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「北斎ブックワールド―知られざる板本の世界―」すみだ北斎美術館

2022.09.25@すみだ北斎美術館

両国駅近くの美術館。
目玉である3階の企画展では、板本(はんぽん。木版で印刷された本)の歴史や技法などを特集。わかりやすく豆知識を紹介してくれるパネルつき。
4階は、「隅田川両岸景色図巻」と「北斎漫画」の企画展、常設展のふた部屋。
キャプションをほぼ全てじっくり読み、3時間ほど滞在しました。

▽best
略画早指南

「略画早指南」(常設展の撮影可能エリアより)
北斎はデザイナーだったんだ…

先日行った展示「浮世絵動物園」にあった北斎の絵を見て、おかわりが欲しくなったので足を運びました。
美術館のある両国駅ですが、相撲の千秋楽だったらしく賑わっており、お相撲さんがたくさんいました。

すみだ北斎美術館外観
両国の下町感あふれる街並みに突如姿を見せる現代アート

建物のデザインにチャレンジ精神を感じて調べてみたところ、金沢21世紀美術館(映えで有名なレアンドロ・エルリッヒの《スイミング・プール》のある現代アート美術館)を設計した妹島和世さんが手がけた建築だそうです。
建物全体に空が反射しているためか不思議と威圧感はありませんでした。
2016年に開館したそうで、外観はもちろん中も綺麗でした。公園と隣り合っており、子どもたちの笑い声が響くあたたかい雰囲気に包まれていました。


企画展
北斎ブックワールド
―知られざる板本の世界―

板本約110点が展示されていました。
浮世絵と錦絵の違いも分からないような人間だったのですが、豆知識パネルが理解を助けてくれました。(錦絵は浮世絵の形式の一つで、多色摺りのものを指す。言われてみれば「錦」とは彩り豊かという意味だよな〜と気づく。鈴木春信が広めたと今になって知る)

板本にも種類があり、絵がメインで字が添えられているのものから、文字がメインで絵は挿絵程度のものまで多様な形態がありました。後者は読本(よみほん)と呼ばれ、文章を読む方が知的だということで、格調高いとされていたそうです。
現代でも漫画を禁止する家庭があるなど、絵よりも文章の方が文化度が高いとされる風潮が残っており、そのへんの感覚は変わらないんだな〜と思いました。

絵手本(えでほん)という絵の描き方を指南する板本に、幾何図形をもとに作画する手法が載っていたのですが(冒頭の写真)、北斎の絵からデザインセンスを感じて仕方がない理由はどうやらここにあったようです。実際に櫛やキセルなどの図案を手がけており、どれも繊細でした。

木版画はその材質ゆえにはじめのころ摺られた絵の方が美しく、板木を再使用した後摺(あとずり)では線がぼやけてしまう上に色数も減らされてしまう場合があったそうです。
薄墨(うすずみ)、濃墨(こずみ)という、濃度の異なる墨を重ねた描写が面白かったのですが(薄墨は半透明で、幽霊や狐火、雨などを表現できる)、それらが省略された後摺の見せ場のない絵はシュールで笑ってしまいました。
これはプレミアの初摺(しょずり)を求める人が殺到しただろうな…というほどの違いでした。転売ヤーのような人がきっといたんじゃないかと思います。

「飛騨匠物語」の濃墨表現(常設展より)
「飛騨匠物語」(常設展より)

ほかにも袋とじにして中身を読めないようにした製本や、今で言うTSUTAYA的存在、貸本屋(かしほんや)の商品に書き込まれた読者の落書きなどから現代にもつながる日本人の性質が見て取れ、板本が身近な存在に感じられました。


企画展
隅田川両岸景色図巻(複製画)と
北斎漫画

全長約7mにもなる北斎の肉筆画「隅田川両岸景色図巻」の複製画には、当時の隅田川沿いの情景が描かれていました。
川の写り込みや陰影描写から立体感が感じられ、意外かも?と思ったのですが、北斎は油絵の研究もしていたとのこと。
常に新しい技法を取り入れるのに熱心だったにも関わらず、全体を通して見てみるとある程度作風に一貫性があるのがすごいな〜と思うのですが、かつて大学の教授が隠したくても隠せないものが個性、と言っていたのでそういうことなのかもしれません。

北斎漫画(レプリカ)は、手にとって読むことができました。「スゲ〜、絵、全部うめ〜」と、当時の人と同じ気持ちになれた気がします。
北斎は今で言うところの誰に該当するのか?という問いが生まれ、同行者は尾田栄一郎では?と答えてくれました。


常設展

常設展は一部を除き、写真撮影可能でした。

壁をぐるっとまわる形で、北斎の生涯を絵と共にたどることができます。錦絵の制作工程の解説パネルや、中央にはちょっとしたパズルゲームなどが遊べるタッチパネルのコーナーもありました。

錦絵の制作工程と板木(はんぎ)
タッチパネルのゲーム

30歳ごろの絵から歴史が始まるのですが、幼少期の絵も見てみたかったです。絵がうまい人は大抵中学生頃には基盤が完成している印象ですが、北斎はどうだったのでしょうか。

一番ヤバいと思ったのは、有名どころですが「諸国瀧廻り・木曾路ノ奥阿弥陀の滝」です。
右上の波模様が描き込まれた円形部は上から見た視点、滝本体は横から見た視点として、対比して描かれているそうです。
隙のない構成、書き込み具合、色合いなど全てドンピシャで大好きになりました。

「諸国瀧廻り・木曾路ノ奥阿弥陀の滝」
滝の部分、シンプルなのに迫力がすごすぎ
「諸国名橋奇覧・足利行道山くものかけはし」
名の通り、雲の架け橋のラインが秀逸…
「賀奈川沖本杢之図」
波のラインがまるっとしていて好き
これも幾何図形をもとに考えているのでしょうか…

北斎は88歳で亡くなったそうですが、時代を踏まえると相当な長寿だったはずです。
私は現代の北斎は宮崎駿かなと思ったのですが、駿には本当に長生きしてほしいし可能なら寿命を差し出したいよね…と友人たちといつも話しており、当時の人たちもそんな気持ちだったのではと勝手に妄想しています。

北斎の人形
ややホラー感。私も将来こうなりたいです

絵師というと、今やインターネットお絵描きマンを指す言葉として定着して俗っぽい意味合いになってしまっていますが、本来の絵師の姿を知ることができました。

戦利品
北斎漫画は三巻全て買うとおしゃボックスがついてくる
文庫本サイズでかわいい

超画力にデザイン力まである、才能と努力の人でした。生涯で3万点もの絵を残し、「画狂老人卍」という画号すらあったそうです。
名は体を表している…

真似るのは不可能にしても、それくらいの勢いで制作に臨みたいものです。

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