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やりたいことがなくても、生きていけるよ -いとうさんのお悩み相談室vol.1-

みなさんこんばんは、
いとうさんのお悩み相談の開設いたします、

まずはお悩み、ありがとうございます。今日のお悩みはこちら

大学三年生です、将来の夢が決まりません、どうしたらいいでしょーか?したいことがあまりないので迷ってます、ちなみに、沖縄県ですぼく、

ミレニアル世代の代表のようななお悩みが来ましたね、
大学3年生か…、そろそろ就活という競争が目の前に迫ってきてクラスも友人も受けている会社やインターン行った行ってないみたいなことでギスギスしてくる時期ですね、

普通の幸せがどこかにいっちゃった、

時代的に見ると、私たちミレニアル世代は自分が何がしたいか?を常に問われている世代なんだと思います
PCがただの計算機から、インターネットができて誰かとのコミュケーションツールに昇華して、初めて一般的に普及したときに生まれた私たちは、小さい時から遠い誰かとつながる手段があって、ものごごろ着いてからSNSなんてものが広まっちゃったから全個人が発信せざるを得なくなってしまった、

結果、そのツールをうまく使いこなせる人がどんどん出てきて、個人の名前で活躍する人が出てきた 今までは所属している会社の名前でマウントが取れたのに、それがだんだん価値が薄くなってきてしまって(まだ健在だけど)楽しいこと・新しい価値を生み出している個人がだんだん注目されるようになって…

良くも悪くも自分でなんでもできちゃうんですよね 今までは学校に行って、まあいい大学・専門とかに行っていい会社に入れればなんとなく有名にはなれないけれどそれなりの普通の幸せを得ることができたのに、

今までは普通の幸せというなんとなく共通したイメージがあってぼんやりとした安心感があった
勉強ができれば、
大学に行けば、
上場企業に入れば、
結婚して・子供を持って・車と家が買えて、みんなが持っている幸せが手に入って社会が与えてくれる諸々の保証の枠組みにも入れて、

幸せ 

が手に入ったのに、


なんだかその頑強だと思っていた企業や会社という基盤は綻びを見せ始め、だんだんと崩れていっていき、安定した生活というよりも自分らしく生き、その様子を発信することがかっこよく、見えてくる

そして、自分らしさを異常に問われてくる

何がしたいの?なんて聞かないでよ

「何がやりたいの?」
いつからこの質問が苦しくなってきたんでしょう、

小学校(早い人は幼稚園から)から大学までずっと集団生活を学んできて、かれこれ15年以上学んできたのでしょうか
狭い教室でスクールカーストに入れられ、上位の子も下位の子も何かしらの集団調和と空気を読んで自分の役割を演じて 先生や両親の理想通りに演じると丸がもらえ、あまりに逸脱すると×が来た。ああ、これは彼らにとってはいいこと、これは好ましくないこと、と嫌でも学習していった。 もちろん、同年代の子らと遊ぶのは楽しかったし、友達だってできた。 彼らは私が大きくその枠をはみ出なかったからこそ作ることのできた大切な穏やかで愛しい友達である

そうして周りに愛想を振りまいて、自分がやりたいことに見て見ぬふりをして、調和を選んで、

生きてきたのに、

学生の最後の最後モラトリアムの終わりに突然問われる地獄のような質問


「あなたは何がしたいの?」



知らねーーーーよ、そんなの
じゃあお前らはあんのかよ、
そんなたかが20年のんびり平和に生きてきてそれなりに部活もやったし勉強もそこそこやって、長年の集団生活で社会の枠組みからあまり逸脱しないように空気を読んで生きてきて、それで褒められて、よくできたっていってもらえて、あ、こうやっていろんな人の顔を見て調和とって呼吸していけばいいんだなって生まれてからずっと学習してきたのに、


今更そんなこと聞かないでよ、


最後まで調和させる責任を取ってよ、

やりたいことなんてみんな持ってない、

恥ずかしながら私も相談者様と同様に何がしたいとか、これがしたいとか、よく分かってません、はいはい、「やりたいこと ない」検索検索。

だけど、

持論ですが、やりたいことが明確な人たちなんてそんなにいないと思います そしてやりたいことがあってもそれに向けて行動している人なんてまたほんのわずかだと思います そしてそれが成功している人たちなんて微々たるものです、完全に正規分布上の外れ値です、

