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プリズムテックの2019年、起業のこと(前編)

『起業した』ってはなし。最初は小っ恥ずかしくて言いづらかった。最近ようやく自分の中でしっくり来始めた気がする。しっくり来てから毎日がとても心地よい。それまで、何かがすごくつらかった。
そんな1年を忘れないようにnoteに書いておく。


※二部構成です。前編は主に、起業したきっかけや、その前後の頃の思い出を綴っています。
※創業期のエピソードは会社それぞれ人それぞれです。何を得て、何を失ったか、人によって全く違うと思います。このnoteは、あくまでわたし個人の感想のまとめであることをご了承ください。
※事業の詳細に関しては、本記事では触れていないです。



経営者になる覚悟を決めること、
名乗る自信の無さでしんどい

手前味噌だが、創業以来今のところ黒字経営、仲間にも恵まれている。
けれど、起業家には偉大な先輩方が居すぎるし、見上げると立派な会社ばかり。
『わたしなんてまだまだだし…』この言葉、何度心の中で唱えたことか。いや、実際その通りなんだけど。数か月前までは、思考が外に漏れでてしまい、現実世界でもめっちゃ言ってしまっていた。卑屈だ…。
例えば、「おめでとう、会社立ち上げたんでしょう?」とお声がけに対して、「そうなのですが、今のところは風が吹いたら飛んでしまうような会社でして…」とかね。
あとは他業界の方へのエレベーターピッチも固まっておらず(まず、コミュニティマネージャーとは何ぞや、職業の説明から入らなければならない)、お茶を濁していたら、「あなたが実現したいことが全然わからないから、応援できない」と言われた。厳しい…。その時のかわいくないわたしは、「別にあなた様に応援してほしいわけじゃないし、これでいいのだ」などと開き直ったけれど、夜眠りにつく前にいつも通り考え事をして「いや、待てよ、もし心から応援してほしい人にもそう見えているのだとしたら…どうだろうか…」と、一気に心配になった。
「これはあかん!」と思えた。厳しい一言も、今となっては本当にありがたい。



~~~これまでの単純な人生~~~

起業したきっかけについてさかのぼる。

完全にドキュメンタリーやドラマの影響で笑っちゃうけど、魂を燃やし、夢中になって事業に取り組む起業家人生にほんのり憧れがあった。
でも、働きながら母親になるのも正しい気がしたし、なぜかどちらか一つしか選べないものだと思っていた。

大学卒業後はマイクロソフトで6年修業し、結婚を機に辞め、女性スタッフ多めの動画系スタートアップC Channelに行った。
スタートアップってすごい。びっくりするほど意思決定とアクションがはやい。外資のダイナミックな変化も驚きだったけれど、C Channelはもっともっと早いように感じた。

配属は、新規事業開発担当のはずがEC事業部になっていて、「まあスタートアップってこんな感じよね」と納得していたら、3ヶ月間で満足しちゃうほど学び実践の場をもらった。やっていくうちに、「あれ?これ、わたしひとりでもやれたりするんじゃないかな?」って、今思うと大変無謀な思い込みが頭に占めるようになる。

言葉は悪いが、他人が簡単そうにやっていることを「自分にも出来るんじゃないか」と思いながら行動しない人はアホだし、やってみよう!と実際に始めちゃうのはバカだと思う。でも、どうせダメな奴なら、行動する側でありたい。

会社か~わたしにやれるのかな?
登記するだけなら誰でも出来るとかよく言うよね。

登記の前にまずはフリーランスで様子を見て、事業として安定した頃に登記できるよう、並行して起業準備をした。
今でも、パートナー企業としてお世話になっているMAGLABの武市社長が、当時お会いする度にいろんな助言をしてくださったおかげで、スタートを切れた。



フリーランスの自由と孤独

2018年4月にフリーランスになり最初の数か月は、自分のペースで気ままに仕事出来る環境に、まるで自由の翼を手に入れたように思えた。
けれど半年もすれば、所属の無い寂しさのほうが勝ってしまう。
自分ひとりで出来る仕事には限りがあり、無力だと自覚した。
今までお願いできた同僚、使えた社内リソースが、フリーランスには何もない。何もないから、自分で選んでお金を払い決めていく。選択が続く。
会社って、組織って、採用って、すごいんだなって改めて思った。

そして、正直、自分が成長しているのか、実感が沸かなくてつらくなっていった。周りにフリーランスは居なくて、コミュニティに所属しない。
クライアントが全てだった。

フリーランスを開始して半年が経とうとするとき、業務委託先のウイングアーク1st 役員 森脇さんとのフィードバックミーティングがあった。
前職時代にやってきたように、自分の挑戦してきたことをPowerPointにまとめて説明した。
その後、フリーランスで感じるつらみ事案を吐露する。緊張しつつすべて率直にお伝えした。加えて、ほかの企業から正社員のコミュマネ職のオファーをもらった話もした。

取引先の、しかも役員の方に、まだ心が定まらない中で話すアホなフリーランス。今ならきっとやらないけれど、当時はそれどころじゃなかった。
とにかく行き詰っていた。

先に述べた通り、相談する相手がクライアント先にしか居なかったのだ。


ざっくばらんで稚拙なフリーランスの悩みに対して森脇さんは
「そういえばかずはっち、ずっと起業したかったんだよね?いま、会社やってみたら?」と言葉をくださったのだった。

確かに、わたしは起業準備中フリーランスな状態だった。
でも、今なのか?
帰宅後、旦那に話してみたところ、返事は、
「ええやん、やってみたら?契約書ならみるで。(※顧問契約」

なんて心強い!
やってみようの一択だった。

当時、コミュニティの企画運営で受託業務をしていたので、その事業を法人に移管するかたちで、プリズムテックをスタートした。2019年1月。

