上演によせて

<主宰のあいさつ>
2月ぶりに、アトリエ春風舎という劇場に小さな光が灯ります。
私たちにとってこの半年間は「劇場」という空間がどのような場所だったのか、改めて考える時間になったと思います。
生活の一部として当たり前に存在していた場所を失った私たちの生活は、文字通り破綻し、思わぬ長い休暇を余儀なくされました。
その良くも悪くもぼんやりとした長い夢のようだった時間を糧に、作り上げた演劇です。
今、劇場を開くという事、オンラインでなく劇場で、観客の目の前で演劇を上演するという事について考えながら「マッチ売りの少女」の戯曲と向き合ってきました。
このような特殊な状況下での旗揚げとなった事に何か因果を感じますが、今、新たに光の灯るアトリエ春風舎での上演を、しっかりと目撃していただけますと幸いです。

櫻内憧海


<演出のあいさつ>
櫻内企画の演出オファーをもらったのは今から約一年半ほど前、2019年の年明けでした。普段は舞台の音響スタッフとして活動する櫻内さんが、稽古初日から本番が終わるまでできる限り現場について、演出家や俳優、その他スタッフたちとクリエイションをともにしていくような企画を立ち上げたい、確かそのような説明を受けたことを覚えています。ですので、今回の『マッチ売りの少女』の櫻内さんの「音響・他」のクレジットの「他」ということばのなかには、作品を支えるための(あるいはそれ自身が作品でもある)照明、舞台美術、衣装はもちろんのこと、〈創作環境〉や〈場〉といったものも含まれていて、最終的にはその〈土台〉が作品をまとめあげる段階で大きな作用をもたらしてくれました。また、少人数でのポータブルな創作、レパートリー化、ツアー公演など、継続的な活動を目指していきたいというもう一つの柱があり、コロナなどの影響で今回ツアーは叶いませんでしたが、この先、実現に向けて櫻内さんと準備を進めていきます。

別役実『マッチ売りの少女』の戯曲については、企画の話が本格的に動き始めた2019年の9月ごろに決定しました。高校生の頃、地元の劇団が『マッチ売りの少女』を上演していて、それがはじめてこの作品に触れた機会だったのですが、観劇体験としては「よくわからない」(けれど面白かった)ものでした。それから戯曲選定のために久しぶりに戯曲を読んだ時、戯曲の展開やセリフ、登場人物たちの置かれている状況が「とてもよくわかる」と感じました。これまで僕の演出作品では、その演出の根底に「よくわからなさ」、つまり自分とは距離のある対象との間をゆれうごく態度があり、そこから演出のアイデアやイメージ、時間や空間のデザインなどに取り組んできたので、そういう意味では今回あらたな挑戦とも言えます。では一体なぜ、この戯曲を選んだのかというと、その「わかった」という感覚が、作中に出てくるあるエピソードと重なると思ったからです。正確に言えば、その「わかる」ということばは、「わかったことにしている」「わかったフリをしている」というニュアンスも含んでいるのですが、その頃読んでいた綿野恵太『「差別はいけない」とみんないうけれど。』や宮地尚子『環状島=トラウマの地政学』の読書体験がさらに加わって、〈受け入れる〉ことについての作品にしたい、と選定に至りました。

ある夫婦の家にひとりの女がやってくる。『マッチ売りの少女』のおはなしはここからはじまります。けれど稽古を進めていくうちに、女がやってくる夫婦の家もまた、どこからか持ち込まれたものなのかもしれないと強く感じるようになりました。その〈持ち込まれた〉という感覚を「上演」という舞台芸術の制度に置き換えるところから、実際の現場のあらゆる作業ははじまりました。そして、演劇作品のはじまりは、鑑賞行為、観客の存在があってはじめて成り立つ、はじまり出すものだと僕は考えています。それぞれの場所から劇場へと足を運び、扉をくぐって、観客席に着き、終演後に席をたって劇場をあとにする、その一連の営みが作品を駆動させるような、そこからすべてがようやくはじまるような作品にできればと思い、今回の作品をつくりました。

ご来場いただきありがとうございます。
最後までごゆっくりとお楽しみください。

演出 橋本清(ブルーノプロデュース、y/n)

<次回のご案内>
【橋本清|構成・演出・出演】
y/n『セックス/ワーク/アート』
日程:2021年2月5日[金]-2月7日[日] 
会場:トーキョーアーツアンドスペース本郷
※OPEN SITE 5 参加作品
https://www.tokyoartsandspace.jp/archive/exhibition/2020/20201121-7018.html

【串尾一輝・新田佑梨|出演】
小田尚稔の演劇
「罪と愛」 “Sin and Love”
脚本・演出:小田尚稔
日程:2020年11月19日[木]-11月23日[月] 
会場:こまばアゴラ劇場


青年団若手自主企画vol.84 櫻内企画
『マッチ売りの少女』
2020年9月26日[土]-10月4日[日]
アトリエ春風舎

【出演】
串尾一輝(グループ・野原)*
新田佑梨*
畠山 峻(people太、円盤に乗る派)
*=青年団

【スタッフ】
演出:橋本 清(ブルーノプロデュース、y/n)
音響・他:櫻内憧海(お布団) *
宣伝美術:得地弘基(お布団)
写真撮影:三浦雨林
演出助手・当日運営:山下恵実(ひとごと。) *
制作:半澤裕彦 *     *=青年団
総合プロデューサー:平田オリザ
技術協力:大池容子(アゴラ企画)
制作協力:木元太郎(アゴラ企画)

協力:ブルーノプロデュース、y/n、グループ・野原、(有)レトル、people太、円盤に乗る派、お布団、ひとごと。
企画制作:櫻内企画/(有)アゴラ企画・こまばアゴラ劇場
主催:(有)アゴラ企画・こまばアゴラ劇場
助成:文化庁文化芸術振興費補助金 (劇場・音楽堂等機能強化推進事業)
独立行政法人日本芸術文化振興会


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