だからあんまり自分にやりたいことがないことを気にしなくていいと思います。みんな何かちょっと興味があること・好きなことをやりたいことと思い込んでいるだけなんです
私もきっとそう、

でも、なんとなくですが実はだれでもやりたいことのタネはどこかにあると思います、誰でも、

ただそのゴールが遠くてそれまでの道のりがわからなくて、自分のやりたいことを封印しているだけなんだと思います

超極端な話をすれば、
「今豆腐が食べたい」
これだってやりたいことです、
でもこれは「よし、スーパーに行って豆腐買ってこよ、うちの近くのスーパーをグーグル先生で調べよ、」

みたいに、
やりたいことまでのゴールまでの道のりがわかります、はい楽勝、

でもこれが
「総理大臣になりたい」
だったら、
「えっと…まずは国会議員にならなきゃいけなくて被選挙権は30歳からだからそれまでに法学部受験して、政治の勉強する…?そのあと…?」

あれ…?何したらいいんだろう…
ゴールまでの道のりが全然わからない…

棍棒しか持ってない状態でさあボスに挑んできてね☆って言われているみたい、
そりゃあ不安になりますよね、そりゃあ勝ち筋が見えないことに挑むより実は自分はそんなことやりたいって思ってない、別にそんなことやりたいなんて思ってないし…って考えに蓋をした方が安心ですよね

また、自分的に勝ち筋が見えないものって大抵他の人にも見えてないんです、
だから自分がやりたいことを他人から否定される可能性が高い

これやりたい!ええ…バカなんじゃないの…?

容易にそんな応酬が想像できることで、自分がやりたいことを応援してもらえない、そんなことで自分を傷つけたくない


だから、

まずは自分がやりたいことをざっと自分に聞いてみるのはどうでしょうか、
あ、大丈夫です、人間やりたいことなんて大抵矮小です、モテたいとか褒められたいとか認められたいとかそういうところから湧き出てくるものだと思います

自分に聞くだけなら誰に批判されるわけじゃなし、お金がかかるわけじゃなし、なんら問題ありません

そうして、書き出してみた自分のやりたいことを言葉を通して改めて自分で認識すると、
おそらくやりたいことをまずは冷静に見ることができるんですよね、それがどんなに遠いゴールでも そして同時にそれをやった時の想定できる周りからの批判とやらなかった時の自分へのやるせなさも、

いやまじでねえんだよ、というのであれば別に無理して探さなくてもいいと思います、前述した通り会社につとめてそれなりに稼げば生活できます 時代は変わった、そんなこといっても今でもぼんやりした幸せへのレールは健在しているし、変革はしてきているけれど日本企業は割と腰が重そうなので、一朝一夕に大きく社会は変わらないと思います、だから本当にやりたいことがないのならそれなりに自分に理由をつけて、企業に入ってお金をもらうのもいいのかなと お金があれば全てとは言わないけれど、お金があればある程度のものは手に入ります
だからそのうち"やりたいこと"ができた時にアクセル全開で挑めるようにまずはお金を用意するというのもけっして悪くないと思います、
ただやりたいことの種類によっては年齢制限があります、そこだけはどうか気をつけて、

何かにつけてやりたいことを求められる私たちはいつも息苦しい
何を選んでも間違いじゃない、何を選んでも正解じゃない、

それは、希望に満ち溢れているようでとてつもなく残酷だ

やりたいことなんて、なくても生きていける、
やりたいことで窒息しそうな日常に折り合いをつけて一緒に生きていけたらいいな、と思います

お悩みがある方はどうぞこちらまで、
詳しく書きたい方はDMでも!
https://peing.net/ja/genicoooo?event=0&event=0

***

追伸

ミスiDに出ることを私はためらっていました。出たい。憧れのミスiDの舞台に立ちたい、でもいい大人が、何してんの?、なんて言われるのが見える、いい子の体面を守りたかった私はセミファイナリスト通過後までいじけていました。その背中を押してくれた一言に小林司さんがセミファイナリストに送ってくださった言葉があります 

世界は思ってるよりもあなたのことを気にしてません。

どうせ誰も見てない、
そう思うとちょっとだけ前に進める気がしました、


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いろいろ書き綴ってます。頑張るしかないモデルと女優。