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魚が「スレる」現象についての私的考察(1)

「魚がスレるとはどういうことなのかなぁ」という素朴で、しかし釣りをする人にとっては非常に大きい問題について、長年考察してきたことをここにまとめます。釣り戦略の組み立ての参考になれば幸いです。

●ふたつの「スレる」という現象

 ここでは、魚がスレる(=何匹も釣っているうちに釣れなくなる)現象について、私論をまとめます。最初に、私の釣り方が毛鈎=フライフィッシングが中心であり、検証のメインフィールドが、ある「池型」の管理釣り場で、主な対象魚がニジマス、リリースされる魚が多い状況であったことをお伝えしておきます。

 まず論考の前に「スレる」を定義しておきましょう。魚は何に基づいて捕食行動をするか否かの最終判断をしているか?の要因は、さまざま考えられます。エサに対する興味(視覚、嗅覚など)の他、水温や気圧、水流/潮流、濁度など多様な条件があります。この中でも「人為による捕食行動活性のレベル低下」が「スレる」という現象であると、ひとまず定義します。

 ところがさらに、この「スレる」という言葉には要素がふたつあります。ひとつは魚個体の学習(釣られた経験)により、釣り餌や疑似餌に対し警戒して捕食行動を起こしにくくなること。もうひとつは釣られていない魚が集団のほとんどであるにも関わらず、人的要因で魚群全体の捕食活動のレベルが落ちること、餌などに対して忌避するようになること、です。

 前者の「学習」に関しては研究/実験の設計がしやすいのですが、後者に関しては曖昧な部分が多く、研究は困難かもしれません。さらに実際のフィールドでは前者の要素もたぶんに絡んできます。
 ただし、釣りをしていて問題になるのは後者ではないでしょうか? 実際の釣り場では「群れているのに釣れない」「さっきまで釣れていたのに急に釣れなくなった」といった経験は少なくないはず。まさか全部の魚がハリで痛めつけられたわけでもないでしょう。そこで、ここでは後者に絞り込んで考察します。

●捕食判断の「ボーダーライン」仮説

 この私論のベースとなったのは、次項(2)で詳細を解説しますが、ある管理釣り場での、フライフィッシングによる実験的な釣りでした。あるシンプルなパターンの毛鈎が突出して効果的であり、スレ知らずと言えるほど釣れること(後に気づきましたが、大きな理由がありました)。さらに糸がある直径を下回ると、そこで飛躍的に釣果が上がり、釣れ続くこと。このふたつの発見が、自分の中でも衝撃だったことを覚えています。

 この2つの発見にたどり着くまでの実験的な試行から「元々、魚が餌と思われるものを捕食するか、止めるかを判断する境界=ボーダーラインがあり、仕掛けの付いた餌や疑似餌は、警戒心やそこに満たないまでも感じている違和感などで、食う/食わないのどちらに転んでもおかしくないほどの存在。簡単に釣れる、渋いがなんとか口にする、いるのに釣れない、あるいは釣れていたのに釣れなくなったという現象は、そのボーダーラインの位置と、そのレベル変化による作用ではないか?」という仮説を立てました。つまり、そのボーダーラインを攻略できれば、スレ知らずで釣れ続くわけです。

 このボーダーラインの位置は絶対的なものではなく、環境条件でブレが生じるほか、当然ここでテーマとしているように人為的なものでも影響を受けます。環境から人為まで、各種のパラメーターが複雑に絡み合った結果、そこにボーダーラインが生じていると考えてみます。

 例えば、人影や竿の動き、船底からの音などにより、いわゆる「警戒心が高まった」「緊張している」にもかかわらず、魚が逃げずにそこにいる状態。これは、遁走するほどの危険を感じたレベルに至らないものの、より釣り人にとってはシビアな方向に、捕食のボーダーラインをシフトさせている、と、この仮説では考えるわけです。
 もちろん自然条件では、明るさ、時間、温度(水温)のほか、水の濁度や水面の波立ち、流れ、など多様な要素が絡んでは来ますが、そこまで踏み込むとパラメーターの種類が増えすぎるので、ここでは除外して人為的なものに絞って話を進めます。

 そして冒頭に書いたように、糸やハリなどの付いた釣りの餌/疑似餌というものは、そもそもが魚にとってはそのボーダーラインの線ギリギリの、常時違和感のあるもので、ほんのわずかな要素の変化でボーダーラインの基準を下回り、食べるか食べないかが決まる。逆にその違和感を感じさせないものや、ボーダーラインを踏み越える魅力を感じたものにのみ、食いついているだけではないか……というのが、この仮説の中心です。
 もちろん餌/疑似餌や仕掛けにより、そのボーダーラインのブレに対応できる「ボーダーラインを超えたマージン」の差異が存在しています。「よく釣れる」「釣れ続く」「スレにくい」といったものはその「マージン」が広いものと考えると、理解しやすいと思います。

