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リーディング小説「美しい子宮~寧々ね~」第十一話 すべてお前が選んだ、望み通りの設定だ

すべてお前が選んだ、望み通りの設定だ

秀吉が帰って来ない部屋で、明け方うつらうつらしてようやく少し眠りにつきました。ところが目覚めは最悪でした。
身体中は燃えるように熱いのに寒気でゾクゾク震えました。関節の節々もひどく痛みます。

裸のまま眠った身体には、何かに噛まれたようなあとがいくつもありました。よほどかゆかったのか、知らず知らずそこをかきむしっていました。
かきむしり過ぎたせいか傷が膿み、熱を持っていました。
いつもなら夏の夜は蚊帳に入って眠るのに、昨日はあまりのショックに蚊帳に入ることさえ忘れ、蚊帳の外で裸のままで眠ったようでした。

どうやら、わたしは病にかかったようです。
身体を起こそうとしましたが、しんどくて起き上がれません。
喉が渇いたので水を飲もうとしましたが、昨日秀吉に茶碗を投げつけて割ったので水も飲めません。
身体中が熱くて痛くて苦しくて、助けを求めようとしましたが声が出ません。

わたしは布団でもがきながら、このまま死ぬかもしれない、と思いました。
でも死んでいいのかもしれません。ここでわたしが死んでも、誰も悲しまないでしょう。
秀吉には子どもを産んでもらえる側室ができるし、うまくいけばお市様も手に入るかもしれません。
わたしがいなくても、もういいのでしょう?
わたしもこのまま彼のそばで生きていくには、苦し過ぎます。
かといって彼と離縁し、他の男に嫁ぐことなど考えられません。

わたしは肩ではぁはぁと息をしながら、天井を見つめました。天井がグルグル回っています。心も身体も、とにかく苦しくてたまりません。
この痛みから解放されるには、死ぬより他に方法がないかもしれません。
愛する彼と一緒にいられないのなら、これ以上生きる価値などありません。このまま息絶えてもかまいません。
やがて少しずつ意識が遠のいていきました。

雨の降った翌朝早くのような真っ白い霧が、目の前を覆っています。
わたしは自分がどこに向かうか知っているような軽い足取りで、歩いています。後ろから誰かが「おーい!おーい!」と呼ぶ声が聞こえます。
その声に後ろ髪を引かれる気持ちもありましたが、もっと先に進みたくて声を聞き流し、前に進みました。

やがて目の前に、蓮池が見えました。
泥の中にいくつもの白い蓮の花が咲いています。
それはそれは、神々しいほどの美しさでした。
足を止め、蓮の花の美しさに見入りました。
その時、どこからか声が聞こえてきました。その声はこう言っておりました。

「お前は、この蓮の花のように生きるのだ」

わたしはもう一度、凛と美しい白い蓮に目をやりました。そして誰ともわからない声に言いました。

「それは、無理です。
わたしは泥の中で美しく咲く蓮のように、生きられません」

その時また降るように声が聞こえました。その声は私に問うています。

「お前が一番大切にしているものは、なんじゃ?」

わたしが一番、大切にしているもの?
決まっております。

「秀吉です。
わたしは誰よりも、何よりも彼を大切に思っています。
彼を愛しています」

「求めることが、愛なのか?」

「・・・・・」

「親は子どもに、見返りを求めるのか?
お前は見返りを求める愛などいらない、と言って、もう一度生まれたのではないのか?」

その時、わたしはすべて思い出しました。
遠い昔、今のわたしになる前のわたしはひどい女でした。

自分の身体を武器に、権力者の近くまでのし上がった女でした。
何人もの男に抱かれ、男を意のままに操りました。
身体の悦びも恍惚感も、存分に味わい尽くしました。
そしてこの身体で、何人もの男たちを破滅させました。
その対価とし、贅沢な生活を堪能しました。
けれど年を重ねわたしに魅力がなくなると、男達はごみを捨てるようにわたしを捨てました。
わたしは誰も愛していなくて、わたしも誰にも愛されていませんでした。
権力とお金が欲しかったわたしに、愛は邪魔なだけでした。
わたしは男達を恨みながら、死んでいきました。
だからわたしは望みました。
女の悦びはいらないけれど、純粋な愛が欲しい。
見返りなど求めない愛が欲しい。
そんな愛を手にするために生まれてきたことを、思い出したのです。

「そうだ。
今回お前は、泥の中に咲く蓮のように生きるために、生まれてきた。
その設定を選んだ。
すべてお前が選んだ、望み通りの設定だ。
お前が大切に思うものを、大切にしたらいい。
誰に何を言われようとも」

「はい、わたしはわたしが選んだ道を歩いて行きます」

蓮池に別れを告げくるりと背を向けた時、背中からまた声が聞こえました。

「寧々、お前なら大丈夫だ」

その声は慈悲のようなあたたかさが、にじんでおりました。

わたしはその声に励まされ、来た道を戻りました。
わたしを待つ愛おしい場所に帰るのです。

ふっ、と目が覚めると、秀吉がわたしの手を取り泣いていました。
「お前様・・・・・・」わたしは途切れ途切れの声で、秀吉に話しかけました。秀吉の目は涙で濡れていました。

「おおっ、寧々!
気がついたか!
お前は三日間も、こんこんと眠っておったんじゃぞ」

ビックリしました。
わたしは三日も眠り続けていた記憶がありませんでした。

「豪が、倒れているお前を見つけたんじゃ!
泣きながら、わしに伝えに来た。
お前はひどい高熱で倒れていた。
たぶん蚊にかまれ、そこで毒をもらったようじゃ。
無事に戻ってきてくれて、本当によかった」

秀吉はわたしの手を取り、涙をポタポタ流しました。
そばには豪もいて、心配そうにわたしをのぞき込んでいます。
秀勝もいます。お母様も泣いています。みなわたしを見て泣いています。
わたしはその時、悟りました。あわたしにはこうやって本当にわたしを愛し、心配してくれる家族がいる。
これが、わたしが欲しくてほしくてたまらなかったものなのです。
大切な人達です。わたしは彼らを向かって微笑みました。そして秀吉の手を握り返して伝えました。

「お前様が、わたしを呼び戻してくれました」

「えっ?!」

「おーい、おーい、と呼ぶ声がしたのです。
その声があったから、わたしは戻って来れました」

「寧々、お前はそんな遠い場所まで行ってたんか・・・
そこは極楽浄土だったんじゃないんか?」

「そうかもしれません。
でもおかげで、わたしは自分が生まれた意味を思い出しました。
お前様、わたしともう一度やり直しましょう。
わたしは今のまま、お前様と一緒にいられるだけで幸せです。
それが、ようやくわかりました。
わたしがお前様を、天下人に押し上げます。
共に天下を目指しましょう」

秀吉の目が輝きました。わたしの手を強く握り返し、彼は叫びました。

「寧々、よう言った!
やっぱり、わしの寧々じゃ!
お前の代わりなど、誰もおらん!
寧々はわしにとって、唯一無二の存在じゃ。
ありがとう!
ありがとう、寧々」

わたしと秀吉は、お互いの手をしっかり握り合いました。
わたしは自分が望んだ通り身体のつながりより、もっと深いつながりを手に入れたのです。
それはわたしが心の底から望んで望んで、手に入れたかった唯一無二の愛でした。

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