝動に駆られた。
私は、この両親に精神と人生を破壊されるために、生まれさせられ育てられたのだろうか。

翌日。木曜日。
9月24日から、まる1週間が経った。1週間が経ったが状況は特に好転していない。
昨日は母の銀行口座を整理したので、今日は午前中、父を連れて金融機関を回ることにする。
最初の銀行では定期の解約とネットバンクの使用開始手続きをするが、なぜか1時間半もかかる。幸い父はボケかかってはいるが母とは違い歩き回るような症状はないため、座って待っていられた。
一度スーパーでの買い出しを経由して郵便局へ行きまた解約とネットバンク申し込みと限度額変更手続きなど。さすがに父もヘトヘトになっており、書類を記入する時には自宅住所もうまく書けなくなっている。書き間違える→私が頭を抱える→新しい書類をもらう を繰り返したところ、見かねた郵便局員さんから、私が代筆する許可をもらえた。
昼過ぎになんとか手続き完了し、帰宅。
実家に来てからグーグルドキュメントに(ノートパソコンを使って)「やらなきゃいけないことリスト」を書き込んでいるのだが、ひとつこなせばまたひとつ、やること行くところが増えて、Todoリストが全然減っていかない。
介護のことは「地域包括センター」というところへ相談に行くのが良いそうだが(Twitterでいろんな方にアドバイスいただいた)、まだ毎日午前も午後も予定が詰まっており相談に行けていない。Todoリストにはとっくに加えてあるが、とにかく日々マルチタスクの連続で目が回りそうなのである。
自分で望んだことや、やり甲斐のある仕事でのマルチタスクなら、こなしていくことに充足感や喜びも感じるだろう。でも私のマルチタスクはひとつひとつすべて、心の底からやりたくないタスクによって構成されるマルチタスクだ。1日にひとつこなすだけでも精神的に疲労困憊しそうなタスクを、マルチで毎日いくつもこなすハメになっている。私の顔から人間らしい表情は消えているだろうし、もう「笑った表情」ってどうやって作るのか、忘れた。

さて、午後は、母の病院だ。
1週間ぶりでわかばクリニック。午後2時から予約が入っている。
昨日から、今日も昼まで見ている限りでは母の状態がとても悪い。「午後からわかばさんだよ」と言っても、「ええ? 行きたくない。行っても治らないってもう!」と抵抗。リビングからキッチンから歩き回りながら、「もう口座にもなにも入ってないんだよ。もう破産だよ」と呪詛の繰り返し。
私が疲れてリビングのソファーに倒れ込んでいると、それを見て母は「もうツヨくんもくたくたじゃん!」と声を上げる。………そうだよ、くたくただよ。けど、それはそういうことをあなたが何度も言うから私は神経をやられてくたくたになってるんですよ……。
言葉の力は本当にすごいなあ。疲れて横になっている時に責めるような口調で「あんたもうくたくたじゃん!」と言われると、疲労が2倍3倍と増す気がする。
ネガティブな発言というのは、それを聞く人間の精神を物理的に蝕むのだ。普段から、愚痴を言わない、マイナスなことを書かないっていうのは大事なんだなとあらためて思う……。

私はもう、あと1週間は耐えられないと思った。
私は起き上がると、「お母さん、入院ね。わかば先生に、入院させてもらえるように頼むから」と伝えた。
精神科の薬というのは、効いてくるまでがとても遅い。普通の抗うつ薬で効果が出始めるまで2週間、だんだん量を増やしたりして、その薬があっているかあっていないかが見極められるまでは3ヶ月かかると言われている。
薬が効くとしても効き始めるまで2週間以上。例えば丈夫な家族が他に5人もいるのなら、その間に入れ替わり立ち替わりで病人の相手をして家での治療もこなせるだろう。しかしうちは実質私1人で母に対処しなければならない。母が入院を嫌がっているのは知っているが、しかしもうこのままでは共倒れだ……。入院してもらうしかない。私に車を運転できる力が残っているうちに、なんとかしないと。

家族の言うことをほぼすべて否定するようになってしまっている母は、入院をお願いしても「入院でこれが治ると思うの!?」と攻撃的な返答を返してくる。
7年前は入院してちゃんと治ったんだから、今回も治るよ!と言ってみるのだが、「前は治ったって、もう今は年寄りなんだから、もう無理だよ。今度は無理!」と言い張る。
………………。治るんだ!! 治るし治ってくれなきゃ困る。ちゃんと治って、もとの母に戻ってくれ……。私をまた自分の人生に復帰させて欲しい。それができるのはあなたしかいないんだよ……頼む……。

母は最後の最後では私に従ってくれるので、そこは助かる。
病院がイヤだと言っても、柱にしがみついて頑強に抵抗したりはしない。「とにかく2時に予約だから、もう行くよ!」と強めに急き立てると、不満げながらも観念して自分でバッグと診察券を持って車に乗ってくれる。よかった。

わかばクリニックは家からほんの5分。
母と一緒に受付に行き、診察券を提出するとコロナ対策で2人とも体温を測られる。母が問題なくパスした後、私もおでこを差し出してピッとやったところ、受付の方に「あれっ、37度1分あります!」と言われた。
あっそうですか。いやこっちはそれどころじゃないんですよ……。熱にかまっている暇はないんです。母をなんとしても診てもらわないといけないんですから。
今やどこの病院に行っても必ず受付で体温を測られるが、なんと鬱陶しい時代になったものか。病院っていうのは病人が来るところなんだから、そもそも熱があって当たり前なんじゃないのですか……。
私の体温はなにかの基準は超えていたようなのだが、わかばクリニックは働いている方が良心的な人ばかりな病院のため、「じゃあ、こちらの体温計で測ってみてもらってよいですか?」と脇に挟むタイプの体温計を渡してくれた。
下がれ……下がれ……!と念を送りながら測り直し、見てみると今度は37度ちょうど。1分下がった。
それを確認すると受付の方は「あ、では大丈夫ですね~」と仰って、待合室に通してくれた。……なるほど、37度1分だと引っかかって、37度ならOKなのか。……まあ、深く考えない。止められなければもうなんでもいいんだ。

さあ、先生になんて言おう。わかば先生は入院を認めてくれるだろうか……。
入院、許可してください。どうかお願いします……


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