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リーディング小説「お市さんforever」第二十三話 知りたい答えがある場所

知りたい答えがある場所

秀吉の行った兄上の葬儀、という名の盛大なパレードは、一週間も続いた。その間、ずんずん人と物が動いた京の町は、豊かに潤った。彼は京都の人々に経済的な豊かさだけなく、もれなく安心も与えた。兄上亡き後「これからどうなるんだ?!」と彼らは不安だった。何度も戦の犠牲者になった罪のない京の人々は、戦で武士以上に自分達の生活が破壊されることを知っていた。

先の見えない不安に飲みこまれそうな時
「大丈夫!わしにまかせてちょ。
わしが織田信長様の跡を継いで、天下統一しますんで」
と、秀吉が大アピールしたものだから、京の人々はすっかり秀吉のファン。彼の思うつぼに落ちた。

兄上の葬儀を行うまでの秀吉は、兄上の仇の光秀を討った家来だった。
が、織田家の筆頭家臣ではなかった。筆頭家臣は勝家だった。
だから彼は勝家を出し抜き、自分こそが織田信長の正式な後継者、と世間にアピールする必要があった。
しかも、その場に勝家や私が出席しないのも計算ずみ。
となると、世間は私も勝家もそれを認めた、と受け取る取る。

さぁ、こうなると勝家の立場は非常に弱い。
しかも、冬がどんどん近づいてくる。
北の庄城のある福井は豪雪地帯で、雪が降れば兵を出せない。
そんな時期、秀吉に戦をしかけられたら、勝家は手も足も縛られたのと同じ。

私達は向き合い、今後の話をした。私は勝家にじりっと膝をすすめ「ねぇ、勝家。取りあえず、猿と講和したらどう?」
と提案した。とたんに勝家は大きく顔をしかめた。
「えっ?なんですと?お市様!
どうして猿なんぞに、わしから講和など持ち掛けねばならんのです?!」
勝家はご不満そうだった。
織田家筆頭家臣だった自分から、格下の猿に頭を下げる屈辱を、受け入れたくないのはわかる。それを承知の上で私は勝家の膝にそっと手を置き、さらに顔を近づけ、ささやいた。

「でもね勝家、よく考えて。
これから福井は雪に閉ざされ寒くなるの。
もしそんな時に猿と争って、戦を仕掛けれたらどうする?
まだどちらに味方しようか考えている武将達は何人もいるの。
そうやって時間稼ぎをしながら、迷っている彼らを味方に引き入れたらいいんじゃなくて?」
勝家は腕を組みながら、眉間にしわを寄せ考え込んでいた。
勝家の頭の中で、いろんな思いがグルグルしているのがよくわかる。だけど迷っている猶予はない。私は彼の膝だけでなく、肩にも手を置いて甘い匂いをかがせ、命令した。
「今は負けるが、勝ち。
勝機がやってくるのを待つの。
あなたのプライドに、こだわっている時じゃないわ。
さぁ、早く猿に講和の使者を送りなさい!!」
「ははぁ~~~」
ついに彼は頭を下げた。

そして今度はねっとりした上目遣いと、もじもじするしぐさで「あ、あのですなぁ・・・お市様・・・」と言った。
「なによ、勝家」
「じ、実は・・・わし・・・」
赤くなった勝家を見て、私はちょっとイヤ~な感じがして、上半身を退いた。すると勝家は顔をぐん!と私に近づけ「わしは、男になりました!」と誇らしそうに言うの!
「はぁ?!」意味がわからない。
「いえ、お市様と結婚する時は、あまりのありがたさと緊張で、男として役に立ちませなんだ。しかしあれやこれや試した結果、ついに男としてお役に立てることになり申した!!」
と胸を張って、誇らしげに言う勝家。

「そ、そう・・・・・・それはよかったわ!」と言いながら、私は心の中で何、この人?と思った。でも名義上の妻として笑みを浮かべ、勝家に「勝家、おめでとう!それはよかったわ。男として精気がみなぎってきた、ということね」と冷静に言った。勝家はお預けになったご飯をもらう犬のように、息をはぁはぁさせ「ええ、ですからお市様と褥を・・・」と腕を伸ばした。私はその手をさっ、とかわし
「あら、それはだめよ勝家。
婚儀の時にお約束したでしょう?
私に指一本、触れない、とね。
そのお約束は、守らなきゃダメよ。
武士に二言はないのですからね」
と幼稚園児に聞かせるように、言い含めた。

とたんに勝家は泣きそうな顔になり「そ・・・そんな殺生な!!お市様~~~!!」
と悲鳴をあげた。私は勝家の鼻に、ちょんと人差し指を置き「大丈夫!あなたの世話をする側女は、妻としてちゃんとご用意するわ。
そのものに、あなたの夜伽をさせるから安心してね」とウインクした。

私の言葉で、お預けはもらえない、とわかった勝家はガックリ肩を落とした。私は彼の肩に手を置き「あなたが天下を取り、私を天下の御台所にしてちょうだい。その暁には、喜んであなたに抱かれるわ」と言った。
そう口にした時「あらら、言っちゃった」と思ったけど、そんな日は来ないと思った。勝家が秀吉に勝つことは無理。イメージができない。まだ秀吉に抱かれている自分の方がイメージできる。


無意識に私は、秀吉の勝利を望んでいるの?勝家の寝所から出て、夜の廊下を娘達の部屋に向かって歩きながら、考えた。この城に来てから、長政さんの声を聞くことはない。これまで彼の「市、生きるのだ・・・」という言葉が私の支えだった。私は朽ちてもいいけど、これから花咲く人生が待っている娘達は生かさなくては。そのために私は生きよう、そう思った時、天井の暗闇から「お方様・・・」と密やかな声が、糸を伝うように降りてきた。

秀吉に密書を放った間者が、猿からの密書を持ち帰った。
すぐに封を開くと、子どものように大きな字で一言だけ書かれていた。
「すきです」
ああ、これが猿が人たらしのゆえんだわ、と思い、私は笑った。
この無邪気さゆえに、人は彼に親しみを持つのね。だって私でさえ一瞬、いいかも?!と思ってしまったもの。これが勝家にはないところ。

私は娘達が寝ているそばで、墨と紙を取り出した。

こりこりこりこり、心を鎮め墨をする。こりこりこりこり

女はいつも心のどこかで、かけひきをする。
私が抱かれたいのは、どちら?
どちらが勝って天下を取る?

こりこりこり こりこりこり
だけどかけひきする間もなく、私の本能はその答えを出した。
それまで未来を見るのが、怖かった。
夫婦の愛がない、とは言え織田に尽くし、私に尽くしている勝家に情はある。男女の愛とは違うけど、愛はある。

だけど、どこに答えがあるかも知っている。それは一番見たくないところだ。一番見たくない答えが、私の未来。

秀吉の言葉に、どんな意味が込められているかご存知?
「あなたを待っている」よ。
そう、猿は私を待っている。
勝家が戦に負け、私が娘達と一緒にこの城を出て、渋々彼のところに行くのを待っている。そしてそれを私が望んでいることも知っている。これが一番見たくなかった答え。

こりこりこり 私の黒髪のように、真っ黒な墨がすれた。

真っ黒な墨に真っ黒な気持ちを隠し、秀吉に手紙を書いた。私も彼を倣い、一言だけね。
「お楽しみに」

これで、秀吉は勝家からの講和を受けるに違いない。福井の寒い冬が、すぐそこまでやってきた。

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