アムステルダムで自転車が盗まれて取り戻すまでの話
それはある日曜日の午後のことだった。
私たち夫婦は友人からPS3を譲り受けた為、ゲームソフトの一つでも買おうかとゲーム屋へ向かっていた。そんな時だ、家の前の自転車置き場で夫が声を上げたのは。
「あれ…なくない?」
えー、嘘だーと言いながら一緒に探すが、本当にない。
私の自転車が、ない。
そう、日本から持ってきた愛しのビアンキが盗まれていたのだ。
(*日本でもオランダでも大活躍していた中古のビアンキ、メルカリで4万)
アムステルダムで自転車が盗まれるのは日常茶飯事だ。二回盗まれたら「これで君も立派なアムステルダマーだ。」と笑顔で言われる始末。
とにかくオランダ人と自転車は切っても切り離せないくらい深い関係にある。小さい頃から自転車を覚え、トラブルがあれば直ぐ自分で直し、白髪の老人になっても猛スピードで市内を駆け巡る。世界一背が高くガッシリしたオランダ人が全力で漕ぐ自転車、轢かれたらリアルに原付レベルで痛い。元々国民性として無駄遣いが嫌いな倹約家が多いのと、政府がCO2排出の減少に頑張っている背景があり、アムステルダムに住む人の6割以上が毎日の移動に自転車を使っている。なんともECOフレンドリーな都市だ(そのせいでTaxiはヨーロッパで一番高い。)
(*この街では、車より自転車に気をつけよう)
そんなわけでアムステルダムには、毎日鬼のように路上に自転車が停められている。しばらく住んでいるとその光景が当たり前になり過ぎて気にも留めなくなるが、先日スペインから来た友達に「道が自転車だらけで汚い...」と言われて初めて気が付いた。そうか、汚いのか。そういや自転車多いな。
そんな自転車に埋もれたアムステルダムは、自転車の盗難もえげつない。その数1日300台。アホか。アホだろ。要するに、300人の人間が毎日「OH, SH*T!!」と言っているのだ。
そんなわけで私たちも「OH, SH*T!!」とは言わないまでも、相応しいくらいにはうな垂れていた。というより完全に夫がうな垂れていた。最後に使ったのが彼だったからか、余計に責任を感じたようだ。その姿があまりにも可哀想で、不憫で、私は自分の自転車を失ったにも関わらず「大丈夫だよ、仕方ない。元気出しなよ。」と夫の慰めモードに入っていた。慰めつつ、脳内ではビアンキに投資した金額の計算に明け暮れていたが。
そんなわけで結局ゲームも買わずに家にトボトボ戻っていた時に、さっきの自転車置き場で私はありえないものを発見した。
「あれ...これビアンキのタイヤやん。」
『あ、本当だ!』
「え、てかなんでチェーンがタイヤに付いてるの...」
『.......』
「....え、まさか、前輪だけチェーンで固定してたの?」
『.....』
「で、そのまま数日間放置してたの??」
『.....』
なんということだ。
どうやら夫は4日前の夜ビアンキで帰宅した際、10分以上探したがどうしても自転車をとめるスペースがなく、どうにか見つけた狭い隙間にビアンキを押し込んで前輪タイヤにだけチェーンをつけて駐車したというのだ。
そりゃ盗まれるわな。
普通のママチャリしか乗ってこなかった夫は知らなかった。スポーツバイクのタイヤは工具なしで簡単に外れること、故にタイヤにチェーンをつけても防犯力0だということ。常識だと思ってあえて伝えてなかった私にも非はあるが、その状態で3日以上放置してしまっていたことが決定的だった。
さっきまでの”私→夫の慰めモード”が一転、私は無言になってしまった。怒りたい気持ちもあったが、私にも非があったし、すでに一度慰めモードを発動した後だったので上手く怒る方にシフトできなかったのだ。まぁ顔はおそろしく怖かっただろうが。
まぁでも
一番悪いのは、盗んだやつだ。
夫は悔しすぎたのか、自責の念からか、その夜は寝れずにベッドを抜け出して一人でヤケ酒(くっさいウイスキー)を飲んでいた。翌朝ウイスキーグラスが出しっぱなしだったのでヤレヤレ...と片付けようとしたら、底に数滴残ったウイスキーの匂いがあまりにも強烈で絶賛つわり中だった私は盛大に吐いた。二次災害もいいところだ。これはさすがに怒っていいだろう。ちくしょう。
それから5日ほど経った金曜日、私はオランダの中古品売買サイトMarktplaatsをチェックしていた。代わりの自転車を安価で探したい気持ちと、もしかしたら私のビアンキが出品されているかもしれない...という一抹の希望があったからだ。
と思ったら、マジであった。
(*約67000円...私が買った金額より高い。そして新たに前輪が付いていた。)
以下、自転車の説明文−
【*ほぼ新品* 自分のスポーツバイクを売ります。高級ブランドBianchi(ビアンキ)のレーシング用で、とても良い状態です。この軽量の自転車は素晴らしい24段変速システムにより、わずかな力で直ぐにハイスピードを実現します。しっかりとしたシマノのブレーキシステムを搭載、ハイスピードでもキュッと止まります。】
このポストを見つけた瞬間、しめた!という嬉しさと、興奮と、犯人をぶん殴りたい気持ちがごっちゃになって大変だった。自分のスポーツバイクを...じゃねーよ!私のだよ!