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 なお、過去に行った私の実釣テストは、餌ではなく自作の毛鈎なので、形や色、大きさといった条件が揃えやすいのですが、さらにルアーと異なり、魚が単純に「食欲」をベースとして捕食に類する行動を誘発しているため条件が統一しやすいと考えています。つまり、昆虫型の毛鈎はサイズが小さく、縄張り防御行為で襲うことも考えにくいほか、フライフィッシングという釣具のシステム上、鋭い動きの変化による反射的な捕食行動の誘発(いわゆるリアクションバイト)も難しいものになっています。この点からも、平均的な反応・結果を生みやすかったと考えています。

●捕食行動を途中で止める理由を考えてみた

 さて、ここから先は実際の体験談を交えて、なぜ「ボーダーライン」の仮説に至ったのかについてお話ししていきましょう。

 テストフィールドとなった釣り場で毛鈎を使った釣りを続けるうちに私は「捕食行動を起こしながらも止めてしまう事案」が(のちにボーダーライン説となる)魚の捕食行動を考えるカギであろうと推測しました。反応はするものの追わない、追うが食わないといった事例が、透明度の高いマスの管理釣り場ではよく見えました。後述しますが、これらが起こりにくい条件も確認することができたのです。
 定義の部分で触れたように「個体ではなくまだ釣られていない魚を多く含む集団がその捕食行動の中止を行うようになった場合がスレたと表現される状態であろう」と考えたのです。

 また、マス類のフライフィッシングで水面に毛鈎を浮かせて流した場合ではよく知られていますが、マグロのトップウォーター・ルアー釣り(水面上/あるいは水面直下を動かすルアーを使う)などでも「急速浮上してきた魚が疑似餌のすぐ横で捕食動作をする」例が見られます。この行動は、疑似餌の横に存在する餌を捕食している、と考えられがちですが、その捕食動作で口にしたはずの餌が見えません。これはむしろ、異常を感じるも既に始めた捕食動作が止められないため、わずかに遊泳軌道をズラし、回避したものと考えた方が、餌が見えない観察結果とも辻褄が合います。
 ここで注目したいのは、異常を判断して捕食行動を中断した原因ではなく、一度は捕食行動を起こし、かなりのスピードで突進しているにも関わらず、それが僅かな時間で中断できるという点です。

 また、あるブラックバスの管理釣り場の管理者より
「外来生物法施行以前に、八郎潟産の大型魚(50cm前後)の売り込みを受け、池に入れたものの、2回ほど釣られると、コイ稚魚やモツゴなど釣り場に撒かれている生き餌さえ警戒してしまい、そのまま餓死する事態が多発したので、購入継続を止めた」
 という話を聞きました。もちろんこれは学習による影響が大きいとも言えるでしょうが、餓死というのは常軌を逸しています。管理釣り場という、釣り人が毎日のように狭い場所に反復して入り、各種ルアーを引いてプレッシャーを与え続ける特殊な環境とはいえ、餓死するほどに、生き餌すら警戒する……こんな事例を耳にすることは少ないので、貴重な証言と思われます。

 これらを合わせ考えると、魚が餌を食べる行為に行う最終判断、例えるならスイッチが入る、切れるという幅というのは、思いのほか狭い、まさにボーダーライン、線のようなものであろうと考えるに至ったわけです。

 そしてこれをベースに考えると、魚の捕食行動は普段からこのボーダーラインに近いところで行われているため、他の魚が釣られるなどの違和感から、その線がより釣り人には厳しい方向に(わずかに)動き、群れ全体で捕食行動が中断、あるいは行動そのものを起こさなくなる(=スレる)現象が見られる……と考えるのは合理的でしょう。
 さらに、人影、水中に伝わる音などによって緊張感が高まった状態で、釣獲による違和感を与えれば、ボーダーラインの位置はさらに段階的にシビアになるとも考えられます。また「スレやすい」と一般に言われる、色が派手であったり、強い動きでアピールするルアーなどは、これも冒頭に述べたように「マージン」が小さく、警戒心の高まりなどで少しボーダーラインの位置が動くだけで、食わない側に出てしまうのではないか? と考えてみると、いろいろ合点が行く部分が多いのではないでしょうか。

 餌釣りでも、ハリの寸前まで食っているのに食い込まない場合や、波の動きなどで餌へのテンションがかかると餌を離してしまう魚の話はよくあります。もちろん習性として、非常にゆっくり飲み込んでいく魚もありますが、スレている、という条件に関しては、類似の現象に出会うことも多いと思います。

(2)に続く

フライフィッシング入門:目次
https://note.mu/sakuma_130390/n/n85152b3ea6f3

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