マガジンのカバー画像

風の季節ほか

418
「紫陽花の季節」スピンオフです。 「風の季節」「hollyhock」「白梅の薫る頃」「紫陽花の季節、君はいない」完結しました。 「夢見るそれいゆ」「紫陽花の花言葉」連載中です。
運営しているクリエイター

2021年6月の記事一覧

夢見るそれいゆ 174

夢見るそれいゆ 174

「生まれてすぐの頃は、前世の記憶と現世の状況がごちゃ混ぜになっていた。
言葉を話せるようになって、しばらくナゴシの名前を呼んでたよ。
私がいる国にはナゴシはいないって、理解出来たのは3歳位かな。」

私には前世の記憶があるゆかりちゃんの苦悩は分からない。
でも、このままだと夏越クンに会えないと気付いてしまった時はパニックになったことだろう。

「ヒナちゃん。私ね、後悔したの。
このまま会えないのな

もっとみる
紫陽花の季節、君はいない 16

紫陽花の季節、君はいない 16

夏至の日食の日、確かに俺は紫陽に「ずっと待っている」と誓ったのに。
悲しみに心を蝕まれて、いつの間にか忘れてしまっていた。

「──今はもう会えないけど、彼女と約束したんです。『また会おう』って。
別れが悲しすぎて忘れていたけど、思い出しました。」
「そうなの。また会えるようになると良いね。」
「…ありがとうございます。」

二人の関係を肯定してもらえて嬉しかった。
人間と精霊との恋は禁忌だったか

もっとみる
夢見るそれいゆ 173

夢見るそれいゆ 173

「ナゴシが『紫陽との未来』を語る度に、紫陽は胸が締め付けられる思いだった。
紫陽はギリギリまで精霊として死ぬことを秘密にしておきたかった。
きっと彼に知られてしまったら、悲しまれてしまうから──」
ゆかりちゃんは、少しの間沈黙した。
もしかしたら、電話の向こうで泣くのを堪えているのかもしれない。

「──ゴメン、ヒナちゃん。
紫陽の最期を思い出してしまって、辛くなっちゃった。」
「『最期』?」

もっとみる
紫陽花の季節、君はいない 15

紫陽花の季節、君はいない 15

俺の実家も古い家柄だったから、端午の節句は一族が集まっていた。
しかしそれは形式だけだったし、弟が生まれてからは俺は不参加だった。

この家は従妹の初節句を祝う位だ。きっと國吉も端午の節句の時は祝福されるだろう。
幸せそうな光景を見て、俺は少し淋しさを覚えた。

甘酒は紙コップに注がれ、お盆に乗せられ運ばれてきた。
「はい、どうぞ。本当は社務所に上がってほしいけど。」
「此処で、大丈夫です。」

もっとみる
夢見るそれいゆ 172

夢見るそれいゆ 172

2020年6月21日、372年ぶりに夏至と日食が同じ日に起こった。
太陽の力が最大限の夏至の日に、新月の力が食い交わることで、失われた者が再生する為の力が働いたのだと夏越クンから聞いた。

それを聞いた時はとても幼かったので、私はちんぷんかんぷんだった。
でも、今ならその意味が分かる。
紫陽は「失われた者」、つまり精霊として死ぬことで、人間として生まれ変わろうとしたということだ。

「さすがに、八

もっとみる
紫陽花の季節、君はいない 14

紫陽花の季節、君はいない 14

國吉の母親は、両腕で包み込むように息子を受け取った。
子どもの重さから解放された俺の腕はだるくなっていた。

「親ってすごいな。こんなに重いのに、ずっと抱っこしてるんだから。」
俺は心の内で呟いたつもりだった。

「ふふ、そうね。私も親になるまで、こんなに重いものをずっと抱えられるとは思わなかった。」
反応が返ってきたので、俺は思いを声に出していたことに気付いて焦った。

俺は、此処を立ち去るタイ

もっとみる
紫陽花の季節、君はいない 13

紫陽花の季節、君はいない 13

「はーい。ちょっとお待ち下さい。」
明るい女性の声が社務所の奥から聞こえてきた。
女性が苦手な俺は、緊張で変な汗をかき、心拍が早くなっていた。

「あーうー。」
抱いている國吉の小さな手が俺の顔に触れた。
どうやら、俺のことを心配してくれているらしい。
「國吉、心配してくれたのか?ありがとう。」
俺は國吉の柔らかな頬を人差し指で優しく触れた。

