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#079.「殺し合いの螺旋」から降りたあと~バガボンド考~

「殺し合いの螺旋から、俺は降りる」

「俺を、俺たちを助けてくれ。救ってくれ」

宍戸梅軒こと辻風黄平が、自分を斬った武蔵に命乞いをするシーン。黄平の傍らには、かつて命を助けた娘・竜胆がいる。

「自分を斬った敵に命乞いできるか?生き延びるために。生きて誰かを守るために」自らに問いかける武蔵。背後から、不穏な寒風が吹きすさぶ。

こののち、武蔵は吉岡清十郎・伝七郎兄弟を斬り、吉岡一門との死闘に巻き込まれていく。

門弟70人との壮絶な戦いの中で、技の境地に至る武蔵。だが、二度と剣を振るえないかもしれない深手を足に負ってしまう。

頂上を目指し、ひたすら斬りまくる日々を歩んできた武蔵の旅は、ついにどん詰まりに至った。

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「天下無双とは、ただの言葉だ」

自分以外の誰かと比べる強さ。その道の行く先は、向かい合うすべての人が敵となり、ついには自分だけが生き残る荒涼たる世界だ。

それに気づいた武蔵は殺し合いの螺旋を降りる。そして、自分の内側から本質につながる道、かつて森の中で出会ったほんとうの技の極みに向かって歩き始める。

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新たな旅の途中、伝説の剣士・伊藤一刀斎との邂逅や、名もなき仏師、そして親を亡くした子・伊織との出会いを通じて、武蔵は「生きること」の意味を探し始める。

伊織が暮らす村での生活は、武蔵に人々とのつながりをもたらす。荒れた土地を耕し、作物を作ろうと必死にもがく日々が、少しずつ武蔵を変えていく。

冬になり、村は飢餓に襲われる。ともに暮らす伊織の命も風前の灯。死にゆく集落。残された時間で何をするべきか。逡巡し、武蔵は決断する。

「強くありたい」。そう心から願った武蔵は、自分を召し抱えるために待っている長岡佐渡之守のもとに向かい、村の救済を願い出る。

「どうか助けてくれ」。

佐渡之守に深々と頭を下げる武蔵。佐渡之守は食料と引き換えに、武蔵に仕官を約束させた。

食料が届き、村の人々は生きながらえた。

冬を乗り切り、春には新たな命が芽吹く。夏を超え、やがて秋になり、収穫の時を迎える。そして、武蔵や村人たちに米作りを教え、村の命をつないだ秀作が、その命を全うし土に還っていった。

そして武蔵は佐渡之守との約束を果たすため、友・小次郎が待つ小倉へと旅立つのだった。

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久しぶりにバガボンドを読みました。

バガボンドは、私の人生のバイブルです。若かりし頃は、武蔵と自分の人生をダブらせて、深く入りこんでいました。名言てんこもりでやっぱり深い。

父からの呪い。誰とも繋がれない孤独。強くありたいという純粋な願いが、いつの間にか競争に置き換わり、他者より秀でることでしか自分を証明できなくなった苦しみ。

武蔵ほど苛烈ではありませんが、私の中にもそういう面がありました。もっともっと上にという気持ちや、なんであいつがという気持ち。もっとも、私の場合は早々に殺し合い(比較して競い合う)の世界からは離れてしまいましたが。

挑んだ全ての戦いに生き延び、100人以上を斬り殺してきた武蔵。しかし、心が満たされることは一度もありませんでした。殺し合いの螺旋という日常に、勝ちも負けも存在しないのだと気づき、武蔵はその階段を自ら降りたのです。

この作品の素晴らしいところ、それは「殺し合いの螺旋を降りてから」をしっかりと描いているところです。むしろ、主題はここだったのではないかと思うぐらいです。

降りてからも続く人生を、どのようなありかたで生きていくのか?それを問うている作品なのだと思います。


ちなみに現在は休載中で、もう8年も続きが描かれていません( ;∀;)。続く小倉編、そして小次郎との決闘が物語のクライマックスなのですが…。

武蔵と小次郎の戦いの結末は、誰もが知るところです。

ほんとうの強さ=誰かを助ける優しさだと悟った武蔵と、剣を通じて解りあった友である小次郎が、命を懸けて戦う姿を描く必然性を、もはや見いだせなくなってしまったのかもしれませんね。

そもそもバガボンドという作品は、原作とも史実とも違うストーリーです。作者である井上雄彦先生が、本当に伝えたいことを伝えるために未完のままにしているとしたら…ファンとしては受け入れるしかないですね(;^_^A

いつか先生が「その先の先」を描ける日が来た時、素晴らしい結末が見られることを期待しています。


以上、長文お読みいただきありがとうございました。


ほな、また。

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