#5_「茶の湯」と「茶道」の違いとは?

皆さんは、冒頭の問いに何と答えますか?

その定義について、当法人がご指導いただいている小泉宗敏先生は、

==========

「茶道」は「道」なので厳しいが、

「茶の湯」は「楽しむこと」がその真髄である

==========

と、教えてくださっています。

では、なぜそのような違いが生まれるのでしょうか?ヒントは、その歴史的な起源にあります。

日本茶文化の歴史

英語の図になりますが、私たちは「日本茶文化1000年の歴史」を以下のように整理しています。

画像1

ポイントは、今からおよそ400年前、千利休によって「茶道」が確立されたところにあります。

お茶が金よりも高価だった時代

お茶は今から800年前、中国より日本にやってきました(文献によっては1000年前の平安時代より貴族に嗜まれていた様子がうかがえます)。当時、「薬」としてやってきた茶は、金よりも高価なものでした。

結果、「茶」は貴族のみが手に入るものであり、色彩美が最も発達したと言われる「平安の雅な文化」を代表するように、陽気な日本人によって「楽しく」嗜まれてきたものでした。これが、「茶の湯の精神」の源流となっています。

お茶が武士道と交差し「茶道」になった時代

今からおよそ400年前、千利休が「茶道」を確立しました。

戦国時代であった当時の日本において、戦いに明け暮れる「武士」たちに、「道徳」「倫理」を教え、戦国時代の終わりに貢献したと言われる「茶道」は、それ以前より茶文化によって継承されてきた「和の精神」に加えて「武士道の精神」を色こく反映しました。

そして、これ以降「茶道」は国を治めるリーダーの嗜みとして、明治維新以降も継承されてきました

違いの本質

では、この二つの違いの本質は何でしょうか?

「茶道」においては厳しいルールを守ることが求められます。そして、そのルールや所作一つ一つに対する捉え方は流派により異なるため、その「道」に入るためには自分で「ここだ」と決めた流派の門を叩く必要があります。

一方の「茶の湯」は、同じく千利休の言葉にもある通り、「湯を沸かし、自然(の神々)に感謝し、茶をゆっくりと味わう」、これを「自分のスタイルで愉しむこと」を嗜むこと、これを追求することが一番大事なことです。

茶道ではなく「茶の湯外交」としている意味

私たちは、世界に日本を紹介する際の「入口」、あるいは日本に関心を持っていただく「呼水」となる茶を目指しています。

よって、「茶の湯」を通して関心を持っていただけ、結果「さらに学びたい」という方にお会いした際には、「日本にはいろいろな流派がございますので、お好きな扉をノックしてみてください」とお伝えしています。

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!
1
特定非営利活動法人 桜茶meet は「世界における日本の存在力低下」という課題に対し「茶楽(さくら)」をコンセプトとする茶会を通して相互理解を促進する「草の根×民間」による茶の湯外交を展開しています