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9月24日のマザコン66 老人ホーム探しを始める その3

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翌、火曜日。
昼ごろに父のいるS病院精神病棟へ。

先週の面会時には途中で看護師さんに「東京帰りの人は汚染者なので出て行ってください!!」と追い出された(そこまで過激には言われていないが)私であるが、今日は問題なく病室に入ることができた。
なぜなら、本日は祝日で職員の方がほとんどいなかったから。
病棟にいる看護師さんが少ない上、なんとなくメンバーも平日と違う顔ぶれだった気がする。入口で「県内からお越しですよね?」と聞かれ、東京帰りではあるが今日は実家から来ている私はいつものごとく「そうです」と答えるとあっさり通された。
差し入れの荷物チェックもあったが、これも前回「食事の調整をしているのでダメです」と持ち帰りになったお菓子、甘い物関係が今回はお咎めなしであった。
日によって、人によって全然対応が異なるというのはおかしなことな気もするが、厳しく統一されているよりは、対応がまちまちで人によっては緩い方が助かる。
病気でもないのに居住地で人を差別するような、文明人として恥ずかしい行為はもうやめてくれ。

連日電話で「あれ持って来てくれ」「これ持って来てくれ」と少しずつ追加される物品を渡し、下着やタオル類を新しい物と、洗濯する物で交換する。
父はまた「もう飽きた」と、早く家に帰りたい感を出しながら言っていたが、そんなことを言われても知らない。
私の方がもっと家に帰りたいんだ。私が自分の家から無理矢理離されてどんな目に遭っているか考えたら、まだあなたはなにもせず病院で毎日寝てられるだけいいではないか。あなたの生活は家にいた時と今とでたいして変わっていないのだ。私は地上から地の底に突き落とされているのに。

しかしまだわずかに親孝行な心も残っている私は、少しでも父が飽きを紛らわせられるように、本も何冊か持って来ておいた。5冊まで本を置いておくことができるそうなので、敬愛するさくらももこさんのエッセイなど、文字の大きめな本を見繕って持って来た。(余談だが私は自分のペンネームをさくらももこさんにあやかってつけさせていただいている。)

ちなみに本についても、精神病棟へ持ち込む時は内容のチェックが入る。
どういう基準で可否が決まるのかはよくわからないが、躁うつ病患者への差し入れとなると当然「完全自殺マニュアル」みたいなのは没収になるだろう。そこまで露骨でなくても、精神に悪影響を及ぼすような陰鬱な本はきっと没収対象になるのであろう。
その点で言えば、私が書いた著書たち(とりわけ旅行記)は、読者の方からちょくちょく「入院中に読んで元気が出ました」とか「自殺をしようと思っていたけど、あなたの本を読んでバカバカしい気分になって思いとどまりました」というような連絡をいただく。
なので、こと「入院中の患者に適した本」というテーマに限って言えば、その点だけにおいては私は太宰治に勝っている気がする。なにしろ、太宰の本は精神病棟ではきっと読む前に没収されるだろうから。「人間失格」に引きずられて自殺した人、かなりいると思う。
まあ私の本も表紙とタイトルだけで「道徳上良くない本」と即断され、没収のうえ廃棄処分になりそうな気もしないでもないが。認知症という意味合いのボケではなく、罵倒の意味の「ボケ!!」がタイトルに入っている本などこの地球上に私の本だけであろう。

とても言い辛かったが、私は「毎日のように電話をかけてこないでくれ」ということを父に言っておいた。
申し訳ないけど、お父さんからの電話を受けるのが精神的にとてもきつい。すごくストレスになっている。スマホに着信が来た瞬間にものすごく気分が落ち込む。
どうせ面会には週に1回や2回しか来ないのだから、なにか持って来て欲しい物などがあれば書き留めておいて、何日かに1回の電話でまとめて言って欲しい。毎日、下手したら1日に何回も電話をするのはお願いだからやめて欲しい。
ということを私は心苦しいが言った。
父は納得いかなそうな雰囲気ではあるが「わかった」と答えた。どうせ納得もいっていないしわかってもいないのだ。
この後も私は精神病棟の父からの電話で、日々メンタルが追い込まれることになる。


