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2021年8月の記事一覧
紫陽花の季節、君はいない 35
御葉様は、まるでスマホのメールを読んでいるような表情で鈴を眺めていた。
「夏越殿、これはただの夢ではないと八幡神様が仰っています。貴方達が再会することを本気で願っている人間がいると。」
そういえば、御葉様は八幡神様の声を聞くことの出来る唯一の精霊だと紫陽が以前に言っていた。
「しかし…御葉様、たった今夏越はその者に会ったことがないと申したばかりでは。」
「涼見。その人間はおそらく夏越殿がこれから
夢見るそれいゆ 189
夏越クンはお父さんが亡くなり、遺された義理のお母さんと弟さんと向き合う為に実家に留まっている。
夏越クンを疎んでいたお義母さんはともかく、弟さんとの関係は良い方に向かうと良いのだけど。
「空河~、海斗~。私達大事な話があるから、あんたらで孔雀の散歩行っておいで!」
更紗先輩が双子を追い払った。そもそも孔雀って散歩するんだっけ?
「ひなたさん~、またね~!」
双子は手を振って、孔雀の檻の方に向かっ
紫陽花の季節、君はいない 34
涼しい風が咲き誇る紫陽花の森からさわさわと吹いてきた。
いないはずの彼女も「心配していたんだよ。」と言っている気がした。
そういえば、闇から目を覚ます前に見たあの光景は何だったのだろう。
あれも「妄言」だと言われてしまうだろうか。
言おうかどうか迷っていると、
「夏越殿、何か言いたげですね。」
と御葉様に言われてしまった。
「実は…目を覚ます前に、八幡宮の拝殿で俺と紫陽の再会を願っている女の子
夢見るそれいゆ 188
「二人とも、國吉先輩と仲が良いんだね。」
「弟たち、國吉に憧れてんだよ。憧れているところは、二人バラバラなんだけどさ。」
更紗先輩がフッと笑った。
「そうなの?」
私は二人に聞いてみた。
「國吉くんは、勉強も出来るし、部活でも活躍してるし、何でも出来るところを尊敬してるんです。僕にとって、ヒーローなんです。」
と空河くんが熱弁した。
対して海斗くんは、
「優しいところ。僕らに対してもそうだし、老
紫陽花の季節、君はいない 33
「闇。さっき気を失っていた時に見たあれか。
何だか妙に居心地が良かった。」
俺はあの空間にずっと居ても良かったとすら思っていた。
すると、涼見姐さんと御葉様の表情がみるみるうちに青ざめていった。
「夏越!お前、闇に飲まれるとは『消滅』すると同義なのだぞ!!」
姐さんが俺の肩をガシッと掴んで俺を揺さぶった。そして、姐さんの目から涙が溢れていた。
「愚か…者。お前が消滅したら生まれ変わってくる紫陽は
紫陽花の季節、君はいない 32
「社会が俺を必要としていないのではなく、拒絶しているのは俺の方?」
「そうだ。お前だってはじめから警戒されている人間と関わりたくないだろう?」
涼見姐さんは、ふうと溜め息をついた。
「──涼見、夏越殿に対して言葉が厳し過ぎますよ。」
聞き覚えのある、穏やかな女性の声。
「御葉様。」
黄金色の髪の巫女姿をしているが、彼女はこの八幡宮で一番位の高い精霊である。
「御葉様、こやつにはこの位厳しく言わ
夢見るそれいゆ 187
「そ、そんなに頭下げないで良いよっ。あと、お姉さんじゃなくて、『ひなた』って呼んでくれると嬉しいな。」
私はまだ名乗っていないことに気づいた。
「ひなたさんって、もしかして國吉くんを振ったっていう女性ですか?」
空河くんはまるで有名人に出くわしたような態度で、私に聞いてきた。
「更紗先輩、いったい私についてどんな説明をしているんですか。」
私は先輩をジロッと見た。
「空河、國吉は振られたけど『
紫陽花の季節、君はいない 31
「──夏越、お前…目の前の人間をきちんと見ていないのではないか?」
思いがけない姐さんの指摘に、俺は顔をしかめた。
「何で見てもいないのに、そんなこと言えるんだ!」
急に大声を出したので、頭がくらくらする。
「分かるさ。お前が先程から言っていることは、お前の妄言だからだ。
お前の母親が儚くなったのも、紫陽が転生を選んだのもお前に責は無い。
夢に見たのは、お前が抱いている『罪悪感』だ!