まぁともかく、売れちゃったらお終いなのでとりあえず犯人に買いたい意思表明をすることにした。自転車に日本の防犯登録シールが貼ったままだったことを考え、わざわざオランダ人ぽい名前のメールアドレスを入手して、バレない程度のシンプルなオランダ語でメールを送る。やれやれだ。
こいつ今に見てろよと思い、その足で一番近くの警察署に向かった。この売買サイトに出ているのはどう見ても私のビアンキ...このポストのスクショ画像と日本で撮影した数々のビアンキ思い出写真とスマホに入れて、自信満々で警察署に赴いた。
その直後、絶望する。
『写真だけだとあなたの自転車だって証明できないよ。』
マジか。
「そ、そんな。。。だってほら、ハンドルとか、右と左で違うんだよ?ホラ...」
『いや、でも写真は証拠にならないのよ。』
あまりのショックと悔しさで私は涙ぐんだ。それを可哀想に思ってくれたのか、単純にドン引いたのか、その女性警察官は ”一応同僚にも聞いてみるわ” と言って奥に入って聞いてくれた。しかし結果は同じ...シリアルナンバーがいるのだ。
私は自分のビアンキのシリアルナンバーが分からなかった。日本で防犯登録をした際に記入されたはずなのに、その防犯登録の控えを失くしていたのだ。オーマイ。
仕方がない...こうなったら防犯登録した東京の自転車屋さんに国際電話で聞くしかない...。
焦る気持ちはあったが、時差の関係でその日は何も出来なかったので翌日近くのお洒落コーヒー屋で優雅にシナモンロールとコーヒーのブランチをしながら自転車屋さんに国際電話をかけた。なかなか余裕ぶっこいている。
「(私)かくかくしかじかで...」
『あー、それには防犯登録した店舗に出向いてもらって、書類に諸々記入してもらわないといけないんですよー。』
...詰んだ。さようなら私のビアンキ。
言われたことを素直に受け止めて「わかりました....」と諦めて電話を切った私に横から夫が「ここは食いつかなきゃ!」と言って再度電話をかけ直した。
「(夫)かくかくしかじかで...どーちゃらこーちゃら」
『あー、そうなんですね。じゃあ本社に確認して、再度連絡差し上げます。電話番号教えてもらえますか?』
マジか。
私は諦めが早いタイプで、人にお願いするのも大の苦手だ。夫は真逆で、たまに厚かましいレベルで人に頼るのが上手い。この時ばかりは本当に尊敬した。ありがとう、ありがとう。
10分くらいで折り返しがかかってきて、あっさりとシリアルナンバーを手に入れた私たちはその日の夕方警察署へ再チャレンジすることにした。たまたま私はホームパーティーの準備があったので、そこは夫に任せた。
まず彼はGoogleマップで警察署の口コミを調べ始めた。え?と思うが、少しでも対応の良さそうなところへ...というリスクヘッジだ。日本ではありえない。どこも基本☆2~3の低評価だが、その中でも☆3.5というちょっとだけ良い警察署に向かった。どんぐりの背比べのようで心許ないが。
ママチャリを漕いで20分...微妙な評価の警察署に着いた夫を迎えたのは、4人ぐらいで爆笑しながら世間話してる小太りのおばちゃん警察官たち....何だか嫌な予感がした。