さて、病院からいったん家に帰り、午後はまた老人ホームの見学である。
昨日に続き、2件目の有料老人ホーム。
まだ私は40代なのに、自分の生活を捨てて戻った地元で連日精神病棟と老人ホームを巡る日々というのは、なかなか終末感がある。油断すると私も絶望で死にたくなってしまう。こんな毎日に、生きてる意義など一切感じない。自分が人生で積み上げて来たものをこんなふうにぶち壊されるのなら、最初からこの世に生まれてなんて来なければよかった。
しかしとりあえず、今日1日だけなんとかやり過ごそう。明日はまた明日1日だけ、なんとかやり過ごそう。そうやって1日ずつ生き延びるしかない。

今日の見学地は、昨日の施設Aよりも実家に近い、歩いても20分くらいで行けるところにある「住宅型有料老人ホーム」である。
便宜上「施設B」と呼ぶ。
昨日の施設Aとこの施設Bは、同じグループの老人ホームだ。ただ昨日の施設Aは「介護付き有料老人ホーム」で、今日は「住宅型有料老人ホーム」である。
その2種類の違いというのは、スタッフさんに尋ねたり本やWEBで勉強してわかったこととわからないことがあるが、それは次回書く。

施設Bに着き、受付で「15時に見学の予約をしました○○です」と告げるといつもの感染対策チェックの後、また来客対応スペースに通された。といってもロビーの隅に設けられた簡単な机である。

今回対応してくれたのは、所長さん(施設責任者)であった。
昨日と同じく、パンフレットとその他資料をいただき、それを見ながら説明を受ける。私は資料に書き込んだりメモを取りながら話を伺う。

施設Bは、全部で52室。
すべて個室(室内にトイレあり)で、部屋の広さは18.9平方メートル。これは施設Aとまったく同じだし、おそらく他の有料老人ホームともほとんど同じだろう。
所長さんの説明によると、部屋に収納はついておらず、タンスなどは入居者それぞれで持ち込む必要があるということ。
また、ベッドも付属はしていない。ただ、施設Aと同じく事業者からレンタルすることができる。ベッドレンタルは月額3000円+税くらいで、これは施設Aとも同じだし、この後にまわる他の施設でも同じであった。老人ホームでは、ベッドは介護用のものをレンタルするというのが標準らしい。

部屋にはトイレの他に(トイレももちろんちゃんと個室になっている)、シンクと電気コンロもついているそうだ。コンロ備え付けの分、少し部屋が狭く感じられるかもしれないですが、簡単な料理が自分でできますし、料理をしない人でもラーメンくらいはお湯を沸かして作れますよ、と所長さん談。
まあ食事は3食提供されるのだけど、間食とか夜食とか指紋消去などにはコンロは重宝するでしょう。


ここで少し、「老人ホームの部屋」というものについて基本的な点を整理しておきたい。
これはこの後に見学したいろいろな施設も含めて、私が身につけた基礎知識だ。
まず、少なくとも私が回った範囲では、有料老人ホームには大部屋(多床部屋?)というのはなかった。全部個室。夫婦用の2人部屋というのはあるが。
室内に個人用トイレがあるかどうかは、施設それぞれで違う。だいたいのところは部屋の中に個室トイレ……しかも高齢者用なのでバリアフリータイプで手摺りもついた割と広めなトイレ……が備えられているが、中には部屋は個室だけどトイレは共用というところもある。中国の安宿を思い出すなあ。
そしてその差は明確に月額利用料金に反映されることになる。月額が安い施設だと、トイレが共用ということがあり得る。

どこの施設でもだいたい共通しているのが、ベッドは持ち込みもできるが極力、レンタル推奨。強制レンタルのところもある。介護や看護の時に、ちゃんとした介護用ベッドの方がやりやすいからだろう。
エアコンは備品として備え付けられている。シンクもほぼ、室内にある。
テレビや冷蔵庫は備品ではないので、入居者が個人的に持って行かなければいけない。テレビの端子と電話線は各部屋についているため、テレビ・電話は持って行けば使うことができる。
収納は施設毎にバラバラで、巨大なタンスやクローゼットが最初からついているところもあれば、一切なにも収納スペースがない部屋もあった。これは手間を考えればタンスがついている部屋の方がいいと思うし、家具にこだわりがある人なら自分が持ち込む収納家具を使いたいだろうし、どちらがいいかは人それぞれだろう。

