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天国の見つけ方

私は幼稚園生のころ、天国に行ってみたかった。
ディズニーランドに行きたいというノリで
ずっと、天国に行ってみたかった。

でも、祖母が「良い人でないと、天国へは行けない。
悪い人は地獄に行く可能性もある」
と私に言った。
その日から、「良い人とはどうやって決まるのか」そればかり気になっていた。
どうせなら地獄に行きたくない。天国が良い。

そんな天国と地獄ばっかり考えている幼稚園時代
父の友人が突然亡くなった。
初めての知人の死に、5歳の私は張り裂けそうな感情と
怖くて怖くて仕方なかったのを覚えている。

おじさんに会えることは2度とない。
そして、おじさんはもう、死んでしまって、
この先、おじさんは誰にも会えないのだと。
そんな、残酷な現実があるというのに、
どうして大人たちは
私にきちんと教えてくれないのかとも怒った。

そして、何十年が経ち、結婚して、親になり息子が幼稚園児になった。



私の叔父さんが、延命治療を辞めて家に帰ってきた。



おじさんは小さくなって帰ってきた。
母は何度も叔父さんを撫でて、体温を感じていた。
父は静かに、叔父さんとの時間を過ごしていた。

叔母さんは、現実が受け入れられず
寝たきりの叔父さんにずっと
「早く起きなさい」と言っていた。
息子は、恐る恐るだが、おじさんの手を握り頭を撫でた。

私は何も言わなかった。

ただ、息子が叔父さんの手の温かさと穏やかな目を
ずっと覚えててくれるといいなと思った。

そして、叔父さんの残りの時間を一緒に過ごしたことを
息子の中で、きちんと残っていて欲しかった。




私は、何年か前の祖母の死を思い出した。

私に天国と地獄を教えてくれた祖母だ。

私は、若かった。22歳か、23歳だった。
家族や兄弟と交代しながら
祖母が入院している病院に通った。

私は、仕事の休みを3日もらった。

面会時間、私は何もせず
話かけることもなく、ずっとそばにいた。

病室のベッドでいろんな器具や管に巻かれた祖母が
か細い息をして横になっている。
話しかけたいが、何を話していいのかわからなくて
自分がどうしたいのかもわからなかった。

病院の本棚に行って本を選ぶことにした。
夏目漱石の「こころ」が、ついさっきまで
誰かが読んでいたかのように置かれていた。
文庫本の後ろのページが、やや曲がっていた。

私は、「こころ」を手に取って、病室に戻り
祖母の手を握った。
祖母の手は少し冷たかった。

「こころ」は死についてたっぷりと美しく書かれていた。
いや、美しいのかはわからない、
馬鹿にしているのかもしれないし
怒っていたのかもしれない。

でも、登場人物の幾つもの表現できない感情が
目まぐるしく書かれたいた。

私は、戸惑い、悲しくなった。
祖母がゆっくりと向かっている死の世界
私は、その時間をただ傍にいることしかできなった。

死んでほしくないという強い願いと
もう行ってしまうんだろうなという諦め

3日目の夕方にはこころを読み終わってしまった。
祖母の手を握り、祖母の髪の毛をブラシして
私の持っていた化粧道具で、少しだけ化粧をした。

看護師に注意されたが、少し微笑んでいた。
私にひらがなを教えてくれた祖母
私に天国と地獄を教えてくれた祖母
何度も褒めてくれて
何度も同じことで怒られた


それから、何日目の朝、祖母はこの世界からいなくなった。




目の前の叔父さんは、まだ反応がある。
何かを伝えたがっている。
でも、何をいっているのか全然わからない。

叔父さんは無口な人だった。
自分のことを話すことはほとんどなかった。
そんな叔父さんが最後に伝えたかったことは何だろうと考える

叔父さんが苦しみながら、何かを伝えようとする様子を見て
「ねえ、ママ、お願い、おじさんを病院に連れていって」
と息子が言った。
「叔父さんは、お家が良いんだって」
そう伝えるが、息子は納得はしてなかった。

何人かの大人は、息子はここに連れてこない方がいいと言った。

叔父さんに別れを悲しみ、大人が泣く姿、
叔父さんがだんだんと弱っていく姿を
幼い息子には、まだ見せない方がいいと。


息子はどう感じているかはわからないが
叔父さんの最後と
叔父さんとの別れを惜しむ大人の姿を
私はきちんと息子に見てほしかった

叔父さんの顔を包んで
最後に会えてよかったと笑顔でおじさんに
お別れを言っていた。

叔父さんの意識がある状態で、このようなお別れができるのは
本当に幸せな時間に思えた。

訪問者がいない間は、親族みんなでおじさんに話しかけた。
手を握った。頬をさすり、時々泣いた。

叔父さんがお家に帰ってきて、数日後、叔父さんはゆっくりと息を引き取った。

悲しくなる間もなく、お葬式への準備をしていた。
庭には叔父さんが大切に育てていた
ハイビスカスがあった。
苗を少しだけ切って、叔父さんの横に置いた。

かつて、天国に行きたかった子どもの私からすると
心の底から羨ましい、最後だった。

そう思っているのに、私はこのことを文章にすることに
半年も時間がかかった。


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