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【ミステリーレビュー】深夜の博覧会 昭和12年の探偵小説/辻真先(2018)

深夜の博覧会 昭和12年の探偵小説/辻真先

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ミステリーランキングで三冠の偉業を成し遂げた「たかが殺人じゃないか 昭和24年の推理小説」の前日譚にあたる長編ミステリー。

三部作になることが発表されている昭和ミステリーシリーズの第一弾。
主人公の那珂一兵は、銀座で似顔絵描きをしているうちに観察眼が養われた少年で、辻真先氏のミステリーにちょくちょく登場するキャラクターのようだ。
刊行時、辻氏は86歳。
「鉄腕アトム」をはじめ、数々のヒットアニメの脚本を手掛けたアニメ業界の重鎮であるが、ミステリー作家としての実績も十分。
88歳でミステリーランキング三冠を達成してしまうのだから、衰え知らずである。

本作の肝は、舞台を満州事変が勃発する前の昭和12年に設定していること。
ただ単に史実をベースに物語を組み立てるだけでなく、言葉遣いや、その表記など、昭和レトロ感を出すために、当時の感性を現代に蘇らせるようなアプローチをしているところに、こだわりを感じるのである。
現代では馴染みのないアイテムや文化については、もう少し解説が欲しかった部分は否めないものの、昭和初期のミステリーがスラスラ読めるようになった気分がなんとも爽快。
自身の年齢と読者の年齢とのギャップの埋めるためのアイディアとして、当時の日本を生々しく描くという方向に振り切る逆転の発想は、当時を生きた彼にしかできない発明であったと言えるだろう。

那珂一兵は、帝国新報の女性記者・降旗瑠璃子から、開催中の名古屋汎太平洋平和博覧会の取材に同行して挿絵を描くように依頼を受ける。
宗像伯爵の案内により、博覧会を中心に名古屋を満喫するふたりだが、瑠璃子が不自然にも短期的な誘拐にあうと、続けざまに、今度は銀座で、名古屋にいたはずの女性の足だけが発見され、同時に被害者の妹も監禁されるという事件が発生。
名古屋と銀座の間で、何が起こっているのか、一兵少年が推理により解明していくというのが、おおまかなあらすじだ。

探偵小説としては、リアリティよりも、異常殺人の生々しい描写や、スケールの大きいトリックが重視された、江戸川乱歩的な雰囲気を持っている。
一方で、一兵の目を通して語られる銀座や名古屋の情景は、とても詳細で生々しく、登場人物の台詞も、すべてモノクロ映画の中から聞こえてくる、あの感覚を緻密に再現しているのである。
どちらも重要なファクターなのだが、著者は、昭和初期の風俗を伝えることに重きを置いていたと捉えてもいいほどであろう。
科学捜査がないからこそ、不可能犯罪の選択肢が増える面白さも相まって、少年期に夢中になったミステリーを思い出させるようなノスタルジーが、作品の魅力となっていた。


【注意】ここから、ネタバレ強め。


トリックについては大味ではあるのだが、首のない死体=死体すり替えと決めつけてしまうと、かえって騙されることになる。
宗像伯爵の慈王羅馬(ジオラマ)館は、リアリティの中にポツンと放り込まれたファンタジーと言え、少しチートすぎる気がしないでもない。

とはいえ、名古屋に主要な登場人物が集まっている中で、唯一の殺人事件が銀座で起こるという設定は、なかなかに刺激的だ。
どこに物語が収束していくのか、わからないまま慈王羅馬館の異質さだけが浮き彫りになっていく、なんとも不気味な世界観。
それをドタバタ劇に変えてしまう瑠璃子のキャラクターも相まって、ややご都合主義的な部分はあれど、娯楽小説として十二分に楽しむことができた。

感心するのは、修市が怪我をするように誘導された理由が、一兵にとっては最後の謎になっていたこと。
探偵に観察眼が必要なのは当然として、それを活かすための情報も不可欠。
戦争の結果を知っている読者からしたら簡単に推測できることでも、戦争の勝利を信じて疑わない彼にとって、確かにその発想には至らないのだよな。

なお、国際政治も、本作におけるテーマのひとつ。
満州を巡る政治的な背景にまで踏み込んで読むことができれば、更に面白くなる作品なのかと。

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