それから施設Bには電気コンロがあったが、これはかなり珍しい。
どこの施設でも、火を使う物の使用は禁止であり、よってコンロはないところの方が多いし、簡易コンロを持ち込むのも禁止だ。お湯が欲しい場合は、電気ケトルでお湯を沸かすのはOKである。
その点、施設Bは電気コンロとはいえ室内に調理ができるレベルの熱を発する器具の存在が許されているということが、後々考えればとても珍しかった。
火と関係ないものであれば、ハサミであろうが包丁であろうがパソコンであろうが個人のものはほぼなんでも持って行って良い。火だと一気に全員死ぬことがあり得るが、包丁で死ぬのはせいぜい1人くらいだから大丈夫なのだ。
トイレットペーパーや掃除用具その他の細かい生活必需品・消耗品は、持ち込むかあるいは施設で購入する。水道代はだいたい月額利用料に含まれているが、電気代は別途定額あるいは使用分をしっかり計算して徴収されることが多い。

インターネット環境は、施設でWifiを提供しているところもあれば、「部屋に電話回線はついているので、それでネットが引けるのであればご自身でプロバイダーを探して手続きしてください」というところ(つまり他にネットを使うような入居者がいないので、施設の人もこの建物にネットを通せるのかどうかがよくわかっていない。でも物理的に可能であればやってもらって構わないというスタンス)もあった。
風呂は室内にはない。勝手に風呂に入ってはいけないのだ。危ないから。なので風呂が個室内にあるという老人ホームはおそらく存在しないと思う。

だいたいこのあたりが「有料老人ホームの部屋」についての基礎知識である。そのほか気になることは、見学の時にどんどん尋ねたらいい。


では再び施設Bの情報に戻って、ここは入居者の平均年齢は、82歳くらいということだった。
昨日の施設Aでは88歳と言われたので、6歳若くなっている。
それでもうちの父がこちらに入居すれば、かなり若い方ということになる。ここにも70代の入居者はいるが、車椅子あるいは寝たきりだったりで体が不自由な方ばかりで、父のように自分で歩けるレベルの70代の人はいないということ。
やはり父くらいの年齢と健康状態で老人ホームに入るというのは世間的には珍しいらしく、「まだ自分で歩ける親を施設に入れるなんて、私は人道にもとるひどい親不孝をしているのではないか」という自分への非難が頭をよぎる。
………………。でも、もう決めたことだ。

施設Bの見学で良かったことは、こちらの所長さんは融通を利かせて、施設内を見せてくれたこと。
部屋にも入れてくれたし(空き室が1室あった)、食堂や厨房や風呂なども覗かせてくれた。厨房といってもここで作るのはごはんとみそ汁くらいで、おかずは配送センターから運ばれて来るらしいが。
老人ホームの部屋には初めて入ったが、私には「家具をちゃんと揃えれば快適に暮らせそうな部屋」に思えた。なにしろ私は大学入学以降、今に至るまでワンルームのアパートにしか住んだことがない。私の部屋の広さと、施設の個室の広さはほとんど変わらないのだ。
対して一軒家や○LDKというような広い家でずっと暮らしていた人が、老人ホームに入居していきなりワンルームの室内で生活する、自分の生活空間が朝から晩まで1日中ひと部屋しかないという暮らしに変わるのは、人によってはきつく感じるし、人として落ちぶれたという暗い気分に陥るかもしれない……。
まあ私は人生ずっとこういう部屋で一人で暮らしているので(一生落ちぶれていると言えるだろう)、将来自分が入所することになっても部屋の狭さにダメージを受けることはなさそうだ。

食事はみんなで食堂で食べるのが基本で、どうしてもということであれば部屋まで運んで来てくれるそうだが、食事の時くらいは部屋から出て行って気分を変えたり人と触れ合うことが大事であろう。
共有スペースもあるので、食事でなくても出て行って他の人と話したりすることはできるのだけど。
途中だけど、次回に続く。


次の記事 9月24日のマザコン67 老人ホーム探しを始める その4 介護付き有料老人ホームと住宅型有料老人ホームの違いなど


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