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『左ききのエレン』ー天才になれなかった全ての人におくる―


本作品は一言でいえば、「少年ジャンプ脳の凡人が天才たちにボコボコにされる物語」である。

ありがちな少年漫画では主人公はライバルにボコボコにされながらも、必死に努力して最後には勝利をつかみ取る。

しかしこの作品は違う。努力がクローズアップされないし、明確な「敵」も存在しない。
そしてなにより、主人公は天才に勝利できない。勝利はなく、ひたすらに天才と凡才の対比が延々と繰り返され、主人公は天才との差を突き付けられ続ける。

あらすじ


※本章はネタバレを含みます

主人公は大手広告代理店で働く26歳のデザイナー「光一」。天才上司と後輩でチームを組みクライアントからの依頼に沿った広告をつくっていく

高校時代、漠然とデザインに興味を持っていた光一、は同級生の天才画家「エレン」の作品に触れ、エレンを超えると意気込んで真剣にデザイナーを目指す。

天才との出会いをきっかけに修羅の道に進んだ光一は、その後も数々の天才たちと出会い、その度に打ちのめされる。

まず、美大時代には天才的な美人モデルに興味を持たれ、良くしてくれていた彼女を捨てモデルに走り、やがて破局する。
このモデルが曲者で、光一の凡才さと努力を見抜いた上でこう言う。

「何もなくて不安でたまらないから、色んなことに手を出して自分の価値を感じようとするんでしょう?かわいい」

刺さる、、

そして、天才が凡人を見下し、その空っぽさを指摘して愛でる。凡人にとってはこれほどの屈辱はないのではないか。
しかも、自分の心の弱さを見抜き、見下してくる天才から愛でられ、自身もまた天才の虜になってしまう。
女の形を取った「才能」に魅せられ、全てをゆだねてしまう、そういう「凡人による天才への憧憬」みたいなものが象徴的に描かれている。

その後モデルと別れ、大手広告代理店に入社する光一。ここでも二人の天才に出会う。

一人目はプロジェクトリーダーの「神谷」
「これからはチームの時代が来る」が口癖の神谷はチームワークを重視し、光一を成長させる。

しかし、結局自身の力をより生かすべく、優秀な他社の仲間とともに独立し、光一を見捨てる。光一は「五年後に神谷さんみたいになれる気がしない」と天才とのどうしようもない差を嘆きながら、別れる。

その後、冷徹で頭のキレる天才「柳」のチームに配属される光一。柳は専門学校卒の劣等感もあり、出世や結果を出すことに対してとことん貪欲だ。例えば、上司が母親の葬儀を理由に欠勤した隙をついて上司の仕事を奪い取り、上司の甘さをなり、上司に「人間じゃない」と言わしめた。
そういう冷酷な指導者の基、ぼろぼろになって働いた光一は二年後、かつての少年漫画の主人公のような明るさを失い、「第二の柳」といわれるほど冷酷な人間になる。

もちろん仕事もできる男になった光一だったが、かつて「ライバル」と宣言した「エレン」が数百億円で取引される絵画の描き手となったことに対し、「こんなにやっても俺は天才にはなれなかったよ」とつぶやく……


続いて、本作品の魅力についてだ


主人公が凡人。まじで勝てない


一番の魅力はやっぱり主人公が凡人なことだろう。

しかも少年漫画みたいに勝つのではなく、延々と勝てない相手に戦いを挑み続ける。

しかも、その天才たちも努力に努力を重ねている。冷酷な指導者柳も、大物写真家になったかつての同級生に対して「共感覚なんて関係ない。あいつが俺よりも努力しただけや。」と口惜しそうにつぶやく。

努力など当たり前の世界なのだ。そして努力の先で才能の次元で戦い、ぼろぼろになるまで戦ってもなお勝てない主人公がとてもエモい。

ジャンプ主人公をリアルに突っ込んだらどうなるか


作者が元博報堂勤務ということもあり、広告代理店の実情がとてもリアルに描かれている。締め切りに追われる姿、会社で寝落ちして翌朝までの資料が完成していないときの焦り、どうしようもない先輩との実力の壁。

たとえば、天才上司神谷が車内で独立の話をした時に、光一はうつむき、神谷に悟られないように涙を流しながら「いっしょに連れてってくださいなんて言えない。」と自分の実力不足を痛感する。憧れの人についていきたいが、今の自分ではどうしても足を引っ張るだけになる。その自分の力のなさへのやり場のない怒り・悲しみ・悔しさが読者に直に伝わってくる。

そんな風に、少年漫画脳の主人公が社会でリアルに痛めつけられる様子を克明に描いたのが本作品であると思う。

リアルすぎて読みながら胃が痛くなってくるが、光一の姿には誰もが自分を重ねる部分があり、勇気をもらえる作品だ。

今なら「ジャンプ+」のアプリで100話以上タダで見られるので、ぜひお読みください。

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