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2011年3月24日に死んだ男の話

その人は 静かで穏やかな人だった
その人は 黒縁の眼鏡をかけていた
その人は まあそこそこ整った顔をしていた
その人は 聡明で物知りだった
その人は 日本や海外の文庫本を沢山持っていた
その人は いろんなジャンルのレコードやCDも沢山持っていた
その人は 一本のアコスティックギターを持っていた でも弾けなかったらしい
その人は 自分の姉の娘を可愛がりいつも優しかった
その人は 車を走らせ一度だけその娘を海まで連れて行ってくれた
その人は 当時小学生だった娘のどうでもいい話をニコニコ笑って聞いてくれた
その人は アイスクリームを買ってくれた 自分も美味しそうにそれを食べていた

その人は 以前 仕事のため10年近く福島県の南相馬市に住んでいた
その人は 震災のあった日からずっとテレビに釘付けでそのニュースを食い入る様に見ていた
その人は それを見ながら「明日は我が身だ」と呟いていたらしい
その人は 震災からちょうど2週間後の2011年3月24日 突然 脳幹出血で帰らぬ人となった まだ40代半ばだった
その人は 震災被害者ではない 
でも 私にはそうとも思えない
その人は 私の母の弟 つまり私の叔父にあたる
その人は 生涯独身だった
私の部屋には叔父の遺品として数枚のレコードとCD 何冊かの文学書 そして 一本のアコスティックギターが置いてある 叔父が弾けなかったギターは今 私の愛用品になっている ギターの腕だけは私の方が上だ と思う

けど
その人は 今はもういない

震災のニュースを見る度 
私は彼の事を思い出す
アイスクリームを食べて笑っていた
あの海の風景と共に

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