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風の季節ほか

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「紫陽花の季節」スピンオフです。 「風の季節」「hollyhock」「白梅の薫る頃」「紫陽花の季節、君はいない」完結しました。 「夢見るそれいゆ」「紫陽花の花言葉」連載中です。
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2020年7月の記事一覧

夢見るそれいゆ 10

夢見るそれいゆ 10

夏越クンは、夕飯にレトルトのミートソースのパスタをサラダ付きで作ってくれた。
「柊司よりは料理は下手だけど、パスタ茹でる位は出来るようになったよ。」
かつて、夏越クンは料理音痴で、パパが独身の頃は夕飯を作ってもらってたらしい。

「昔は、生きる力が弱かった気がするよ。空腹で倒れて柊司に病院に担ぎ込まれたのは、今でも覚えているよ。」
笑いながら話す夏越クンだが、あの時は紫陽花の精霊の彼女に急に会えな

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夢見るそれいゆ 9

夢見るそれいゆ 9

私はクレハにまた明日会う約束をして、八幡宮を後にした。

一旦家に帰り私服に着替えてから、夏越クンの家に行った。
まだ夏越クンは帰宅していなかったので、合鍵で中に入った。
手洗いうがいをした後、冷蔵庫の中にあったりんごジュースをコップに注いで一気に飲んだ。
「八幡宮に行った事、夏越クンに言った方がいいのかな…。」
ソファーにうつ伏せで寝そべり、クッションを抱き締めた。
何だか、夏越クンの過去を勝手

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夢見るそれいゆ 8

夢見るそれいゆ 8

私は八幡宮の境内をぐるりと歩いてみた。
本殿の他に色んなお社があったり、銀杏の大木や杉林、紅葉、ケヤキ、そして紫陽花の森があった。

花の咲いていない紫陽花の森に一人、赤い髪のゴスロリ服の女の子が佇んでいた。
その人は、私と目が合った途端に
「紫陽?紫陽なの?」
と私とは違う人の名前を呼んだ。
「いいえ、違います。その人は私に似ているんですか?」
彼女は肩を落とした。
「ゴメン…人違いだったわ。で

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夢見るそれいゆ 7

夢見るそれいゆ 7

着物の男の子は、私の制服に付いている名札を見て、
「ウチの中学の制服だね。えっと、1年生の『ひなた』さん。」
と言った。
彼は精霊ではなく同じ中学生だった。
しかし、何処と無く浮世離れした雰囲気を醸し出している。

私が何も言えずにいると、彼は自己紹介してくれた。
「僕は、3年の國吉(くによし)。一応、生徒会長です。」
この人が、ちなっちゃんが今朝言ってたクニヨシ先輩だった。

「こ…こんにちは。

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夢見るそれいゆ 6

夢見るそれいゆ 6

放課後、ちなっちゃんと校門で別れ、私はバスには乗らずに八幡宮に向かった。
大通りを一本奥に入ると、八幡宮をすぐ見つける事が出来た。

八幡宮の入口の鳥居をくぐると、空気感が途端に変わった。
紫陽花が咲いてないかわりに、桜が満開だった。
木々から漏れる陽の光が綺麗で、鳥の歌が聞こえてくる。
こういう場所だったら、精霊も住んでいるに違いない。

せっかく神社に来たので、私はお参りする事にした。

手水

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夢見るそれいゆ 5

夢見るそれいゆ 5

「ひなちゃん、おはよー。」
教室に入ると、ちなっちゃんが挨拶してきた。
「おはよー、ちなっちゃん。」

ちなっちゃんこと千夏ちゃんは、入学式の日に仲良くなった女の子だ。
ちなっちゃんは、学校の近くに住んでいる。
そうだ、八幡宮について聞いてみよう。

「ちなっちゃん。朝ねー、バスの窓から八幡宮の大きな看板見つけたんだけど、どんな神社なの?」
「八幡宮?大通りから一本奥に入った所にある神社だよ。紫陽

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夢見るそれいゆ 4

夢見るそれいゆ 4

「ひなー、バスそろそろ来るぞー!」
中学校はバス通学なのだが、パパと同じ路線になった。
家を出てすぐの所にバス停はある。

バスに乗り込むと、私は一人席に座ることが出来た。
その隣にパパが吊革を持って立つ形になった。

「昔は夏越も学生時代同じバスに乗ってたんだよな~。
俺が傘持たない主義だから夏越の傘に入れてもらってたけど、『相合い傘かよっ』って周りからツッコミ入れられてたよ。」
パパが懐かしそ

