マガジンのカバー画像

空想日記

389
あなたの知る私ではない『誰か』から届くメッセージ。日記のようで、どうやら公開して欲しいみたいだったのでここで。ちっぽけな世界のちっぽけな私のここから、私の元に届く誰かからの日記。… もっと読む
運営しているクリエイター

2021年7月の記事一覧

罪な味

罪な味

深夜、大合唱する腹の虫をさすりながら台所へと潜入する。
夕方からこの時間までぶっ通しで作業を続けていたのだからそら腹も減るもんだ。
実は少し前にも一度なにか食べようとここまできたのだけれど、あまりにも何にもなくてとりあえず米だけ炊いたのだ。
炊飯器の呼び出しに伴いはせ参上したという訳である。
冷蔵庫は悲しくなるほど空っぽだったが幸い、バターと鰹節、それから卵とソーセージは辛うじて残っていた。

もっとみる
水曜の空はピンク色に染まる

水曜の空はピンク色に染まる

お気に入りのコースター、落として割った。
珪藻土の、白いやつ。
確か、お母さんが特に理由もなくくれたやつ。

よりにもよって落としたのに気づかないまんま数日が経って、かけらを足で踏んでからようやく気がついた。
別に大したものではないし、また買いに行けばいいだけの話なんだけど、ちょっと落ち込む。

スーパーで買った安いドリップコーヒーは味が薄くて不味かった。
帰り際、雨が降ってきた。わざわざ傘を買う

もっとみる

深い雨の日

お気に入りの映画をレンタルした。
今時古いがビデオである。
部屋の電気を落として再生する。
ラグにクッションを敷き詰めて楽な姿勢で横たわる。サイドテーブルにコーラとポップコーン。
最高の余暇である。

映画はあまりハマらなかった。
それもまた面白いところだったりする。
同じ映画をみた友人と、ここが良かった、ここが気に入らなかった、ここはどういうことだ?などと話すのも楽しいからだ。

映画館でみる映

もっとみる
深海列車

深海列車

深海列車、ぶくぶく進む。
泡を吐いて、波を作って、底へ底へと進んでいく。

窓の外は真っ暗で、闇以外に何も見えないけれど時折、かすかに光る淡い影が、その行方を僅かばかりに教えてくれる。

ゆらゆらと揺られながら、水圧を避けて真っ直ぐ進む。次の駅はどこだっけか。
そういえばどこで降りたらいいんだっけ。

なんだか途方もない時間揺られている気がするけれど、時折回ってくる車掌が、私の手渡した切符をみてな

もっとみる
ナイトブルーの夜に溶ける

ナイトブルーの夜に溶ける

セピアネオンを遠巻きに、メタルグレーの夕凪が歌う。
ぐるぐるとぐろ巻いたって、グダグダくだ巻いたってさ、なんにもならんのにね。

ピネアを東の空に浮かべて、あの人のこと思い出す。
悲しみは薄れることなんかなくて、いつだって鮮明に浮かび上がるから困りものだ。ぽっかりと空いた穴は、あの時から変わらずぽっかりしたまんま。
周りに物が増えたせいで隠れてただけで、気づかず足をおろすと奈落の底に堕ちかねない。

もっとみる
花束

花束

夜明け前の空を閉じ込めたレースのワンピースを着て、あなたに御別れを言いにいきます。
あなたが好きだった花束抱えて、なるべく明るく振る舞いますから。

祈りの言葉、ロザリオに刻んだら天使の心臓に埋め込んで。太陽に燃やされるその前に。

さようなら、なんて言葉じゃ味気ない?
いつかまた、がもう来ないことも知っています。
それでもその“また”に縋りたくなる気持ちも御存じでしょう。

いまはただ、笑って。

季節外れの思い出

季節外れの思い出

火鉢の上に網を乗せて、大福餅をちょいと焼く。
焦げ目がついた大福餅と、濃いめに入れた緑茶が美味しくて、あの甘いのとあったかいのが凍てつく冬の指先に染みたのを、ふとした瞬間思い出す。