プリズムテックという名前は、だいぶ前から既に決めていた。
プリズムは、単語も物理筐体もめっちゃ好き。物理の実験も楽しかった記憶しかない。そして、テクノロジーの力を信じるエンジニア出身の端くれが、これからもIT業界で生きていきたくて、語尾にテックを付けた。
そうなると次に、同業他社で同じ会社が居ないか探す。そして、.comドメインをとる作業に入る。Prism techって全世界的に見ても結構あるから、そこでプリズムのリズムを音楽のRHYTHMにした。(これはめちゃくちゃ気に入っているけれど、誤字られる。)


コミュニティは企業のPRにもなるし、ビジネスに弾みをつけられる。それを実現出来る会社でありたいと想いを込めて、PR×RHYTHM×TECHの綴りにした。

しっくりきた。


法人・プリズムテックを名乗り始める

会社はすぐに出来た。実家がある秋田の事務所に登記して、株主とか難しいことを考えるのがその時は無理だったから、取り急ぎ合同会社にした。

ひとり起業は心細いので、旦那に頼み出資してもらった。

登記出来た後は、急いで会社のWEBサイトを立ち上げて受託事業について記載する。

仲間は、女子大時代に一緒にサークルを始めた友人であるみかこちゃん、後輩で保育士の資格を持つなるちゃん、地元東北愛&お酒LOVERな共通点を持つ志保ちゃんと、不思議といいタイミングで合流出来た。

『働き続けたい女性が、ライフステージに合わせて速度制限しつつ仕事出来る環境を作れたらいいな』という話に、志保ちゃんはめちゃくちゃ共感してくれた。

会社として実現したいビジョンやミッションは、ちょうどその時連絡を取り合っていたライターの宿木雪樹ちゃんに話をたっぷり聞いてもらって書いていただいた。「一葉らしい」と言いながら仕上げてくれたコンセプトがあったから走り出せたんだと思う。彼女が札幌と東京の二拠点生活とフリーランスを始めたばかりの頃だった。


旧友たちから年初にお祝いしてもらったのが遠い昔のように感じる。。。
嬉しくてツイートをまとめていた。改めてお礼申し上げます。


決起集会は、女性だけなので居酒屋ではなくアフタヌーンティーに行った。


IT業界未経験とは思えない成長を遂げるなるちゃんにサポートをしてもらい(※コミュニティ運営は経験者、SNS運用得意)、志保ちゃんにはGW返上でさくさくサービスコンセプト資料をまとめてもらった。感謝しかない。


チームとして挑戦出来るプロジェクトが具体的に湧いてきて、未来はワクワクしか無かった。はずだった。



「失った」と個人的に思うこと、同時に気づいたこと

起業して半年ほど経った梅雨の時期。
大好きな祖母が亡くなった。それまでめちゃくちゃ元気だったのに。
畳み掛けるように、わたしも自分の手術が決まった。癌かもしれないしそうじゃないかもしれないとか。

正直、つらすぎた。

祖母が亡くなった翌日、都内で自分企画のコミュニティイベントが予定されている。イベント自体、新しい挑戦ですごく楽しみにしていたけれど、その半面、こんなタイミングで大事な出来事が重なってしまうのか~と、苦しかった。
いま、もし、会社員だったら、仕事の休みをもらっておばあちゃんの近くに居られただろうか…とか、内心何度も思ってしまう。

自分が蒔いた種がようやく芽を出し始めた矢先での出来事だったから、喪中も手術も関係なく、なんとかしなければならなかったのだ。
自業自得とはこのことだ。

実際、フリーランスのつらさをクライアントに吐露してから夏までの期間は、会社員に戻る人生もあるよな〜と、ゆるく考えていた部分があったんだと思う。どちらも選べる状態を残しておくのが先の読めない時代を生き抜くための自分なりの柔軟性だと思っていたから。

手術前後で体調が本調子ではないときは、ただひたすら平日をこなすので精いっぱいで、片足に重りを付けられたかの如く、自社の未来につながるタスクは後回しになる。
削られてゆく中、クライアントワークで走っていくと、どんどん自社のアイデンティティが薄れてゆく。パートナーやクライアントに寄り添う所作の中で、同化しようとするのもあるかもしれない。

わたしはなんで、どんな想いで、プリズムテックを始めたんだっけ?
夢中で魂を燃やす人生に憧れていたはずなのに、不幸続きだと落ち込んでばかりで、憧れを問う時間を失っていた。


とはいえ、手術のタイミングでは、クライアント、チームメンバーに理解してもらいながら支えてもらったし、祖母の葬式の時には、クライアントであり共同コミュマネのしょこさんから寄り添っていただき「喪中だから休んでくださいね…」と労わっていただいた。
尊い。天使のような人々に恵まれたのは奇跡だと思った。

プライベートは、コントロールが出来ないイベントも多いなあ。これからの人生も、きっとそうなんだろうなあ。



次に進むため

手術する前に、プリズムテックのメンバーと合宿をしようと決めていた。
そこでは、全員のOKRやモチベーションを語り合い、会社として半年間やってきた活動の棚卸しをして、目指す方向を決めた。それがすごくよかった。

あとは、この月に、同時期に起業したみきちゃんや、長年の友人のあやかさん。2人のスーパーコンサルに壁打ちに付き合ってもらい、新規事業について魂を燃やしてやりたいことを熟考した。

その頃には、会社員に戻る可能性を考えるのは完全にやめて、前を向けるようになってきた。


(後半に続きます!)


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B2Bコミュニティマネージャー&フリーランスMC = 2019年1月@PRHYTHMTECH 起業しました💁🏻‍♀️🧠💭たまに日本酒YouTuberに変身

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コメント1件

かずはさんは最高です🙏✨✨
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