「あら?國吉、外に出ちゃってたの?
貴方が連れてきて

もっとみる
夢見るそれいゆ 171

夢見るそれいゆ 171

そもそも、私がちなっちゃんと絶交することになった原因は、國吉先輩と付き合うことをちなっちゃんに強要されたからだ。
あの頃の私は、それを拒み、私はちなっちゃんを傷付けた。
このことを掘り返すことは、ちなっちゃんをさらに傷付けることになってしまうだろう。

「──ヒナちゃん、傷付く人というのはお友達のこと?」
ゆかりちゃんに聞かれ、私は「うん。」と答えた。

「あのね、ヒナちゃん。
言われなかったこと

もっとみる
紫陽花の季節、君はいない 12

紫陽花の季節、君はいない 12

「何で俺が送り届けなければならないんだ?」
八幡宮の精霊たちは平気だけど、俺は知らない人間に対しては人見知りをしてしまう。

「夏越、私は人の姿はしているが精霊であるぞ。こういうことは、同じ人間であるお前の役目であろう!」
涼見姐さんの言うことは、もっともである。

「う~!」
俺に持ち上げられた國吉は、不快になってきたのか身をよじり始めた。
このままだと、落としてしまう。

「ね…姐さん、どうし

もっとみる
夢見るそれいゆ 170

夢見るそれいゆ 170

國吉先輩への想い。
何か言葉にしてしまうと、壊れてしまいそうで怖いのだ。
それだったら、このままでも良い気がする。

「ヒナちゃん、それはもしかして…」
ゆかりちゃんが何かを言いかけて、止めた。

「…答えを出しても出さなくても、いつまでも同じではいられないよ。
怖くても、クニヨシへの気持ちに答えを出さなくちゃ。
私、『伝えられるうちに、伝えておけば良かった』って後悔、ヒナちゃんにはしてほしくない

もっとみる
紫陽花の季節、君はいない 11

紫陽花の季節、君はいない 11

「そういえば、紅葉(くれは)は、どうしてる?」
俺は紫陽のもう一人の仲の良かった精霊の姿を探した。
「紅葉はお前に厳しく当たった手前、気まずいのだ。察してやれ。」
「そうか。」
俺は苦笑いした。でも、紅葉はちょっと苦手なので会えなくてほっとした。

俺の腹帯の入った袋を持っている方の腕が急に重くなった。
下を見ると、1歳位の子どもが袋を引っ張っていた。

「何でこんなところに子どもが?」
俺はこの

もっとみる
夢見るそれいゆ 169

夢見るそれいゆ 169

「もしも國吉先輩と付き合っていたら──」
ちなっちゃんはこんな目にあわなかったのに、と私は言いかけて、ゆかりちゃんに止められた。
「ヒナちゃん、そのifはクニヨシに失礼だよ。
クニヨシの想いは、ヒナちゃんの方にあるんだから。」

ゆかりちゃんに指摘されて、私はかつてのちなっちゃんが私に押し付けたことと同じようなことを言おうとしていたことに愕然とした。

「…そうだね。先輩の気持ちを踏みにじるところ

もっとみる
紫陽花の季節、君はいない 10

紫陽花の季節、君はいない 10

「涼見姐さん、久しぶり。」
俺が挨拶している間、姐さんは俺の手元をじっと見ていた。

「それは、八幡宮の腹帯だな。
まさか、お前紫陽をさっさと忘れて子が出来たのか?」
姐さんが軽蔑の眼差しを俺に向けた。

「…ち、違う!誤解だ!!
これは、柊司…友人の奥さんの代わりに受け取りに来ただけだ!
今は、外出するにもリスクが高いからさっ。」
俺は懸命に弁明した。

「ふん、言い訳をすればするほど胡散臭いが

もっとみる
夢見るそれいゆ 168

夢見るそれいゆ 168

「前にお付き合いしていた彼に閉じ込められていたの?」
ゆかりちゃんが聞き返した。
「うん…。信じたくなかったけど。」

ちなっちゃんは國吉先輩が好きだった。
だけど先輩と自分は釣り合わないと言って、ちなっちゃんに告白してきたその彼と付き合っていたのだ。
私と絶交している間にお別れしたと、更紗先輩から聞いていたけど…。

「…どうして?好きだった人を苦しめるようなこと出来るの?」
憤っていた気持ちを

もっとみる