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「シャイニング・ワイルドフラワー~千だって~」第六話 人生にもし・・・はない

人生にもし・・・はない

わたしは運命にたかをくくっていた。
たぶん何とかなるわ、てね。
おじいちゃまはわたしに甘い。だから、ほら、わたしの願いも聞いてくれたじゃない?と。
そんなベタベタに甘いわたしは、このまま安穏と秀くんと大阪城で暮らしていけると信じていた。
今のままの暮らしがずっと続くと思っていた。
そんなわけないのにね。
そんなことできないのにね。

おじいちゃまは、いろんなタイミングを計っていた。
もしかしたら、わたしと秀くんにお子ができるのを待っていたのかもしれない。そうなったら、何かが変わっていただろう。
そのための「猶予」だったかもしれなかった。
でも、わたしは見逃した。
ううん、運命の手を掴み損ねたの。

初告白をしてもいいかしら?実は、わたし一度妊娠していたの。
秀くんがおじいちゃまに会った翌年、わたしと秀くんの赤ちゃんがわたしのお腹に宿った。
わたしと秀くんは、うれしくてうれしくて手を取り合って泣いた。

自分達のために、というよりも、これで豊臣と徳川が争わなくてもすむ、と思った。この時期、わたし達がそう思うくらい、豊臣と徳川の関係は緊張感を増していた。
でも小さな命がわたしの中に宿ったことで、これで本当に秀くんと夫婦になれた気がした。
やっと本当に豊臣の一族になれた、と思った。

わたしはまだふくらんでもいないお腹を撫でながら、芽生えたばかりの命に「ありがとう」と何度も伝えた。
芽生えたばかりの命だったので、ほんのごくごくわずかな側近たちにしか知らされなかった。しっかり安定するまで、公表は控えた。
淀ママはどこまでも慎重だった。

だけどこの新しい命の誕生を、快く思わない誰かがいたのだろう。
今となっては、真実は何もわからない闇の中だ。

しばらくして、わたしは流産した。
出されたお茶を飲むと、強い吐き気をもよおし、そのまま倒れてしまった。
吐き気と下痢と脱水症で寝込み、何も食べられない日が三日間続いた。ようやく起き上がれるようになった時、赤ちゃんが私の中からいなくなったことを聞かされた。わたしは茫然とした。

赤ちゃんは、たった一週間しかわたしのお腹の中に滞在しなかった。わたしのお腹の中は空っぽだった。お腹だけでなくわたし自身も空っぽになり、涙も出なかった。ただただ呆然とした。運命の悪意を感じた。
淀ママは大阪城の誰かが下手人だとわかるのを怖れ、わたしの妊娠と流産をなかったことにした。すべてを抹殺した。

千姫の妊娠は、実は医師の見立て間違い・・・・・・
ということにし医師を解任させ、妊娠を知ったごくわずかな者たちも刑部卿局をのぞき、決して他言しないことを誓わせ、多めの退職金を支払い城から体よく追い出された。
あるいはわたしが知らないだけで、もしかしたら口封じのため彼女たちは、命を取られたのかもしれない。だけどそれを調べるすべがない。
刑部卿局も決してわたしには言わない。そのことも私の心を痛ませた。

わたしと秀くんは、赤ちゃんを悼むことも冥福を祈ることも禁止された。
それが悲しくて、二人で泣いた。いっぱい泣いたわ。
一瞬だけ地上に降り、すぐにまた天に還ったあの子。
お墓も作ることが許されず、その存在を抹殺されてしまったわたし達の子。
しばらくわたしは一人でずっと泣き暮らした。

それから、秀くんとのsexがなくなったの。
二人とも身体を合わせたい、と思わなかった。
秀くんはわたしの心も身体も傷ついたことを知っていた。
だから、何も無理強いしなかった。
横にいて、やさしく髪を撫でてくれた。
そのやさしさがうれしい反面、もっと強引にきてくれたら、わたしも身体を開けるのに、というはがゆい思いもあったわ。だけど自分から秀君を誘うことはできなかった。
自分勝手かしら、わたし?
だけど、女はみんなワガママよね?
お互いカタツムリのように殻にこもり、手を伸ばすアクションもないまま、ただ二人で抱き合って眠るだけの時間が過ぎていった。
初めは、もっと時間が経てば前のようにsexできるわ~と気楽に思っていたの。眠る前に秀くんに軽く抱きしめてもらって、お互いおやすみなさい、とそれぞれの布団に入り、手足を伸ばして眠っていた。だけど、だんだんそれが習慣化され、当たり前になってきたの。
sexしなくても、そばにいてくれるだけで十分満足するようになったのね。
だから今思うと、その時のわたしは、自分が思っているよりも深く傷ついていたのかもしれないわね。

こうして歴史上、わたしと秀くんとの間に子どもはできなかったことになった。でも、真実はちがうの。
わたしと秀くんの間に、赤ちゃんはできた。
ただ、産めなかった。
それだけよ。

わたしは時々考える。
人生にもし・・・は、ないことは知っているのよ。
だけど、もしあの時、わたしと秀くんの赤ちゃんが生まれ、その子が男の子だったら、豊臣はどうなっていたのかしら?とね。
徳川とちがう関係になっていたかもしれない。

でもわたしが豊臣の血を引く子を産むことは、おじいちゃまを困らせたかもしれない。淀ママさえ、本当はその子の誕生を喜んでいなかったかもしれない。豊臣と徳川。この両家はどちらも相手の血を自分の中に入れたくないことでは利害が一致していた気がする。

今回のわたしの妊娠と流産、どれだけ隠しても、きっとおじいちゃまの耳に入っていたと思う。
おじいちゃま自身も、豊臣と徳川をどのようにしたらいいのか、熟考していたでしょう。準備もしていたでしょう。
一度妊娠したわたしがまた妊娠する可能性もあるかも?と待っていたかもしれない。
でも、わたしは妊娠しなかった。もう秀くんとの間に肉体関係がなかったんだもの。妊娠できるわけ、ないわよね。

秀くんがおじいちゃまに会った三年後、豊臣を揺るがす事件が起こった。
運命が地響きを立て、動き始めた瞬間だった。
わたしが「猶予」の本当の意味がわかった瞬間だった。


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愛し愛され輝いて生きるガイドブック

もし、あの時~だったら・・・

もし、あの時、こうしていたら・・・

そうしていたら、あなたは今のあなたより良くなっていたと思いますか?

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人生に「もし」は、ありません。


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