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「ソウルメイト・ドラゴン~篤あっつつ~」第二十三話 信じることは、愛につながる

信じることは、愛につながる

 大阪城の慶喜は、どうにか自分が新政府の中に入り込めるよう根回しをしていた。その頃、江戸にいた西郷は、浪士達を集め江戸でテロを起こした。罪のない人達を巻き込み、強盗や殺人、暴行などの無差別テロは江戸中を震撼させた。勢いに乗った彼らは、私のいる江戸城二の丸を含め、江戸城にも火をつけた。江戸の人々は震えあがり、いつ自分のところに災難が降り注ぐかわからない恐怖に襲われた。
私は怒りと困惑で身震いした。
「西郷、どうしたと言うのだ・・・・・・」
思わず口に出した言葉を聞いたものは、そっと顔を伏せた。薩摩出身の私が彼らを非難することは自分を非難することだからだ。

それでも私は、西郷の意図するところがわからなかった。今や薩摩は「薩摩御用盗」と呼ばれ、江戸の薩摩藩邸が彼らのアジトになっていた。罪もない江戸の人々を、このような目に合わせる非道なことをどうして彼がするのか、私にはわからない。私は気持ちを落ち着かせるため、お茶を手にした。熱い茶碗を手で包み、忠実な犬のような目をした西郷を思い出した。今の彼はもう過去の人で、別人だ、と彼の面影を探した時、ハッ、とした。もしや西郷は、お義父上の遺志を貫こうとしているのではないか、そう思い当たった。義父の島津斉彬は幕府を開き、新しい日本になることを強く望んでいた。そのために私を家定様に嫁がせ慶喜を将軍にし、日本を開こうとしていた。が、それは徳川がまだ力を持っていたからだ。今の慶喜の存在自体が、新政府の邪魔で、新しい日本を開く妨げになっている。慶喜から権力を奪い、発言力をなくすことで、西郷は旧幕府に口出しさせない新しい日本を作ろうとしているのではないか? 彼はそれが義父の遺志を継ぐことになる、と思ってテロを起こしているのではないか?西郷は自分が悪役となることで、わざと慶喜や旧幕府軍を挑発しているのではないか?そう考えるとすべてのピースがパズルのようにはまる。

 私の手から茶碗が滑り落ちた。だめだ、だめだ、西郷。そんなやり方で勝利を勝ち取っても、お義父上は喜ばない。私は大奥を引退した幾島に手紙を書いた。彼女に体調を尋ね、もしよければ再度江戸城に来てもらえぬか、と伝えた。西郷のまちがった行いを止めなければならない、私の気持ちは急いた。しかしそう思っていた矢先、旧幕府軍の堪忍袋の緒が切れ、彼らは薩摩藩邸を襲った。
それは、まさに西郷の狙い通りだった。彼は旧幕府軍が新政府に戦いを挑んだ、という既成事実を作った。
これをきっかけに翌年一八六八年一月、鳥羽伏見で旧幕府軍と新政府軍の戦になった。
この時、新政府軍は燦然と輝く「錦の御旗」を掲げていた。その旗は天皇からのお墨付きをもらった聖戦という証拠だ。つまり新政府が天皇からの命を受けた官軍であり、旧幕府は天皇に歯向かう逆賊という位置関係になっていた。旧幕府軍を率いていた慶喜は
「たとえ城が燃え尽きたとしても、最後まで戦おう! 」
と皆に言い、兵士達の士気を上げた。ところがその夜、彼は思いもよらない行動を起こした。彼はわずかな側近を連れ、大阪城を逃げ出した! 府の軍艦、開陽丸に乗って江戸に帰ってきたのだ。
これには私も静寛院宮様も、唖然とした。
逆賊の汚名をかぶったまま残された兵達は、どうしたらいいのだ? 慶喜がやったことは、私達を江戸城に残していったのと同じだった。
彼はまた同じ過ちを繰り返した。しかもずうずうしく私達に天皇にとりなししてもらうよう、泣きついてきた。あきれてものが言えなかった。

私は静寛院宮様とよくよく話し合った。
「ねぇ、どう思われます? あの慶喜、一人だけおめおめと逃げだし、私達に仲立ちさせ天皇に赦しを乞う、ってすごい根性だと思いませんか?」
「ええ。ですが、慶喜も天皇には嫌われたくないのでしょう。それに今、徳川を存続させるのは、あの慶喜をうまく使うしかありませんね。」
「そうそう、そこですのよ。徳川宗家の存続を願うなら、慶喜の意のままに動くのではなく、私達が彼を意のままに動かせばいいのです」
私達の意見はまとまった。案の定、慶喜は静寛院宮様に泣きついた。
「私は天皇に歯向かう気など、さらさらございません! とお伝えください」
そのふてぶてしい態度に静寛院宮様は嫌悪感を持ち、しばらく彼に会わなかった。けれどこれは私達の作戦だった。

すぐに彼の意をくみ取り朝廷に申し出たら、私達が慶喜になめられる。これまでさんざん私達女を馬鹿にして、見下してきた彼を、ちょっと懲らしめた。私が彼と静寛院宮様を仲立ちした、という形をあえて取ったのだ。その方が、ありがたみが増す、ということだ。これくらいはしてもいいだろう。ずうずうしい慶喜は、天皇に謝罪だけでなく、直に面談することなど条件もつけてきたけど、これは敢えてスルーしてやった。そして静寛院宮様を通じ使者を立て、天皇に謝罪を申し入れた。
私は亡き義父に言いたかった。
「お義父上、あなた様が見込んだ男はこのような器でした。やはり、私の夫、家定様が決めたことは正しかったのです」
今さらながら、家定様の思いと人としての器の大きさに改めて感じいった。自分が信じた人を信じていてよかった。信じることは、愛につながる。

私は夜空を見上げた。暗い夜空にたくさんの星々が瞬いている。
「家定様、あなたは正しかった。あなたは人を見る目をお持ちでした」
夜空に向かい、しみじみ遠い空の向こうにいる家定様に語りかけた。星達はただ輝きながら、静かに私の声に耳を傾けた。家定様の姿形はもうこの世にはない。けれど家定様は私のそばにずっとおられる。肩のあたりがほんのり温かく感じた。それは見えない家定様がそっと私の肩を抱き寄せてくれたようだった。私は改めて誓った。
「徳川宗家、何としてでも残しますよ。次の世代へのバトンを、渡しますからね。見ていて下さいね」

慶喜の件はこれで収まったかのように見えた。しかし、西郷の考え方はちがった。彼は何としても徳川の息の根を止めたい、と思っていた。西郷はもう一度徳川がよみがえった時、慶喜が逆襲することを心から怖れていた。だが、この時の私達にはそれがわかっていなかった。


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