日本酒造り見習いが酒母について話せること1

こんにちは。日本酒造りの蔵人見習いです。

今回はお酒の赤ちゃん(と言っては失礼?)みたいな存在の酒母について書いていこうと思います。酒母造りについては様々な手法があって、どれも細かい内容が伴うことと、何より自分が経験していないものもあるので書ききれるか不安ですが、頑張って書いていこうと思います。

なお、酒母については、その存在意義と種類を別稿にわけて書いていこうと思います。ですので、今回は酒母の存在意義を説明します。

では始めます。

目次
・酒母とは
・酒母を造る理由
・健全な酒母の条件
・余談
・終わりに

酒母とは

酒母とは、お酒となる醪の初期段階で、小さなお酒のようなものです。

詳しく述べると

酒母とは本来、麹、蒸米、水の混合物のなかで酵母を純粋で強健に培養したもので、醪のアルコール発酵を司る原動力となるものである(上原浩 純米酒 P129

定義としては、「麹・蒸米(この蒸米を酒母掛け・酛掛けなんて言います)・水を混ぜたもののなかで酵母がたくさん育ったもの」でしょうか。上記の上原先生の定義の中には、酒母の存在意義みたいなものも含まれてますので、以下そのことについて述べます。

酒母を造る理由

醪(もろみ)を製造するにあたって、その前段階で酒母を造る理由は、ざっくりといえば「酒母を造るのは、醪が最後のお酒になる段階まで安全に発酵してもらうため」でしょうか。安全に発酵してもらうためという点が重要で、醪をお酒という完成状態までもっていくまでには危険があるということを意味します。

ではなにが醪にとって危険なことなのでしょうか。以下で、醪を管理する際の状況を教科書から引用します。

酒類は酵母のアルコール発酵によってできるものであるが、目的とする酵母のほかに乳酸菌等の雑菌が生育する可能性があり、この数が異常に多くなると腐造となる。腐造事故を防ぐため、一般の発酵工業では加熱殺菌した原料タンクで純粋発酵させる等の方法が採用されるが、清酒の製造においては微生物の性質を巧みに利用して、開放状態であるにもかかわらず、目的とする酵母だけを確実に生育させ、安全に発酵を行わせている(増補改訂 最新酒造講本 P3)
清酒醪・・・の特徴は、開放状態で発酵が行われる(開放発酵という)ということである。醪は殺菌を行わず、かつ密閉されずに常に雑菌が浮遊している空気とじかに接しているにもかかわらず、酒母中の多量の培養酵母と乳酸によって、また3段仕込み法・・・によって雑菌の生育を抑え、常に酵母優位の状態を保ちながら、安全醸造を行わせることができる点にある(同 P134 )

醪を管理する際、大抵は開放タンクというタンク上部に蓋がない状態のものを使用して発酵させます。このような方法で醸造することを開放発酵といい、教科書ではよく清酒醸造の特徴なんて書かれています。
また、3段仕込み法という言葉がでてきましたが、「醪を造るにあたって三回に分けて徐々にお米・麹を投入する量を増やして造ること」くらいの認識で問題無いです。

上記で開放発酵を太字にしましたが、この開放状態で醪を管理していることが危険なことなのです。大きなタンクの上部で醪の表面が常に空気と接している状態なので、野生酵母(お酒の中に入ってほしくない酵母)や雑菌が入ってしまうおそれがあるからです。

その危険性から醪をがっちり守るためには、野生酵母や雑菌に汚染されない健全な酒母を用意して、その酒母を三段仕込みで徐々に量を増やして安全な醪を造る必要があります。

では健全な酒母とはなんでしょう。そして、健全な酒母がどうして野生酵母や雑菌から身を守れるのでしょう。

健全な酒母の条件

健全な酒母とは、以下の条件を備えたものを意味します。

①優良酵母が純粋に多数培養されており、雑菌や野生酵母がいないもの
②乳酸を多量含有しているもの
③使用時に醪で発酵し得る活性をもっているもの
(増補改訂 最新酒造講本 P132)