数分後、ようやく面倒臭そうに対応してくれたおばちゃんの一人に丁寧に事情を説明する。
「Excuse me? 僕の盗まれた自転車に関して、助けが欲しいんですが...^^」
おばちゃんは瞬時に眉毛をハの字にした。「は?」の顔だ。
目が見開いて、口をすぼめている。
顔はどう見ても「え?そんなことで来たのオマエ?」って言っているが、おばちゃんは一応聞いてきた。
『どこで盗まれたの。』
「De Pijp(デパイプ)地区。」
じゃあDe pijpの警察署に行ってくれ、と軽くあしらわれる。
「どこに行こうと関係ないでしょ!」
『関係あるわよ!!!』
「警察から犯人にコンタクト取って取り返しに行って欲しいんだ。」
『無理よそんなの。』
星の評価全然当てにならねぇ。
「管轄の警察署へ行くのはいいけど、それで何してくれるの。」
『Well, not much? -Scoffing. (さぁ、別に何もしないんじゃん?-嘲笑-)』
心が半分折れかけた夫だが、そこから再度自転車を20分自転車を漕いで管轄のDe Pijp警察署へ行った。
どうでもいいが、自転車を猛スピードで漕いでたら虫がおでこにぶつかって地味に痛かったらしい。全く泣けてくる。
ようやく着いた警察署で対応してくれたのは、アラブ系の熊っぽいおじさんだった。
再度同じ説明をする。そして言われた。
「今人手が足りないから何もできないわ。月曜に戻ってきて。」
いや、やれや!
ここまで来たのに….絶対に、ここで帰るわけには行かない。
「仮に月曜に戻ってきたとして、その時何ができるの?」
『あーその犯人に君たちが連絡して、今から行くって言ったら一緒に付いて行くから。』
「いやいや、こいつらクリミナル(犯罪者)だし、自分の個人情報はもちろん顔も知られたくないよ。警察だけで行って欲しい。」
『ん~それは確かにそうだなぁ~。...よし、ちょっと待ってて。』
奥に引っ込み同僚とオランダ語で何やら話し戻ってきた熊おじさん。
『何かできるかもしれない。まぁ、とにかく盗難登録しよう。じゃないと動けないから。」
急に協力的になったぞ。なんなんだ一体。
しかしそれからが大変だった。普通なら5分くらいで作れそうな書類が、おじさんが英語があまり得意ではない&キーボード入力が絶望的に遅かったせいで40分近くかかった。『俺のメルアドこれだから、ここに(自転車の)写真送って?』と言われたが、まず手書きのメモが癖ありすぎて読めない。そしてBackspaceキー押しすぎ。どんだけ戻るねん!てか間違えすぎや!
ヘロヘロになりながら何とか書類を作成。
帰り際「じゃあまた、どういう風に動くか電話するよ!」となぜか握手された。なんの握手やねん、まじで(笑)
そのまま日曜が過ぎ、そして月曜になっても連絡はなかった。
そして火曜日。進捗状況が気になり、夫は仕事の合間に一瞬警察署に電話をかけることにした。が、面倒なことにオランダの警察署にはそれぞれの電話番号がなく、総合窓口に電話をかけて繋げてもらう形だった。その案内がオランダ語なもんだから、もうさっぱり分からない(こういう時は本当に英語だけじゃ困るな、と思う。)そんな時に助けてくれるのは夫の同僚のおばちゃん。オランダ語の指示に従って、ボタンを押してくれる。おばちゃん!神!