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夢見るそれいゆ 3

夢見るそれいゆ 3

夏越クンが旅行で留守の間、私は旅行雑誌を眺めていた。
ドッグイヤーが折られているので、大体の行き先が分かるのだ。

はじめの頃は、無邪気にお土産を楽しみにしていた。
「ひなたちゃん、お土産だよ。」
と夏越クンが私に手渡す時、微笑んで私の頭をポンポンする癖があるのだが、それは夏越クンがへこんでいるという事だって、ある時気づいてしまった。

夏越クンの旅に出る理由は彼女の生まれ変わりを探しに行っている

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夢見るそれいゆ 2

夢見るそれいゆ 2

8月生まれの私の名前は、パパと夏越クンがつけてくれた。

はじめ、パパはママの名前が【あおい】だから、向日葵(ひまわり)にしようとしていた。
でも、夏越クンが向日葵は画数が多くて大変だからって、平仮名で【ひなた】が良いと言ってくれたのだ。

実際、パパが私を「ひまわり」と呼んだ時と「ひなた」と呼んだ時では、「ひなた」の方にだけ笑ったらしい。

私は【ひなた】という自分の名前を気に入っている。

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夢見るそれいゆ 1

夢見るそれいゆ 1

私がとてもとても幼い頃、パパの親友の夏越クンがお昼寝の時間によく話してくれた。

「俺と八幡宮に住む紫陽花の精霊は恋人だったんだよ。
彼女は八幡宮の外に出ると消えてしまう決まりだった。
俺と一緒にいる為に、彼女は人間に生まれ変わる決心をしたんだ。
夏至の日食の日、精霊としての彼女は死んでしまった。
俺は、彼女の生まれ変わりをずっと探しているんだ。」

おとぎ話の様に語る夏越クンが、私は好きだった。

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白梅の薫る頃

白梅の薫る頃

これは「紫陽花の季節」に出てくる白梅の精霊【梅さと】の詩です。

愛しい貴方へ

私がこの世に在ったのは、
貴方に出会う為でした。

存在が違うと皆が言ったけど、
お互いの気持ちは同じでした。

貴方はとても私を愛しんでくれました。

いつか貴方は私以外の人と
結ばれると分かっていました。

貴方に会えない日々が続いて
私は守られている場所から出る事を
決めました。

消えてしまうと分かっていても

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hollyhock 14 【完】

──あれから4年、柊司くんは社会人になり、私達は結婚する事になった。

「ねえ、夏越くんに伝える時、きっかけになったカレーを食べながらにしない?」
私の提案に、
「いいねぇ、油断した夏越がびっくりするの見るの楽しみだ。」
と、柊司くんはニヤリとした。

「あおい、夏越だいぶ変わったよ。
何て言うか…ちゃんと人と関われるようになったよ。」
「きっと、良い出会いがあったのね。」
私が柊司くんと出会い、

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hollyhock 13

「俺…あおいさんにはじめて会った時、唐揚げのパックあげたじゃないっすか。
元気無かったのが、『ありがとう』って微笑んでくれたのが嬉しくて。
あおいさんにもっと喜んでもらいたいなーって。
何でだろう…あぁ、これが好きって事かって気づいたんっす。」

私は、柊司くんが話す言葉をドキドキしながら聞いていた。

「あおいさん…急に抱きついてすいません。
でも、俺…あおいさんに好きになって欲しい!」

私は

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hollyhock 12

「──ご馳走さまでした。」
私達は、カレーを完食した。
「柊司くん、洗い物は任せて!皿洗いは得意なの。」
私は、料理中の大失態を皿洗いで巻き返す事にしたわ。
「では、俺は皿を拭くの手伝うっす。」

シンクに皿を運んで、あらかじめ炊飯器の釜と鍋の方に洗剤の入ったお湯を張った。
スポンジを泡立てて、お湯でコップやお皿を洗った。そのうち炊飯釜や鍋の汚れがふやけてきたので、最後に洗った。

「あおいさん、

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