最近暑くなってきたから、寒さが恋しくて冬の記憶を思い出したのか、ばあちゃんの命日が近いから、ばあちゃんとの記憶を思い出したのか。
多分両方なんだろうなと思う。

昨日立ち寄った古本屋の匂いと、昔通ってた図書館の匂いが

もっとみる
待ちぼうけのワルツ

待ちぼうけのワルツ

古びたピアノの蓋を開ける。
触るのはだいぶ久しぶりのことで、恥ずかしいやら埃が積もって指の跡を残す。
色褪せないままの白い鍵盤をそっと押してみる。
大丈夫、音色は美しい。あの時のままである。

一生懸命に弾いてたあの頃はもうとうの昔で、ピアノよりもきっと私の指の方が錆び付いていることだろう。
それでも時折、こうして椅子に座り彼女と向き合いたくなる。
下手くそでも、錆び付いていても、また私と一緒に子

もっとみる
素敵なにぼし

素敵なにぼし

にぼしは思った。
『どうせ食べられるなら、とびきり素敵に食べられたい』と。

広大な海の中、悠々自適に泳ぎ回れていたあの頃を思って泣いてばかりじゃいられない。仲間と共に網で攫われ、釜でカンカンに煮立てられた後、天日干しされている間中ずっと、にぼしはそのことを考えていた。

『何かのダシになるんじゃなくて、すり潰されて形なんてないくらいになるのはちょっと癪だ。どうせなら、おいらのことめちゃめちゃに愛

もっとみる
後ろと正面、それから僕の頭のうえ。

後ろと正面、それから僕の頭のうえ。

頭の上から非日常が落っこちてきた。

彼は得意げな顔で迫ってきて自分の非日常っぷりを滔々と語り出した。
すっ転んだことも、頭の上から落ちてきたことも全部スキップして語ってるもんだから思わず聞いた。

「怪我してない?」
って。

そしたら、僕の言葉があまりにもおかしかったのだろうか、非日常、今度はお腹抱えて笑い出した。笑い声はどんどん大きくなって、山越え、谷越え、海を超えて、しまいにゃ大気圏を突き

もっとみる

ああ、なんか、いろいろと書き留めておかないと、溢れて消えていっちゃうな。
言葉とか、感情とか、記憶とか。

こぽこぽ湧き出る泉のように、大切なものがそこからどんどん、どんどん溢れてくる。
でもそれを掴んでいることは出来なくて、堰き止めておくことも出来なくて、ただただ泡のように消えてくのを、眺めては途方に暮れるばかりだ。

もうすっかり忘れちゃった諸々大切だったような何かを、どうにかこうにか形として

もっとみる
妖相談所

妖相談所

ここは妖相談所。多種多様、さまざまな悩みを抱えた妖怪たちが、解決を求めて扉を叩く。

現代社会というものは、この世ならざるものたちにとっては決して生き易いものではありませんので、それはもうひっきりなしにやって来るのです。

今日のお客さまは、トレンチコートに綺麗な黒髪、そして顔半分を大きく覆う真っ白なマスクをつけた、そう、『口裂け女』さまです。

彼女は最近、どうにもやりづらくて堪らないと言うので

もっとみる
嘘

そうするべきだったから。その方が都合が良かったから。そうしろと言われたから。それが一番その人の為になるから。誰も傷つけたくなかったから。

だから、

だから、嘘を、つきました。

口から出まかせ、心にもない、作り話、あたかもそうだったかのような、
う、そ。
嘘。

うそをついたら、世界が守られるような気がしたからです実際、その場のその世界は守られました自分の、心は守られましたほんの、一瞬だけです

もっとみる
潰れた果実

潰れた果実

潰れた果実は何処へ行く。
何処へも行けず、彷徨っている。

ふらりふらふら、うつろう瞳に、月の光は届きゃしない。
真っ赤に焼けた鉄の塊、押し潰された果実はひとり、果汁こぼしてたらたら歩く。
それでも自分を潰そうとする、鉄の塊がすきだから。その気持ちごと抱えて何処か、へたりへたへた歩いて消えた。

潰れた果実は何処へ行く、傷つく果実は何処へ消えたか。

傷口から溢れた果汁が、月の光に照らされて、てら

もっとみる