総合窓口の人に事情を説明、しばらく待たされたが、結局同じ人が電話に戻ってきた。
『署の担当者には直接繋がらなかったけど、別の人に聞いたら ”忘れたわけじゃなくて、今調査してるから!” ってことらしいよ。心配しないで。(ガチャ)』
信用できない...と思ったが、どうにもできないので電話を切る。
そして運命の次の日。
朝7時過ぎに非通知で着信が入っていた。
まさか?昨日の今日で?イヤイヤさすがにそれは…と思いつつ、気になったので再び同僚のおばちゃんに助けてもらい夫は警察署に電話をした。
今度はちゃんと署の担当者に繋がり、驚くべきことを言われる。
『Yeah, yeah. I know you!! (おーおー、君か知ってるよ!!)』
やたら元気だ。
「状況、アップデートして欲しいんだけど...。」
『I got your bike at a police station so you can come pick it up here!(ああ、君のバイクは取り返して今もう署に保管してあるから、いつでも取りにおいでよ!)』
え、マジ?
この時夫は人生で初めて「Oh my god.」と口に出したらしい。どうでもいいが。
「Already? That's awesome!!(えーもう取ってきてくれたの?最高じゃん!)」
『OH~ you did a good job and we did a good job. And we arrested a guy, so thank you very much!(君もいい仕事してくれたし、俺らもいい仕事したし。結局ソイツ捕まえたし、そんなわけでありがとう!)』
電話を切って、同僚のおばちゃんとハイタッチする。
「いやー実際警察がここまでしてくれるなんて思ってなかったよ〜。」
と言ったら
『いやー私も思ってなかったわ〜。』
と言われた。いや全くだ。
その日のランチタイムはその話で大いに盛り上がった(基本毎日みんなでカフェテリアでランチを食べているらしいアットホームな職場だ。)盗まれた時から状況を逐一報告していた同僚たちも皆びっくりして、信じられない!そんなことあるんだ!って驚いていた。盗まれても大丈夫なようにそもそもボロい自転車に乗り、仮に盗まれても警察に報告すらせず早々に諦めるオランダ人達からしたらコレは相当な驚きだったんだろう。「今日はラッキーデイだから、宝くじ買ったほうがいいよ!」なんてことまで言われたらしい。買わんが。
その一方で、夫から連絡をもらった私はすぐに警察署にビアンキを迎えに行った。
「あの〜盗まれたバイクの件で来たんですが...」
『あ、ちょっと待ってて。そこコーヒーあるから、自由に飲んでてね!』
だいぶ愛想がいい。ここは本当に警察署か。
スキンヘッドのガタイのいいおじさんが出てきた
『NAAM?』
「What?? あ、名前?クロカワだよ!!」
IDを出して本人確認をした5分後、おじさんに押されてビアンキはあっさり帰ってきた。あまりにもあっさりしてて、感動も特になく、ポケーと外に出たくらいだ。
(*結果的にタイヤを一つタダで手に入れてしまった)
フレームの裏を見ると、驚くことに日本の防犯登録証がそのまま手付かずで貼ってあった。適当すぎてビビる(まぁ有り難かったけど。)
まぁとにかく、おかえり、ビアンキ!
そんなわけで、盗まれた自転車を無事取り返すことができた私たちだが、今回の勝因は以下の3つだったと思う。
①シリアルナンバーがあった。
②ビアンキだった。
③警察に食いついた。
まずは①、全ての自転車にシリアルナンバーがあるわけではないので、シリアルナンバーがある自転車に乗っている場合は必ず控えておくほうがいい。
そして②、アムステルダムではとりあえずビアンキは全く見ない。日本ではポピュラーだが、こちらでは名前すら知られていないのだ。ビアンキ以外でも、とにかくユニークなブランドだったら売買サイトで見つけやすいと思う。
そして③、これが一番大事でとにかく厚かましいくらいに警察に食いつくことが大事だと感じた。日本で暮らしていると色んなことが本当に至れり尽くせりで、こちらが声を上げないと何もしてくれない状況というのがあまりない。それ故に海外で暮らす上では何よりもまず厚かましさを覚えることが大切だと思う。いや本当に。
その後二度と盗まれることがないよう、ビアンキのフレームにオートバイにつけるガチ防犯ブザーを取り付けた。夜にだけスイッチを入れて、自転車が少しでも動くとけたましい音が鳴る仕様だ。正直超迷惑だ。やめたい。でも盗まれたくない。朝になって、他の自転車使用者がその音に迷惑し始めたらそっとスイッチを切る。
そんなこんなで今のところまだ盗まれていない。
これからも盗まれませんように!
(おわり)
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