①については、酒母の中をお酒造りに必要な酵母で満たしきってしまい、常に優良酵母優位の状態を保つ、という考えになります。

②については、開放発酵により外部から侵入してくる有害な細菌(野生酵母等)に対して、多量の酸が存在することでそれらの増殖を防止することができます。そして、乳酸が選ばれる理由は「乳酸は麹の糖化力を阻害することが少なく、抗菌力でもほかの酸類よりも優れている(上原浩 純米酒 P129)」からです。

③については、酒母を醪へ移行する際に使用するタイミングを間違えると、せっかく酵母がたくさん育っていたのに、それが時間経過とともに多数死んでしまって元気が失われてしまうから注意、といった内容です。

ちなみに③の使用するタイミングは、先人の理論の蓄積や作り手の毎年の経験知の集積により記録が揃っているので、毎日酒母の分析をして数値を確認し、目標の数値になる頃合いを逆算して添麹や添掛けの準備をして、使用します。

以上をざっくりまとめると、健全な酒母とは「野生酵母が存在しない優良酵母に満たされたもので、乳酸の力で雑菌の侵入を防ぎ、元気な力を保ったまま醪へ以降できるもの」となります。

この状態の酒母を使用し、三段仕込みで徐々に量を増やして酵母と乳酸の量を極端に下げることを避けながら仕込む、ということになります。

以上が酒母の存在意義になります。

余談ですが・・・

少し横道にそれてしまいますが、ここで開放発酵する意味とは何かを考えていこうと思います。この投稿を書いているうちに、何故開放発酵なのかとふと立ち止まって考えたとき、その理由が理解できていませんでした。そのため、僕の学び直しのための横道になります。日本酒造りの理解へ繋がる一助になるか不明ですが、よければお付き合いください。


上記ではさんざん開放状態を危険と謳っていながら、それを特徴だと位置づけ、さらに安全醸造しているから問題ないと述べていますが、では開放にする理由とはなんなのでしょうか。

この点については、「酵母が呼吸をするからなのか」という推測が働くくらいで、実際調べてみても僕が持っている本では根拠が辿れませんでした。そのため、懇意にしている技術センターの先生に伺ってみました。これが正しいとははっきりとは申し上げられませんが、一つの考え方として捉えてもらえればいいのかなと思います。

①作業性の観点

考えられる理由の一つとしては、日本酒が昔から造られてきたなかで、仕込むにあたって使用するタンク(木桶)の上層部が解放されていることが、米・麹・水を投入するのに便利だったのではないか、というものです。

また、単純に古来から密閉式タンクを造る技術がなかったという説もあるそうです。

②酵母の発酵特性

これは上記の推測と同じものです。

酵母は好気性微生物で、密閉式タンクでは発酵による二酸化炭素の発生によりタンク内が陽圧(タンク内の圧力がタンク外の外気圧よりも高い状態)になってしまいます。陽圧になると醪中の溶存二酸化炭素レベルが増加し、酵母の増殖が抑制される可能性があることから、開放式にすることで二酸化炭素の逃げ口を作ることが必要なのかもしれない、というものです。

以上の二つが開放式を採用する理由に繋がる考えになりますが、この点について詳しい方がもしいましたら、ご教示ください。

終わりに

今回は、終始学問的な内容になってしまい、造りの現場での話は一切ないものになってしまいました。退屈な内容であったなら申し訳ないです。

しかし、酒母がどういう存在かという理解が曖昧なまま「速醸酛」「生酛」「山廃酛」と具体的な酒母の種類の話へ入っていっても、日本酒造りの正しい理解には繋がらないと考えたため、こういう回にしました。

ということで、(あくまで順調に進めば)次回は酒母の種類について書いていこうと思います。僕が現場で学んだものは「普通速醸酛」「高温糖化酛」「三日酒母(乾燥酵母仕込み)」の3種類になるので、生酛・山廃に関しては座学程度しか触れられませんが、その点はご了承ください。

では、今回も読んでくれてありがとうございました。

貧乏見習いなので、サポートして頂けるととても喜びます。