お前は不安
夢見るそれいゆ 186
「先輩、連絡入れました。」
「うん、じゃあ家入ろう。ただいま~。」
更紗先輩が建物に入ると、小学高学年ぐらいの男の子が二人走り寄ってきた。一人は坊主頭で眼鏡を掛けていて、もう一人はおかっぱ頭だが、顔はそっくりである。
「おかえりなさい、更紗ちゃん。」
男の子達の声が見事にシンクロした。
「空河(くうが)、海斗(かいと)、ひなに挨拶して。」
更紗先輩が言うと、
「こんにちは~。」
と二人同時に私に
紫陽花の季節、君はいない 30
「夏越…お前、3月に此処に来たときよりも酷い顔をしているぞ。何があった?」
姐さんは真っ直ぐに俺を見た。
誤魔化しなどは通じないだろう。
「姐さんには叶わないな。話すよ。」
俺は木にもたれ掛かっていた体を起こした。
「俺さ、夢で義理の母親に実の母親と紫陽が死んだのは俺のせいだって言われたんだ。」
俺の言葉に姐さんの眉が微妙に動いた。しかし何も言わないので、俺は話を続けることにした。
「今度は俺
夢見るそれいゆ 185
更紗先輩と私は学校を出て、バス停二つ分ほど歩いた。
着いた先はお寺だった。
八幡宮の紫陽花の森に負けないぐらい、紫陽花の庭園が見事である。
檻には孔雀がいて、ちょうど羽根を広げているところだった。
「ひな、ようこそ我が家へ!」
「え?まさか、更紗先輩の家なんですか?」
「そうだよ。びっくりした?」
「は…はい。」
神社の息子の従妹がお寺の娘ということよりも、更紗先輩から仏教のイメージがまったく感
紫陽花の季節、君はいない 29
「夏越、気がついたか。」
今俺がもたれ掛かっているケヤキの精霊、涼見姐さんが眉間にしわをよせて、顔を覗き込んできた。
「姐さん…何で此処に?」
「それは此方の台詞だ。
ギリギリ頭が鳥居の内側に傾いたから、私は本体の枝をへし折って、お前の体を境内に入れて此処まで運んでやったのだ。
骨…いや枝が折れたわっ!!」
姐さんが俺に対して不機嫌なのは通常運転だが、どうやら心配してくれていたらしい。
俺の傍ら
夢見るそれいゆ 184
私も続きが聞きたかったけど、これ以上の詮索は無粋だ。
詰まるところ、更紗先輩と羊司先輩は、幼なじみだからこそ一線を越えるきっかけが難しかったということである。
更紗先輩は、再び衝立の奥に戻って制服に着替えた。
「ねえねえ、来週で夏休み前の部活が終わるけど、お茶会はいつにする?」
木綿子先輩が以前話していたことを持ち出してきた。
「最終日で良いんじゃない?」
更紗先輩が軽く返事した。
「皆、それ
紫陽花の季節、君はいない 28
しばらくすると、明るさに目が慣れてきた。
俺は鳥居の外にいたはずなのに、八幡宮内の随神門に立っていた。
「何か変だ。」
この明るさはまるで昼間ではないか。
それに、此処から見える拝殿の側の桜は花が咲いている。
俺の後ろから、セーラー服を着た女の子が一人で歩いて来た。
「夏越クン──。」
知らない女の子から俺の名前が出てきて、俺はドキッとした。
しかし、彼女は俺を見ていない。
俺と同じ名前の知り