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【ミステリーレビュー】詩的私的ジャック/森博嗣(1997)

詩的私的ジャック/森博嗣

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森博嗣によるS&Mシリーズの第四弾。

理系ミステリィの切り口で、王道の本格推理に挑戦するS&Mシリーズ。
本作では、ロックミュージシャンの歌詞になぞえられたかのように、肌にアルファベットのような傷をつけられた死体と、密室の謎に挑むことになる。
大学の施設内で連続して殺された女子大生。
犀川や萌絵と同じ大学に在籍しているロック歌手、結城稔が疑われるが、犀川は、なぜ密室が作られたのか、という謎に着目していく。

さて、歌詞に似ているという点であるが、本当に"似ている"程度で見立て殺人とするには弱く、結城稔が疑わしいとする根拠については、かなり脆弱だ。
結果として、本作の最重要ポイントのような煽りであるのに対して、本文中ではさほど論点とされず、なんだか拍子抜け。
歌詞の内容から次の被害者を推測する、なんて工程もなく、現実的に処理されてしまい、なんというか、盛り上がりに欠けてしまった感覚である。

一方、物語に影響を与える要素として、本作では、萌絵が犀川への想いをはっきりと認識。
萌絵の心内描写が丁寧に描写されることになり、従来の猪突猛進っぷりが鳴りを潜め、ナイーブさが前面に押し出された。
犀川の事件へのスタンスもこれまで以上に淡泊になって多くを語らず、なんともやきもきさせられる。
犀川&萌絵の関係性への関心が相対的に高まり、事件そのもののインパクトが弱まってしまったのは、少しもったいなかったか。
案外、正当派の理系ミステリィであるし、密室が作られた理由から真実に迫っていく推理パートは、なかなかに鮮やかでカタルシスに溢れているだが。


【注意】ここから、ネタバレ強め。


動機については"わからない"と犀川の口で語らせることで、フーダニットに必要ないことを示唆。
最初のふたつの密室トリックこそ、まさに理系、といった知識が必要となるも、物語中盤であっさりと明らかになり、重要なのは"ハウ"ではないことを示している。
なぜ密室を作ったか、の"ホワイ"から真相に辿り着ける点では、フェアと言えよう。

とはいえ、やはりインパクトに欠ける。
何故かと考えてみると、これまで3作にあった、天才vs天才の構図が、本作については弱かったのかと。
確かに頭の良い学者はたくさん出てくるのだが、飛び抜けて天才と言える存在はなく、カリスマミュージシャンである結城稔にしても、傀儡的な香りをプンプンさせている。
結局は犀川のひとり勝ちで、動機こそそれっぽさは感じさせるものの、真犯人が好敵手になり得なかったのが、いまいちパッとしない理由なのかな。
あくまで相対的な比較ではあり、S&Mシリーズで最初に目にしたのが本作であれば、もっと素直に面白がれたのかもしれない。

ちなみに、またも命の危険にさらされる萌絵。
こうも何度も続くと、さすがに萎えてしまった側面もある。
何を変えず、何に変化をつけるかの匙加減。
4作目ということで、シリーズものの難しさに直面していたのだろうか。

#読書の秋2021 #詩的私的ジャック


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