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無題 -maekaさん個展に寄せて-

イトウハルヒ

私は、女の子が嫌いでした。

目を大きくすることに必死になることとか、前髪が揃っていないだけで落ち込むこととか。感度の高い空気読みチェッカーが内製されていてその場のヒエラルキーにあった立ち回りが身についている感じとか。小さい頃から自分の益になりそうな人を見つける嗅覚だけは鋭くて、上目遣いとか距離の詰め方とかを駆使して自分の味方につける感じとか。


ああもう、反吐が出る。

そうして、彼女たちとは一線を画そうと思ったのか、大切な10代の青春時代を短髪ボーイッシュで謳歌し、浮いた話の1つや2つあるはずのところをボーカロイドに捧げることになった私ですが、そんな私でも、一人だけ好きな女の子がいました。

彼女は容姿端麗なのはもちろんですが、周りに流されぬ物言いと他人と自分の価値観を混在させずに理解を示す姿が他の群れとはちょっと違ったんです。女の子特有の同調圧力とヒエラルキーの離脱を許された存在。異質。

何やら周りと違う彼女を見て、私は
「大人だな」
と思ったのです。

もちろん歳は変わりません。生きている時間は同じ。
それでも自分と違うその佇まいにはハッとさせられるものがありました。彼女が自分ら群れと違うところ、それは自分と相手の違いを認め、自分の考えを肯定する姿勢です。

その時はじめて、大人になるって自分は自分であると理解し認めてあげることなのかも、と思ったんです。

マエカさんの撮る彼女たちは女の子と女性の間にいる過渡期にいるのだろうと思っています。今までの周りから与えられてきた、教育されてきた価値観から自分を探し出す作業の時間を日々ひたすらすごしている、周りの同調から放たれる希望と一人で戦わないといけないと言う不安の混在している時期。マエカさんの作品の彼女たちに繊細さと闘志とが共存しているように見えるのは、子どもから大人へ、女の子から女性への変身を遂げている葛藤と子供ならではの無邪気さが共にあるからなのではないかと思います。

ただ、残酷にも時間は過ぎていくもので、いつまでも彼女たちは大人なのか子どもなのか女の子なのか女性になのかの区別のつかない優しい曖昧模糊な時間にいられるわけではありません。紆余曲折はあろうとも、誰しもいつかは大人になっていく。曖昧な時間は有限なのです。

どうか、彼女たちの大人になる前の不安を、葛藤を、希望を、見てやってください。

2018/08/12-13 maeka個展『moratorium 22』に寄せて

maeka : https://twitter.com/z__makura

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